マージナル:平凡なβが、すべての運命を壊すまで

水城

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19.トライアングル・スクランブル(3)

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「よぉ」
 
 ピロティの靴脱ぎ場。
 マフラーを巻いた詰襟の横顔に、悠一は低く声を掛ける。

「昨日、休んでた? なんか……熱あったとかって、一組のヤツから聞いた」

 そんな問いかけ――

 悠一にとって「それ」は、「勝手な」気まずさを乗り越えて、いつもどおり奏に声を掛ける「理由」にできた。
 
「うん、そうなんだ」

 奏がフワリと笑う。

「……でもさ、熱は全然。すぐ下がった」

 たしかに、顔色はそう悪くなさそうだった。
 そして奏は、軽く首を傾げながら、

「それより、春日の方はどうなの。大丈夫なのかよ? バス停でひっくり返っちゃってさ」と問い返してくる。

 別に、なんともねぇって、と、ボソリ応じる悠一。
 奏は上履きに履き替えながら、

「そっか、良かった。なんだろな? おれたち、揃ってカゼでもひいたかな」と歩き始めた。

 階段を上がっていく。
 二年の教室は三階。

「そうだ、春日」と、廊下で奏が振り返る。

「今日とかに……多分、完成すると思うんだ、だから」

 唐突だった。
 だがすぐに、奏が「自分の絵」のコトを言っているのだと、悠一は理解する。

 ――走る自分の姿をモデルにした「絵」が、描き上がるのだと。

「時間あったら、見に来なよ。うん、いつもくらいの時間でさ」

 そう言って「じゃ」と片手を上げ、奏は、一組の教室へと入っていった。





「……どう、かな?」

 問いかける奏の声は、思い切り照れくさそうで。
 長い睫毛を伏せ、悠一と目を合わせないまま俯いていた。

 数メートル先のキャンバス。
 ふたり以外、誰もいない美術室。

 悠一には、すぐに口にできる言葉がなかった。

 こんなにジッと、こんなに長い時間。
 一枚の絵画を見つめたことなど、初めてかもしれない。
 
 痺れるような、圧倒感――

「うん」
 悠一が、低く声を漏らす。「スゲェ、な……」
 
「気に入ってくれた?」
 
「ああ」
 一呼吸の後、ひとことだけ、悠一が応じる。

「そっか……よかった」

 奏の声が、明るく弾けた。
 そして、正面から悠一を見上げ、

「ホント、ありがとな、春日」と――

 ブワリ、笑う。

 そして、イーゼルに近づいて絵を外し、奥の棚へとしまった。





「なあ、春日」

 グラウンドの部活の声が響くなか、奏は、校門を抜けながら、隣を歩く悠一を見上げた。

「そういえば、春日って、そもそも絵は好きなの?」

「いや、まあ……特別には」

 悠一が、漂うようなやわらかさで応じると、
 奏が何かを思いついたように、まばたく。

「じゃあ、さ。今度、土曜とか、一緒に絵を見にいってみる? そうだな、市立美術館とか、どう?」

 突然の提案だった。

 土曜か……と、悠一はすこしだけ考え込む。
 
 特に、今時点で「手伝い」は頼まれていないし。
 日中だったら、まず大丈夫だろう。

 そう考えを巡らせて、悠一は、

「いいぜ、行こうか」と即答した。
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