マージナル:平凡なβが、すべての運命を壊すまで

水城

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21.きらきら、キラキラ

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 そして、悠一と奏は表に出た。

 正午をすぎ。休日の街が、少し賑わい出す。

 日に日に肌寒さを増す季節だったが、いい日差しの土曜だった。

 ふたりはブラブラと、中央まで歩いていく。

 もう空きがないかも……と危惧していたハンバーガーチェーン店は、まだそこまでの入りでもなかった。

 窓辺の席を上着とバックバッグで陣取って、ふたりはカウンターへと、バーガーを買いに行く。





 おれ、あいつ、なんか苦手だな――

 そんなコトを言っておきながら。
 日差しが虹色の粒に光る窓辺で、ポテトをついばみながら奏が口ずさむのは、なぜか。

 藤堂尊の名前。

「まあ、なんだかんだいっても、スゴイよな。藤堂って……『別世界』っていうか」

 チキンバーガーのセットをパクついて、奏が言う。
 相変わらず、食欲は旺盛なようだ。

「高そうなスーツ着ちゃってさ、あんな大人たち、偉そうに引き連れて……女の人の方は、うん、そうそう、オッサンの後ろにいた人。あの人、美術館の首席学芸員だよ。ワークショップとかシンポジウムとかで何度も見た」

 奏の話に、悠一は、ただ黙って耳を傾ける。
 その頭の中に巡るのは――

 ついさっきの、尊との会話。
 
 シタくならねぇの?
 男だろうが女だろうが――ヤルことは

 同じようなもの――

 特にオメガの…だったら、男だろうが女だろうが――ほとんど同じ

 そして、悠一は感じ取る。
 揚げ油とケチャップと、炭酸飲料のカラメルの匂いに混じって。
 
 あまい、甘い――

 なあ……が? …かす、が、

「春日ってっば? 聞いてる?」

 気づけば、奏が悠一の顔を覗き込んでいた。
 見上げる睫毛の長い影。

「あ、悪い……なんだっけ」
 悠一が、やや焦りながら低く呟く。

「だからさ、『やっぱスゴイよな』って。名門藤堂家の御曹司はさ。同い年とは思えない、はくりょ……」

「『スゴイ』っていうなら、オマエの絵の才能だろ?」

 悠一が、いきなり言葉を割り入らせた。
 面食らった奏が、パチリとまばたく。

 そして、「……ありがと」と微笑んだ。

「春日ってさ、ホント、いいヤツだよな」

 戸惑うように照れるように。
 それでも、透明に色素の薄い大きな瞳を、悠一からまっすぐにそらさぬまま。

 店内の乱雑な喧騒に、あっという間に侵蝕されてしまいそうな、ごく繊細なふたりの間の沈黙。

 けれどもそれは、表面張力めいたバリアーで悠一と奏を包み込んだ。

「あのさ」

 奏が口を開く。
 囁きに近い音で。

「おれ、春日を描けてよかった。春日と友達になれて」

 「あ……」と、そこで一瞬、口をつぐんでから、

「おれたち、『友達』でいいんだよな?」と。
 奏が、ひどく頼りなく付け足した。

 悠一はただ、「おう」とだけしか答えられない。

 そして、
「何言ってんだよ、いまさら」と。
 ボソリ、やっとのことで言い添える。

「よかっ……たぁ」

 そう口にして笑みをこぼれさせる奏の表情は、無邪気なきらめきに溢れていて。
 その眩しさが、悠一の心の隅に。
 ごく小さく、濃くて暗い影を落としてしまう――

「ほら、おれだけが勝手に『友達』とか思ってるのかなぁとかさ。そうだったらハズいよな……って」

 そんなコトを囀る奏のくちびるを。
 あのうなじを、セーターの下の肌を、胸の尖りを。

 貪って。

 何もかもを穢して――

 ――春日、お前、シタくならねぇの?

 シタさ、何度も。
 俺はコイツを……奏を。

 妄想の中で。

 犯って犯って犯って犯って犯って犯って犯って犯って犯って犯って――






「あ! おれ、ソフトクリーム食べたい。買ってくる」

 午後のファーストフード店の、まったりとダラけた空気に句点を打つようにして、奏が立ち上がる。

「悠一、っと……春日はどう? なんか要る?」

「じゃ、俺、コーヒーで。頼む」

 トレイを使わず、片手にコーヒーのカップ、片手にソフトクリームサンデーを持って、奏が席に戻ってくる。

 差し出されたコーヒーを受け取り、悠一が、

「サンキュ、奏」と口にした。

 そしてまたダラダラと、けれども尽きない話題が弾む。

 サンデーの最後のひと口をスプーンから舐め取って、奏が「なあ、そういえばさ」と、話題を変えた。

「悠一の家って、親、何やってるの?」

「え?」
 
「いや、その…さ。なんかこないだ、悠一のコトをモデルに絵を描いた話。たまたま母親にしたらさ、『ぜひ家に連れて来い』とかって言い出して。『ケーキ焼くから』とかなんとかって」

 奏が、まだろこしく説明を始める。

「ホント、母さんはさ、おれのコトいつまでも子供扱いすんだよ。でさぁ、その時に訊かれたんだ。春日の家はどこか? とか、親御さんは何をしてるのか? とか。そういえばおれ、そういうコト知らないなって。えっと、自営業だったっけ?」

「ああ、商売をやってる……何代か前から」

「へぇ? 『家業』ってヤツだね」

「ああ」
 悠一が、短く静かに応じた。

「それで悠一、たまに『早く帰って来い』って呼ばれたりしてるんだ。『家の手伝いしろ』とかって?」

「まあ、そうだな」

「そっか……大変だ」
 奏が、すこし神妙な表情をして頷いた。

「で、商売ってなに、何か売ってるの? 八百屋とかそういうの?」

「いや、葬儀屋」
 悠一が短く即答する。

 そのタイミングが、あまりに「前のめり」だったからなのか。
 悠一の答えが「想定外」すぎたからなのか。
 奏がひとつ息を飲んだ。

 けれどもすぐに、
「ふうん、そうなんだ」と、サラリ口にする。

「ひいた?」
 悠一が訊いた。

「え、ひく? なんで?」
 奏がまばたく。

「でも、葬儀屋だぜ?」

「だから?」
 奏がまっすぐに悠一を見た。

「悠一ってさ、見た目とか…佇まいとか? なんかメチャ大人っぽいよなって思ってたけど。うん、そりゃ……『しっかり』もするよなって」

 そして、「ほら、うちなんて完全なサラリーマン家庭だからさ。おれなんか『のほほん』と甘ちゃんに育っちゃってるんだなあって思った」と。

 ひとり、話にオチをつけ。
 奏はまた、キラキラと零れ落ちるように笑った。

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