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兄はペンネームを使わず、本名でマンガ家活動をしているので、近所では有名だったりする。
「おにぃ、アニメ化とか映画化する気、ないのかな? もう三年も連載しているんだし、そろそろしたって良いと思うけど…」
「本人いわく、オリジナルの話が入るのがイヤだって。ワガママよねぇ。アニメってそういうマンガとちょっと違ったところがおもしろいのに」
姉は兄ほどじゃないけど、マンガやアニメが好きだったりする。
まあ家の中にこもりっきりだと、どうしてもこういう趣味になってしまうんだろう。
「あっ、カナは手芸の本買ってきたの?」
姉がわたしの膝にある本を見て、声を上げた。
「うん。新刊、出てたから」
「ちょっと見せてもらっていい?」
「どうぞ」
本を差し出すと、早速パラパラ見始める。
「ふぅん。今、いろいろな編み方あるんだねぇ。アタシじゃムリだ」
「おねぇは彫刻が本職でしょ? こっちができなくても良いじゃない。何か気に入ったのあれば、わたしが編んであげるから」
「ホント? じゃあ、どれにしよっかな♪」
姉は上機嫌になって、ページを捲る。
しかしふと、その手が止まる。
「あれ? でも手芸ばっかしてて大丈夫? 今頃なら進路の問題、出てくるんじゃないの?」
「あ~、うん。手芸の専門学校に行こうかなって、ちょっと思ってる」
「駅前の専門学校? 良いんじゃない? あそこ、良い先生多いってよ」
「うん…」
わたしの歯切れの悪い返事を聞いて、姉が不安そうな顔をした。
「どうかした? もしかして他の遠い専門学校に行きたいとか?」
「うっううん! 行くならあそこで充分! ただ…」
「ただ?」
「将来、手芸だけで食べていけるのかなぁって不安があって…」
「う~ん」
姉は本をテーブルに置き、腕を組んで考えこんだ。
「でもカナ、手芸って一言で言っても、ビーズアクセとか刺繍とか編み物とか、いろいろしてるじゃない。高校を卒業したら今より手芸にかける時間ができるんだし、収入だって増えるわよ。カナの作る手芸品、人気あるんだし」
「うん…」
「そんなに焦らなくても、カナが一人前になるまでは、家族みんなで面倒見てあげるからさ」
そう言ってわたしの頭を引き寄せ、抱き締めてくれる。
「うん…!」
姉のあたたかさと優しさに、胸がいっぱいになる。
わたしは幸せだ。
わたしを思ってくれる家族がいて、友達も理解ある。
恵まれているはずなのに…不安は消えなかった。
家族はみんなわたしに優しくて、大事にしてくれている。
友達だって、理解ある人が多い。
特技は手芸で、将来これだけで生きていけると…思う。
専門学校に進もうと思えば、学費は心配せずに通える。
なのにどこか満たされない気分になるのは何でだろう?
「上手くことが進み過ぎると、人間、贅沢になるのかなぁ」
深夜、寝ようと思っていたところで、ふと考えが浮かんでしまったのがいけなかった。
またあの無限ループの考えに、囚われてしまった。
かと言って、今更他の道に進む気にもなれない。
…というか、何にも思いつかない。
そもそも手芸はもう、わたしの人生の一部になってしまっているので、やめられないことは自分自身が良く分かってしまっている。
「はあ…」
暗い部屋の中、ベッドの中で何度も寝返りをうつ。
「~~~っ! ダメだ! もう起きよう」
一時間も悩んでいると、ノドも渇いてくる。
リビングに行くと、電気がついていた。
もうすぐ日付けが変わる時刻だ。
扉をそっと開くと、兄がいた。
小さな音のテレビをつけながら、スケッチブックを開いて、エンピツで一生懸命に何かを書き込んでいる。
「おにぃ、起きてて平気なの?」
「ああ、カナ…。お前こそ起きてて…って、明日は学校休みか」
兄はため息をつくと、スケッチブックとエンピツをテーブルに置いた。
「次のネーム、書いてたの?」
「うん…。今日原稿渡すついでに、打ち合わせしたから…」
「そうなんだ。あっ、ココアでも飲む?」
「ああ…お願い」
兄はズルズルとソファーに寄りかかり、ぐったりしてしまった。
マンガを書いている時に、激しく集中力を使う為、それ以外はズルズル・ダラダラしてしまうのだ。
気力がもたないらしい。
わたしはキッチンへ行き、二人分のココアを作って、リビングへ戻った。
「はい、おにぃ。ココア」
兄用のマグカップをテーブルに置くと、眼を開き、ゆっくりと飲む。
兄は生まれ付き、体が丈夫ではなかった。
病気をしやすく、寝てばかりだった。
そんな中、マンガを読んだり書いているうちに、マンガ家になることを決めた。
両親が止めるのも聞かず、マンガの材料を買う為に、中学生の頃からバイトを頑張った。
その意思の強さは、きっと兄本来の強さなんだろう。
…体は健康なのに、わたしの方が弱い。
「おにぃは…さ。マンガ家になる時、不安ってなかった?」
「不安?」
「うん。その、マンガ家で成功できるのかなとか、食べていけるのかなって」
「…不安、か」
マグカップを両手で包み込み、兄は眼を閉じた。
多分、当時のことを思い出しているのだろう。
「不安は…あんまりなかった、かな? マンガを書くことしか、オレにできることはなかったから…」
「…そっか」
不安うんたらかんたらよりも、兄にはマンガ家という選択肢しかなかったのか。
体が弱かったせいで、体を動かす仕事は向かず、他に選ぶものはなかった。
だから兄はマンガ家になった。
それしかないと自分で決め付け、その為にしか努力をしてこなかったから。
「カナは…不安?」
「うっう~ん…。ちょっと不安がある、かな?」
「…手芸、飽きた?」
「飽きてはないけど…。さっき言ったみたいな不安があってさ。よくわかんなくなってきちゃった」
アハハと苦笑すると、兄はマグカップをテーブルに置いて、わたしの頭を撫でた。
「おにぃ?」
「オレ…カナの作る手芸品、大好き」
兄は優しい笑顔をしていた。
…珍しい。こんな顔をするなんて。
「あっありがと」
「オレもそう、だけど…」
「おにぃ、アニメ化とか映画化する気、ないのかな? もう三年も連載しているんだし、そろそろしたって良いと思うけど…」
「本人いわく、オリジナルの話が入るのがイヤだって。ワガママよねぇ。アニメってそういうマンガとちょっと違ったところがおもしろいのに」
姉は兄ほどじゃないけど、マンガやアニメが好きだったりする。
まあ家の中にこもりっきりだと、どうしてもこういう趣味になってしまうんだろう。
「あっ、カナは手芸の本買ってきたの?」
姉がわたしの膝にある本を見て、声を上げた。
「うん。新刊、出てたから」
「ちょっと見せてもらっていい?」
「どうぞ」
本を差し出すと、早速パラパラ見始める。
「ふぅん。今、いろいろな編み方あるんだねぇ。アタシじゃムリだ」
「おねぇは彫刻が本職でしょ? こっちができなくても良いじゃない。何か気に入ったのあれば、わたしが編んであげるから」
「ホント? じゃあ、どれにしよっかな♪」
姉は上機嫌になって、ページを捲る。
しかしふと、その手が止まる。
「あれ? でも手芸ばっかしてて大丈夫? 今頃なら進路の問題、出てくるんじゃないの?」
「あ~、うん。手芸の専門学校に行こうかなって、ちょっと思ってる」
「駅前の専門学校? 良いんじゃない? あそこ、良い先生多いってよ」
「うん…」
わたしの歯切れの悪い返事を聞いて、姉が不安そうな顔をした。
「どうかした? もしかして他の遠い専門学校に行きたいとか?」
「うっううん! 行くならあそこで充分! ただ…」
「ただ?」
「将来、手芸だけで食べていけるのかなぁって不安があって…」
「う~ん」
姉は本をテーブルに置き、腕を組んで考えこんだ。
「でもカナ、手芸って一言で言っても、ビーズアクセとか刺繍とか編み物とか、いろいろしてるじゃない。高校を卒業したら今より手芸にかける時間ができるんだし、収入だって増えるわよ。カナの作る手芸品、人気あるんだし」
「うん…」
「そんなに焦らなくても、カナが一人前になるまでは、家族みんなで面倒見てあげるからさ」
そう言ってわたしの頭を引き寄せ、抱き締めてくれる。
「うん…!」
姉のあたたかさと優しさに、胸がいっぱいになる。
わたしは幸せだ。
わたしを思ってくれる家族がいて、友達も理解ある。
恵まれているはずなのに…不安は消えなかった。
家族はみんなわたしに優しくて、大事にしてくれている。
友達だって、理解ある人が多い。
特技は手芸で、将来これだけで生きていけると…思う。
専門学校に進もうと思えば、学費は心配せずに通える。
なのにどこか満たされない気分になるのは何でだろう?
「上手くことが進み過ぎると、人間、贅沢になるのかなぁ」
深夜、寝ようと思っていたところで、ふと考えが浮かんでしまったのがいけなかった。
またあの無限ループの考えに、囚われてしまった。
かと言って、今更他の道に進む気にもなれない。
…というか、何にも思いつかない。
そもそも手芸はもう、わたしの人生の一部になってしまっているので、やめられないことは自分自身が良く分かってしまっている。
「はあ…」
暗い部屋の中、ベッドの中で何度も寝返りをうつ。
「~~~っ! ダメだ! もう起きよう」
一時間も悩んでいると、ノドも渇いてくる。
リビングに行くと、電気がついていた。
もうすぐ日付けが変わる時刻だ。
扉をそっと開くと、兄がいた。
小さな音のテレビをつけながら、スケッチブックを開いて、エンピツで一生懸命に何かを書き込んでいる。
「おにぃ、起きてて平気なの?」
「ああ、カナ…。お前こそ起きてて…って、明日は学校休みか」
兄はため息をつくと、スケッチブックとエンピツをテーブルに置いた。
「次のネーム、書いてたの?」
「うん…。今日原稿渡すついでに、打ち合わせしたから…」
「そうなんだ。あっ、ココアでも飲む?」
「ああ…お願い」
兄はズルズルとソファーに寄りかかり、ぐったりしてしまった。
マンガを書いている時に、激しく集中力を使う為、それ以外はズルズル・ダラダラしてしまうのだ。
気力がもたないらしい。
わたしはキッチンへ行き、二人分のココアを作って、リビングへ戻った。
「はい、おにぃ。ココア」
兄用のマグカップをテーブルに置くと、眼を開き、ゆっくりと飲む。
兄は生まれ付き、体が丈夫ではなかった。
病気をしやすく、寝てばかりだった。
そんな中、マンガを読んだり書いているうちに、マンガ家になることを決めた。
両親が止めるのも聞かず、マンガの材料を買う為に、中学生の頃からバイトを頑張った。
その意思の強さは、きっと兄本来の強さなんだろう。
…体は健康なのに、わたしの方が弱い。
「おにぃは…さ。マンガ家になる時、不安ってなかった?」
「不安?」
「うん。その、マンガ家で成功できるのかなとか、食べていけるのかなって」
「…不安、か」
マグカップを両手で包み込み、兄は眼を閉じた。
多分、当時のことを思い出しているのだろう。
「不安は…あんまりなかった、かな? マンガを書くことしか、オレにできることはなかったから…」
「…そっか」
不安うんたらかんたらよりも、兄にはマンガ家という選択肢しかなかったのか。
体が弱かったせいで、体を動かす仕事は向かず、他に選ぶものはなかった。
だから兄はマンガ家になった。
それしかないと自分で決め付け、その為にしか努力をしてこなかったから。
「カナは…不安?」
「うっう~ん…。ちょっと不安がある、かな?」
「…手芸、飽きた?」
「飽きてはないけど…。さっき言ったみたいな不安があってさ。よくわかんなくなってきちゃった」
アハハと苦笑すると、兄はマグカップをテーブルに置いて、わたしの頭を撫でた。
「おにぃ?」
「オレ…カナの作る手芸品、大好き」
兄は優しい笑顔をしていた。
…珍しい。こんな顔をするなんて。
「あっありがと」
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