マージナル:平凡なβが、すべての運命を壊すまで

水城

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38.fallen(3)

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 カフェオレを、飲み終えたか飲み終えないか、そのくらいの時。
 気づけば、奏はテーブルの上で悠一の指先を握りしめていた。

 おれ、匂ってる。
 悠一だって、もう気づいてるはず。

 「恥ずかしい」という気持ちが消えたワケじゃない。
 けれど、そんなものは喰い尽くされてしまう。
 欲望に。オメガの本能に。

「上、行きたい?」 
 悠一が、ボソリと訊いた。

 奏は黙って頷く。

 こうやって、悠一の方から訊かせてしまう。
 後にはいつだって、ひどい罪悪感にさいなまれるのに、おれは、なんて――

 きたない。
 みにくい。なさけないオメガ。

 こんな風にだけは、絶対なりたくなかったのに。あんなに怖かったのに。
 今はもう。
 考えられない、悠一がくれる快感以外のことは。
 悠一のくれる「慰め」しか「赦し」しか。

「……て、し、て……ゆうい、ち…」
 
 キモチヨクして、イカせて。
 欲しくて、狂いそう――
 
 駆け上るようにして、古く急な狭い階段を上がって、ふたりは悠一の部屋に飛び込んだ。
 扉を閉めて、ベッドまでも我慢できずに奏が制服のベルトを外す。

 滑り落ちるスラックス。
 詰襟も脱ぎ捨てれば、暖房の入っていない部屋の空気が、ヒヤリと背中に沁み込んだ。

「かなで……ストーブ、つけるから」
 宥める声で、悠一が言う。

「や、っ…いや、まてな…ゆうっ…ち」

 奏が悠一の両腕にしがみつく。
 それをすこしだけ押しとどめて、悠一がファンヒーターのリモコンを入れた。

 カシンと着火する音。わずかに煤っぽい匂い。

 悠一に抱きついて身をよじる奏の下腹部で、粘液がグチチ……と水音を立てた。
 奏に抱き着かれたまま、悠一はベッドに倒れ込む。
 そのまま下着に手を入れ、奏の腰へと指を滑らせた。

「すげぇ…濡れてんな……」

 独り言めいて悠一が呟けば、奏の内にも、さすがに羞恥がこみ上げる。
 でもそれでも、痺れは止まらない。
 内側で蜜液が分泌されて、それは熱っぽく、胎外へと溢れ出してきた。
 だから――

 悠一の指先に、そっと肉襞をなぞられれば、後孔はヒクヒクと物欲しげに蠢いてしまう。

 悠一は、ただ黙って、焦らすように解してくる。

「いい、いい……ゆう、いち、きもちい…ぃ」

 奏は、悠一のうなじに鼻先を擦りつけた。
 密着する身体。
 鼠径部に触れる悠一の雄の部分。その硬さと熱を、奏はありありと感じ取る。
 
 おれも触ってあげれば、悠一だって気持ちいいに違いない。
 そう思って、この前は自分のペニスとすり合わせた。
 でも……。
 悠一、あまり悦んでなかったのかな。

 ぼんやりと頭の中で、そんな思考を渦巻かせているうちに、奏の「場所」へと悠一の指が挿入される。

「っ……あ、ぁっあ、あっ…」

 ブワリと熱液めいて広がる快感。
 悠一の指は、そのまま深く挿し入れられて、もう焦らすことなくすぐさま、奏の蕩ける「場所」を抉りあげた。

 電流のように突き上げる刺激。
 奏は、悲鳴にすらならない息の震えを喉の奥にくぐもらせた。
 悠一の指先はもう、完全に奏の悦楽の部分を知り尽くしていて。
 時折のすこし乱暴な、すこし強すぎるほどの刺激すらも完璧だった。

 気づけば、奏はトロトロとザーメンを漏れ出させている。
 悠一は、声を押し殺すかのように、必死に奥歯を噛みしめていた。
 そして時折、堪えきれなくなったようにして、奏のうなじに頬をきつく寄せ、その匂いを嗅ぐ。

「……いれ、て…」
 奏が震える声を絞り出す。

「…え? はいって…るけど」

「ちが…う、ゆういち、を…ゆういちを…いれて、ゆ…いちのペニス」

 ……かなで?
 息を飲む悠一に、奏が続けた。

「ゆういちの、ほしい、いれて……い、れ…てっ」

 混乱した悠一の動きが止まる。
 手首を掴んで、奏が悠一の指を引き抜いた。

「ほし、い、ゆう…いち、を、ちょうだい」

「ばか…なに言って、そんな」
 
 蕩け切ったまなざしで見上げてくる奏から、悠一は必死に目をそらす。

「して、して…して…し、て」

 タガを外しきって、奏が縋りついた。
 そして、悠一の男茎をスラックスから引き出して、自らへと引き寄せる。

「やめ……っ、かな、で…っ」

 悠一は、身体を引き離そうと奏を押し返した。
 けれど、本気の力は出せなかった。
 掴んだ奏の両肩が、ひどく華奢に思えて。壊してしまいそうに思えて。
 
 そして、自身の先端が、ぬるりとあたたかな「部分」に触れたことを感じ取り、悠一は、

「だめ…だ、そのまま、じゃ……まって、かなでっ」
 と必死に止める。

「だめ、じゃない…っ、おれ、まだ…だから、かんぜんには…なってな…くて」
「奏、おちつけっ…て」
「よくせい…ざい、飲んでるし、だから」

 そのまま、悠一の雄を自らに導いて、奏が腰を沈める。
 悠一はギリギリの理性を総動員させて、逃れようと身じろいだ。
 そんな悠一の腰へと、奏が両脚をきつく絡みつかせる。 

「あ、ゆういち、あつ…い、はいって、る…はいって…」

 見開かれた奏の目の、瞳孔がワッと開いていく。
 それ以上、抗うことは悠一にもできなくて――

 奏を仰向けに押し倒してのし掛かった。
 もうどうしようもなくこらえきれず、奥深くまで腰を押し当てる。
 続けて、ガツガツと乱暴な抽挿を始めた。

「あ、ゆぅい…ち、すご、きもちぃ、きもちいい」

 悠一の激しい腰の動きに合わせて、あんあんあんあんと、止まらない甘ったるい嬌声が続く。
 
 きもちいい、きもちいい。
 うしろ、きもちいい。
 だってもう――

 それしかかんがえられない。






 「指」が気持ちいいのなら。
 たぶん、もっと欲しいものは……あるはずで。
 「そんな要求」が生じることを、想像しなかったワケじゃない。

 したかった。もちろん俺だって。
 奏を慰めた後は、ひとり夜に。
 なんどもなんども自分を宥めて、奏の匂いの残るシーツに、きつく顔を埋めて。

 ――その時に、何を思い描いていたのか。
 
 でも。
 「それ」は絶対ダメだ……と決めていた。
 これまでのことは、奏を「慰める」ための行為で。
 ヒートに差し掛かって、どうしようもなくなってる奏を「助けたい」から始めたことで。
 
 そうだよ。
 こうするようになってから、奏は随分、元気になっただろ。
 調子を崩して寝込むことも少なくなってきた。

 けれど――
 いつのまにか、俺たちは「それ」ばかりするようになった。
 
 奏が「セックス」を求めてきた時。
 それもなんの準備も……避妊もしないままの俺を求めてきた時。

 踏みとどまれなくて「流されてしまった」自分自身に失望したし、なによりも。

 悲しかった。
 奏は「俺」を求めたのか。
 ただ欲望に抗えなかったからなのか。

 でもそれでも、奏はただ甘美な誘惑でしかなくて。
 俺はもうすべてが、どうでもいいとすら思えて。
 どうなってもいいと。
 奏を抱けるなら。それで――

 狂いそうなほど、夜ごと妄想した「その行為」。
 現実は想像を凌駕していた。
 指先では知り尽くしていたはずの「その場所」をペニスで犯す悦楽は、何もかもを押し流してしまうほどの快感で。

 声を抑えることもできず、みっともなく涎を垂らして喘ぎ続けた。

 ただガツガツと餓えた獣じみた腰の動きを続けて、奏の内側を貪り続けて、何度目かの絶頂に達した時。

 ふと耳もとに蘇ったのは――声。

 男も女も変わりはしない――特にオメガは。

 電話一本で、高級ホテルの一室が用意され。
 年上の女からのセックスの懇願を、爪の先の微かな動きめいてあしらって。

 完璧に磨き抜かれた身体を見せつけられた。
 彫刻みたいな。
 見とれそうなほどの――

 そんなアルファの男の声。

 ――したくならねぇのかよ?
 
 そう囁く、低く身体に響く声が。





 悠一と奏は墜落するように眠りに落ちていた。
 カチンと、ストーブのタイマーが切れる音で、ふたりは目を覚ます。

 身体を繋げたままだったコトに気づいて。
 ふたり、寝返りも打てぬまま、ひどくきまり悪く黙りこくって。

 そんな沈黙の後、悠一が、小さな咳払いとともに、ゆっくりと腰を捻って自らを奏から抜き取った。

 自分がどれだけの回数、奏の内で「果てた」のか。
 そんなことにハタと思い至って、悠一が床へと手を伸ばし、ティッシュの箱を手繰り寄せる。

「ありがと」と、それを受け取ってザッと自分を清めながら、奏がポツリ、

「えっと、その…よかった…? 悠一」と口にした。

 「そんなこと」を訊かれるとは、思ってもみなくて。
 悠一は困惑を隠せぬ表情で頬を赤らめる。
 
「……悠一、へいき?」
 ひどく心配そうに、労わるような奏の声。

「だから…っ」
 悠一が、燃えるように熱くなった頬を両手で擦りながら、言葉をもつれさせた。

「いいとか……よくないとか…そんなん…」

 「よくない」ワケないだろ。
 あんだけサカってガッついてて。

「……ごめん。おれが……いつも、おれがねだるから、悠一にムチャばっか言って…」

「なんで謝んだよ、バカ」

 どうしようもない感情がこみ上げて。
 思わず悪態めいた言葉を口にして、悠一が、

「イヤだったら、しねぇよ……」と言い淀む。そして、

「あのさ、奏」と少しだけ声を固くした。

「なに?」と、瞬きで応じた奏に、悠一が続ける。

「キス……していい? 俺、オマエとキス…したい」

 曖昧な許諾のような沈黙。
 悠一は、奏の両耳から指を滑り込ませた。
 そして奏のくちびるを、自分自身へと引き寄せる。

 フワリ、やわらかく滑らかな奏のくちびるを、自らのくちびるで感じ取って、ゆっくりと舌先で舐め回す。
 続けて、さらに角度をつけて、より深くくちびるを重ね合わせた。

 頼りなく閉じられたままの奏のくちびるを、舌でゆっくりこじ開ける。
 けれども、前歯に邪魔されて、その先には進めなくて。
 悠一は、奏の細い顎先を掴んで軽くゆする。

 薄く開いた場所から、少し強引に舌を挿れた。
 奏の身体が、少しこわばる。
 けれどもそれが「快楽」のしるしではないことに、悠一は気がついてしまう――

 悠一は、そこでキスを止めた。
 そして、ひとつちいさく、奏の睫毛にチュッと短いくちづけを落とす。

「…ごめ…ん、悠一、なんかおれ…くすぐったくて」
 奏が言いづらそうに言葉を漂わせる。

「別に……謝るなって」

 ただ短くそう応じて、悠一は奏の身体に毛布を、そっと掛け直した。
 
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