マージナル:平凡なβが、すべての運命を壊すまで

水城

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31.You Gotta Be――(2)

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「……『ふつう』に、暮らそうぜ」

 悠一が話し出す。

「俺は別に、ずっと……奏と普通に、一緒に帰ってワッフル喰ったりするつもりだし」

 悠一を見上げていた奏が、ふと、やるせないように呆れたように、強ばった頬を小さく緩めた。

「…奏のコト、俺はなによりまず友達だと思ってる。それはその……友達以上の気持ち…に、なっちゃってるかもっていうのはさ、ウソじゃないけど」

 ――そうなんだ、やっぱり「俺は」そう思ってる。

「けど、オマエがそういうの迷惑だって思ってるんだったら、仕方ねぇ…っていうか。俺は俺でまあ、勝手に奏のコト、『好きだな』って思ってればいいし。あ…別に、ヘンなコトとかもしない」

 ゆういち……と。奏がやわりと割って入る。

「『しない』で『いられなくする』のが……おれとかなんだよ、『オメガ』なんだよ」

「いや、しないし」

 低く、だがキッパリと悠一が言い返せば、
「ばか!」と、奏が声を張った。

「悠一は、なにも分かってない!!」

「かなで」

「なんだよ? ベータのクセに、分かったようなコト言うな! おれ…っおれは…」

 そこで奏は、ハタと自分の発言に恥じ入って、口をつぐむ。
 悠一は、ただ黙って奏を見下ろしている。

「分かんないんだ、おれだって、どう…なるのか、どうしたらいいのか、ぜんぜん、分かんなくて」

 そして奏は――

「だから、こわい」と。
 そう噛みしめてうなだれた。

 悠一が、ブランコの鎖を押さえていた両手を下へと滑らせる。
 そして、冷え切って白い奏の指先ごと、強く握りしめた。

 しばらくの間、冷たい奏の手を温めるように、熱を移すように佇んで、そして――
 悠一が口を開く。

「俺が……助けるから。なんかあっても、絶対に。だから、心配すんな。奏」

 奏は無言のまま、奥歯を食いしばっていた。

「だからさ。また学校来て、描けよ。好きなんだろ? 絵」

 水音がした。
 奏のダッフルコートの腿に、涙の雫で小さくいくつものシミができる。

 サラサラと微風を孕む奏の髪。
 その耳朶が、突然、薔薇色に染まっていく。

「ゆ、…いち。ダメ、はなれて」

 嗚咽を飲み込んだかすれ声で、奏が言う。

 グワリ、込み上げて溢れる。
 なにか。

 甘い、金木犀の甘すぎる匂いが、冷えた空気の中に広がって――

「クスリ、つらくて、飲めなくて……うまく効かないときも、多くて」

 奏が言葉を絞り出した。
 悠一はくちびるを噛んで、きつく眉根を寄せる。

 鼻腔を刺激し、頭の奥を痺れさせる――
 香り。
 オメガの発情の臭い。
 
 生理的に反射的に、反応を示してしまう下腹部を気づかれたくなくて、奏に知られたくなくて。
 悠一は思わず、膝を曲げ、軽く足を引いた。

 奏が、俯いたまま横を向いて言う。

「ゆういち、お願い、おれから離れて、はやく…遠くに、いって」

 そして、奏は顔を上げて悠一を見すえ、今一度告げる。

「オネガイだから、ゆういち……」と。

 奏の手から、悠一の長い指が解かれる。
 ブランコの鎖が、ひとつ大きく揺れた。

 ゆっくりと、悠一の両腕が下ろされて。
 そして――

 その腕はそのまま、鎖ごと、奏を抱き締める。
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