Kiss

hosimure

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笑えるキス・2

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休日、アタシは駅前で恋人を待つ。

恋人はアタシと同じ高校に通っていて、学年も同じ2年生。

元々母親同士が親友だったこともあり、小さな頃から遊んでいた。

でもお互い住んでいる家は遠くて、なかなか一緒にはいられなかった。

しかし高校受験前に、彼の方から同じ高校に通わないかと誘われ、通学するのも苦じゃない距離だったし、レベルもそこそこだったのでそこを希望校にした。

お互い見事合格して、高校の始業式で会えた時は喜んだものだ。

ウチの高校は自由がウリで、制服はあるけれど私服でも可。

アタシも彼も、私服で通っている。

でもアタシはたまーに制服を着るけれど、彼は滅多に着ない。

まあ入学式と卒業式は流石に制服着用が校則としてあるから、しょうがなくは着ていたな。

そんなことをボンヤリ思い出していると、目的の人物がこちらへと走って来るのが見えた。

「ごめ~ん! 待ったぁ?」

上擦った舌っ足らずの甘い声を出すのが、アタシの『恋人』で『彼』だ。

ちなみに着ている服は、いわゆるゴスロリファッション。

もちろん―女の子用。

「ううん。そんなに待ってないよ」

だけどアタシは笑顔で接する。

「ホント、ゴメンねぇ。電車が遅れちゃって…」

「いいって。それより早く行こう。今日は洋服を買いたいんでしょう?」

「うん! 行こう!」

彼は笑顔で手を繋いでくる。

ちなみにちゃんと髪も可愛くセットしているので、見た目的には『可愛い女の子』だろう。

…実際、こっちを見る男性達の視線が熱く彼に向いているし。

彼に引っ張られて来たのは、これまたゴスロリショップ。

正直言って、アタシには縁が遠い。

平凡な女の子であるアタシにとっては別世界に見える。

けれど彼は慣れていて、すんなり入って行く。

「わあ! やっぱり春物が一番可愛い♪ 小物も、お洋服も! そう思わない?」

春色の新作の洋服を嬉しそうに彼は自分の体に当てる。

彼は小柄で、アタシと同じぐらいの身長なので、こういう服が良く似合う。

顔立ちも可愛いし。

「うん、良く似合うよ」

「ホント? どれを買おっかな?」

店内にいる女の子達の視線も、彼に向けられる。

でも本当の性別を知らないことを思うと、ちょっと不憫。

…まあ元々、彼がこうなったのはアタシのせいなんだけどね。

幼い頃、それこそ小学生に上がる前まで、彼は普通の男の子の格好をしていた。

まあその頃から彼は可愛かったけど、こういう格好は一切していなかった。

そんな彼に、ある日、こう言われた。

「あのね! ボク、将来キミのお嫁さんになりたいんだ!」

…今思うと、ツッコミどころがある告白だったな。

けれどアタシも幼くて、ただ単純に『結婚すること』として受け止めた。

告白されたことは分かっていた。

彼のことは確かに気になっていたから、アタシはつい、

「うん…分かった。じゃあ大きくなったら、アタシのお嫁さんになってね」

……と答えてしまった。

その後、お互い小学校に上がると忙しくなって、会うことがなかった。

手紙や電話、メールなどで連絡は取り合っていたけれど、お互いの成長した姿は一切見ないまま、高校で再会した。

けれど入学式を終えた翌日、彼はこの格好で登校してきた。

驚いて理由を尋ねたアタシに、彼はこう言った。

「え~、だってキミが『お嫁さんにしてくれる』って言ったじゃない」

…そこでアタシは、十年前の自分の失言を思い出した。

そして彼がずっと、アタシを思い続けてくれたことも知った。

彼のご両親はこういう格好をすることに驚いたようだったけど、将来アタシと結婚することが決まっていると彼が言うと、

「それなら…」

と渋々受け入れてしまったらしい…。

まあ彼の母親とウチの母親は未だに仲良いからな…と遠い目をしながら思う。

なのでアタシは高校入学と同時に、恋人&婚約者がいる身となった。

でもまあ今の世の中、こういうコがいることはテレビでも取り上げられているし。

可愛いし似合っているし、アタシは彼を受け入れることにした。

―が、世の中そんなに甘くなかった。

学校に行くと、アタシはいろんな生徒達から文句を言われる。

その文句の言葉は、いつも同じ。

「何で彼にああいう格好をさせたんだ!」

…ちなみに言ってきたのが男の場合、うっかり女装をしている彼に恋心を抱いてしまったパターン。

女の場合、彼氏がうっかり女装した彼を好きになってしまったパターンと、女として敗北感を抱いてしまったパターンがある。

何故こう言った苦情がアタシにくるのかと言うと、彼は自分が女装している理由を尋ねられた時、こう言っているらしい。

「だぁってボクの彼女が『お嫁さん』にしてくれるって、言ってくれたんだもーん」

満面の無邪気な笑顔で、ハッキリと言っているらしい…。

彼と付き合っているのは有名なので、いっつもアタシは苦情を受けるのだ。

言われたアタシは遠い目をしながら苦笑するしかない。

十年も前に言った言葉が、まさかこんな状態を生み出すなんて、予想もしていなかったのだから…。

「はぁ~。いっぱい買っちゃった♪ 満足満足」

大きな紙袋を持ちながらも、空いている手ではしっかりとアタシの手を握っている。

「でもキミは何も買わなくてよかったの? せっかく似合いそうなのがあったのにぃ」

「アタシには似合わないわよ。あなたが着ている姿を見ている方が良いの」

「そお?」

ちょっと拗ねたように言われるけれど、自分でも似合っていないのは分かっている。

「でもボク、キミとお揃いのワンピとか着たいなぁ」

「えっ!?」

「あっ、メイド服でも良いよぉ」

「そっそれは流石に…。あっ、お腹空かない? アタシ、何か食べたいな」

「そうだね。じゃあどっかに入ろうか?」

上手く気がそらせて良かった…。

時々彼はこういうことを言い出すから、心臓に悪い。

流石に同じ服を着て二人並ぶというのはな~。

…明らかに彼の引き立て役になってしまう。

別に彼の女装姿がイヤなワケじゃない。

でもアタシにまで、可愛さを求めないでほしいというのが本音。

サッパリ・アッサリしているのが、自分の良いところだと思っている。

それは服装や格好なんかにも現れている。

スカートとかワンピースを着るのは好き。

でもやっぱりデザインはシンプルなのを選ぶ。

彼が着るような、フリルとレースはご遠慮願いたい。

「はあ…」

ファミレスに入ると、彼はトイレに行った。

…もちろん男性用のに行くワケだけど、他の人に見つかったら声かけられないだろうか?

そんな心配をしていると、不意に2人組の男に声をかけられた。

2人ともアタシ達と同じ歳らしい。

ファミレスに入って来たアタシ達を見て、どうやらナンパしようと決めていたらしい。

…と言うか、彼を女の子と勘違いしているな?

そして彼らの口ぶりから、どうやらお目当てはアタシではなく、彼の方らしい。

まっ、男の子って可愛い女の子を好むみたいだし。

どう断ろうか考えていると、彼が戻って来た。

「どうしたの?」

そして男の子達に声をかけられているアタシを見て、ビックリしている。

男の子達は戻ってきた彼に、嬉しそうに声をかける。

話の内容は彼を褒め称える言葉や、どこかに遊びに行こうという言葉。

「えっ、あの…」

彼は二人の勢いに押され気味。

だけどどんどんその表情が暗くなる。

男の子達はそれでも話し続ける。

―やがて、彼がゆっくりと顔を上げた。

「…いい加減にしやがれっ!」

いきなり顔付きも声も『男』になったことに、二人はギョッとして彼から離れる。

「こちとらデート中なんだ! しつこいナンパ野郎共は引っ込んでろ!」

…ちなみに彼が住んでいる地域では、ちょっと訛り言葉を使われる。

彼は立派に、その言葉遣いを受け継いだらしい。

「はっ! いっいけない…。ボクったら…」

周囲がし~ん…と静まり返ってしまったので、彼も我に返るのが早かった。

アタシはため息を一つし、荷物を持って立ち上がる。

まだ注文する前で良かった。

「じゃっ、お店の邪魔になっちゃうと悪いから、行きましょうか」

しゅん…と落ち込んでいる彼の手を、今度はアタシが繋いで店から出た。

とりあえず落ち着かせようと人気の少ない住宅地まで歩いて来た。

その間、彼はしょんぼりしたまま無口。

「…気にすることないわよ。ああいうタイプにはガッチリ言った方が良いんだから」

「うん…。でもあんなところで男の子っぽいとこを見せちゃうなんて…ボクもまだまだだなあ」

がっくりと肩を落とす彼だけど…。

「でもアタシは惚れ直しちゃった」

「えっ?」

「だってかっこよかったから。それにアタシを守ってくれたじゃない」

そう、女の子の格好をしてても、ちゃんとアタシを守ってくれる。

一緒にいて、楽しい気分にさせてくれる。

だからアタシは彼の告白を受け入れたのだ。

「確かにアタシはあなたに『お嫁さんになって』とは言ったけど、『女の子になって』とは言わなかったでしょ?」

「うっうん…」

「まあ女装するのは良いけれど、中身まで女の子になられちゃ、流石にアタシの立場がないし」

とは言え、彼は家事全般が得意で趣味。

毎日、アタシにお弁当とオヤツの差し入れをしてくれるし、時には手作りの洋服やアクセサリーまでくれる。

女の子として叶わない部分が多いけれど、変わってほしくない部分もある。

「ボク、さ…」

不意に彼は立ち止まるので、手を繋いでいるアタシまで立ち止まった。

「小さい頃、あんな告白しちゃったでしょう? でもキミが言ってくれた言葉もあるから、こういう格好をするようになったんだ」

そう言って髪の毛の先を指でいじる。

可愛い仕草だなぁ。

「可愛くなれるように一生懸命努力してきたつもりだったのに……。やっぱりキミの可愛さには叶わないなぁ」

…でも言っていることは、イマイチ理解できない。

「可愛いってアタシのどこが?」

「全部だよ!」

彼には珍しく、声を荒げた。

「え~? でもアタシなんて地味じゃない」

「違うよ! 可憐なんだよ」

その言葉は真正面から彼に打ち返したい。

けれどこれまた珍しく、本気でムキになっているので、黙っておこう。

いつもは可愛らしい仕草しか見ていないから、何か珍しい。

「派手に着飾ったりしない分、可愛さが滲み出ていると言うか…」

それはきっと…彼にしか感じないことだな。

だってアタシ自身、全く分からないことだから。

「だからキミの理想通りの人になりたかったのに…」

「アラ、アタシは充分、今のあなたがステキだと思っているわよ?」

「ほっホント?」

「うん」

男の娘でも、可愛い姿を見れるのは嬉しい。

ちゃんとアタシを大事にしてくれるし、文句なんて一つもない。

だからそう思っていることを証明したくって、彼の手を引いて、キスをする。

「んっ!?」

突然のことに、彼は眼を白黒させる。

いくら人気の少ない住宅地とは言え、全く人がいないワケじゃない。

「ねっ? コレで安心した?」

「うっうん…」

白い頬を赤く染め、夢見心地の顔をする彼を見ると、愛おしいと思える。

「ねっねぇ」

「ん? なぁに?」

「もう一回…良い?」

上目遣いでねだられると、断れるワケもない。

軽くため息を吐くと、アタシは再び彼にキスをした。

周囲から戸惑いの雰囲気が伝わってくるけど、素知らぬフリで。

まあ何も知らない人から見れば、女の子同士のキスシーンに見えるだろうな。

苦笑しながら唇を離すと、今度はぎゅっと抱き着かれた。

「ボク…絶対キミのお嫁さんになるからね!」

「はいはい」

でも結婚式では、彼もウエディングドレスを着たいと言い出すかもしれない。

そしたら…アタシがタキシードを着ようっかな?

お揃いでウエディングドレスを着るよりは、まだマシかも、ね?
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