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あの二人のようには…なろうと思っても、なかなかなれるもんじゃないと思うけど。
そこでふと、ある疑問が浮かんだ。
「…母さんは今の仕事はどういうふうになったの?」
「あたし? あたしは元々、料理の先生をしてたのよ。お料理教室で」
母は小さな頃から料理好きで、高校を卒業した後は、専門学校で料理を学んだらしい。
そこから先生になったらしいのだが…。
「でも教えるのと、自分で料理を作るのとはまた別でしょ? そこに苦痛を感じちゃってね。でも働かなきゃ、お金稼げないし」
苦笑しながら語る母だけど、当時は苦しかったんだろうな。
「そんな時、近くのパソコン教室に講師として働いていた父さんと知り合ってね。父さん、当時から情報を使って、裏では荒稼ぎしててねー」
…当時からそうだったのか、父さんは。
「それでちょっと休むように言われてね。その間のお金はどうするのって聞いたら、自分が支えるって言ってきてね。そのまま結婚よ」
「じゃあ結婚は母さんを休ませる意味もあったんだ」
「そうね。今考えるとそうかも。周囲には結婚するから、仕事を休むって言ってたし。当時、そこそこあたしの腕も有名だったからね。…父さんに重荷を背負わせちゃってたわね」
母は責任感の強い人だから、途中で仕事を投げ出すことができなかったんだろうな。
「その後、先生を辞めてね。料理研究家として働き出したの。パソコンが普及しはじめた頃には、今の仕事をはじめたしね」
母はレシピを公開したり、本を出す他、動画で料理の作り方を教えたりもしている。
それに依頼があれば、お店の新メニューなんかも開発したりしている。
仕事の全ては、父がいてからこそ成っていたんだ。
「父さん…柊さんは何も言わなかったけど、あたしのやることをいっつも支えてくれた。だから子供達にも、何かを強制したりはしたくないの。例え将来のことでも、ね」
「母さん…」
母はにこっと笑った。
「一般的な母親だったら、『ちゃんと自分一人で決めなさい』って言うことが正しいんでしょう。でもアタシはそれで一度失敗しちゃったから、言えないわね」
自分が苦労したことだから、ムリには進路を決めなくて良いと言ってくれている。
「幸いウチは金銭的には余裕がある方だし、カナが納得する将来を決めるまで、養ってあげられるしね。だからゆっくり考えなさい。高校卒業してから決めたって、悪くはないんだから」
「…うん。ありがと」
「カナは上の二人と違って、家事もしてくれるし、家事手伝いでも良いんだからね? アレだったらあたしの仕事のアシスタントとかって言うのもあるから」
そう言ってぎゅっと抱き着いてきた。
「うっうん」
「柊さんや菜摘、菜月もカナのお手伝いだったらいつでも必要にしているから。そっちの就職もあること、考えておいてね?」
「わっ分かった」
…でも四人にはお手伝いなんて必要ないだろうなぁ、と言うのは口には出さずにいた。
翌日の日曜日。
わたしは駅前に出てきた。
編み物の材料を買う為に、駅ビルに一人で来たのだ。
午後からは家族で出かける予定があるので、朝早く来ていた。
けれど駅ビルの中で、ミホを見つけた。
「ミホ~」
「あっ、カナ。どうしたの? 一人で」
「急ぎの買い物。ミホは…あっ、ミユちゃんと一緒だったんだ。おはよう、ミユちゃん」
「おはよう! カナちゃん」
ミホの妹、ミユちゃんは小学三年生。
ミホにベッタリで、可愛い女の子。
「あっ、カナ。帽子、ありがとね。今度何か奢るから」
私服のミホは、早速あげた帽子をかぶってくれていた。
「ありがと。でも九月末じゃ、まだ暑いんじゃない? ムリにかぶらなくてもいいよ」
「そんなに暑いってほどじゃないでしょ。それに気に入ったから良いの!」
「ねぇね、カナちゃん」
ミユちゃんがわたしの手をグイグイ引っ張った。
「ん? なぁに? ミユちゃん」
「おねーちゃんと同じ帽子、あたしにも作って」
「コラッ、ミユ!」
「だっておそろいの欲しいもん」
そう言ってわたしにべたっとくっついてきた。
「アハハ。良いよ、ミユちゃん。ミホとおそろいの作ってあげる。色も同じので良いの? ピンクとか、好きな色で作ってあげるよ」
「ホント? え~っとね、う~んっとね」
考え込むミユちゃんの頭を、ミホが困った顔で撫でた。
「カナぁ、ゴメンね。帽子代、ちゃんと払うから」
「いいよ、いらない。ミホからお金取る気無いし。それに女の子っておそろい、好きだから。今のうちだけだよ? 『お姉ちゃんとおそろいが良いの』って言ってくれるのは」
「それは分かる。あたしもミユぐらいの歳の頃には、姉貴とおそろいが良いなんて言ってたから」
ちなみにミホの家は四人兄弟。
兄、姉、ミホ、ミユちゃんの順となる。
上の二人はすでに家を出ていて、だからか妹のミユちゃんはミホにベッタリだった。
「お姉ちゃんとおそろいの色が良い!」
と、ミホとおそろいがマイブームらしい。
「分かった。じゃあおそろいのを作ってあげるね」
「うん! 待ってるね」
「すまんね、ミホ。じゃあ両親待たせてるから」
「うん。明日ね」
「じゃあね! カナちゃん」
手をつないで歩いていく二人の姉妹。
わたしは末っ子なので、妹や弟がほしい気持ちはあるけど…さすがにもう両親はムリだろうな。
まあそれを言うなら、姉や兄も…結婚は遅そうだ。
いつか甥っ子や姪っ子が生まれたのなら、編み物の量はハンパじゃなくなるな。
ミユちゃんにも毎年、いっぱい作ってあげているから。
それにクラスメート達や先生達にまで頼まれることがある。
頼まれれば嬉しいし、喜んでもらえればもっと嬉しい。
その相手の気持ちを、わたしは見失っていたのかもしれない。
わたしは反省しながら、手芸店へ向かった。
ミホとミユちゃんがおそろいの帽子をかぶって、手をつなぐことを想像しながら。
そこでふと、ある疑問が浮かんだ。
「…母さんは今の仕事はどういうふうになったの?」
「あたし? あたしは元々、料理の先生をしてたのよ。お料理教室で」
母は小さな頃から料理好きで、高校を卒業した後は、専門学校で料理を学んだらしい。
そこから先生になったらしいのだが…。
「でも教えるのと、自分で料理を作るのとはまた別でしょ? そこに苦痛を感じちゃってね。でも働かなきゃ、お金稼げないし」
苦笑しながら語る母だけど、当時は苦しかったんだろうな。
「そんな時、近くのパソコン教室に講師として働いていた父さんと知り合ってね。父さん、当時から情報を使って、裏では荒稼ぎしててねー」
…当時からそうだったのか、父さんは。
「それでちょっと休むように言われてね。その間のお金はどうするのって聞いたら、自分が支えるって言ってきてね。そのまま結婚よ」
「じゃあ結婚は母さんを休ませる意味もあったんだ」
「そうね。今考えるとそうかも。周囲には結婚するから、仕事を休むって言ってたし。当時、そこそこあたしの腕も有名だったからね。…父さんに重荷を背負わせちゃってたわね」
母は責任感の強い人だから、途中で仕事を投げ出すことができなかったんだろうな。
「その後、先生を辞めてね。料理研究家として働き出したの。パソコンが普及しはじめた頃には、今の仕事をはじめたしね」
母はレシピを公開したり、本を出す他、動画で料理の作り方を教えたりもしている。
それに依頼があれば、お店の新メニューなんかも開発したりしている。
仕事の全ては、父がいてからこそ成っていたんだ。
「父さん…柊さんは何も言わなかったけど、あたしのやることをいっつも支えてくれた。だから子供達にも、何かを強制したりはしたくないの。例え将来のことでも、ね」
「母さん…」
母はにこっと笑った。
「一般的な母親だったら、『ちゃんと自分一人で決めなさい』って言うことが正しいんでしょう。でもアタシはそれで一度失敗しちゃったから、言えないわね」
自分が苦労したことだから、ムリには進路を決めなくて良いと言ってくれている。
「幸いウチは金銭的には余裕がある方だし、カナが納得する将来を決めるまで、養ってあげられるしね。だからゆっくり考えなさい。高校卒業してから決めたって、悪くはないんだから」
「…うん。ありがと」
「カナは上の二人と違って、家事もしてくれるし、家事手伝いでも良いんだからね? アレだったらあたしの仕事のアシスタントとかって言うのもあるから」
そう言ってぎゅっと抱き着いてきた。
「うっうん」
「柊さんや菜摘、菜月もカナのお手伝いだったらいつでも必要にしているから。そっちの就職もあること、考えておいてね?」
「わっ分かった」
…でも四人にはお手伝いなんて必要ないだろうなぁ、と言うのは口には出さずにいた。
翌日の日曜日。
わたしは駅前に出てきた。
編み物の材料を買う為に、駅ビルに一人で来たのだ。
午後からは家族で出かける予定があるので、朝早く来ていた。
けれど駅ビルの中で、ミホを見つけた。
「ミホ~」
「あっ、カナ。どうしたの? 一人で」
「急ぎの買い物。ミホは…あっ、ミユちゃんと一緒だったんだ。おはよう、ミユちゃん」
「おはよう! カナちゃん」
ミホの妹、ミユちゃんは小学三年生。
ミホにベッタリで、可愛い女の子。
「あっ、カナ。帽子、ありがとね。今度何か奢るから」
私服のミホは、早速あげた帽子をかぶってくれていた。
「ありがと。でも九月末じゃ、まだ暑いんじゃない? ムリにかぶらなくてもいいよ」
「そんなに暑いってほどじゃないでしょ。それに気に入ったから良いの!」
「ねぇね、カナちゃん」
ミユちゃんがわたしの手をグイグイ引っ張った。
「ん? なぁに? ミユちゃん」
「おねーちゃんと同じ帽子、あたしにも作って」
「コラッ、ミユ!」
「だっておそろいの欲しいもん」
そう言ってわたしにべたっとくっついてきた。
「アハハ。良いよ、ミユちゃん。ミホとおそろいの作ってあげる。色も同じので良いの? ピンクとか、好きな色で作ってあげるよ」
「ホント? え~っとね、う~んっとね」
考え込むミユちゃんの頭を、ミホが困った顔で撫でた。
「カナぁ、ゴメンね。帽子代、ちゃんと払うから」
「いいよ、いらない。ミホからお金取る気無いし。それに女の子っておそろい、好きだから。今のうちだけだよ? 『お姉ちゃんとおそろいが良いの』って言ってくれるのは」
「それは分かる。あたしもミユぐらいの歳の頃には、姉貴とおそろいが良いなんて言ってたから」
ちなみにミホの家は四人兄弟。
兄、姉、ミホ、ミユちゃんの順となる。
上の二人はすでに家を出ていて、だからか妹のミユちゃんはミホにベッタリだった。
「お姉ちゃんとおそろいの色が良い!」
と、ミホとおそろいがマイブームらしい。
「分かった。じゃあおそろいのを作ってあげるね」
「うん! 待ってるね」
「すまんね、ミホ。じゃあ両親待たせてるから」
「うん。明日ね」
「じゃあね! カナちゃん」
手をつないで歩いていく二人の姉妹。
わたしは末っ子なので、妹や弟がほしい気持ちはあるけど…さすがにもう両親はムリだろうな。
まあそれを言うなら、姉や兄も…結婚は遅そうだ。
いつか甥っ子や姪っ子が生まれたのなら、編み物の量はハンパじゃなくなるな。
ミユちゃんにも毎年、いっぱい作ってあげているから。
それにクラスメート達や先生達にまで頼まれることがある。
頼まれれば嬉しいし、喜んでもらえればもっと嬉しい。
その相手の気持ちを、わたしは見失っていたのかもしれない。
わたしは反省しながら、手芸店へ向かった。
ミホとミユちゃんがおそろいの帽子をかぶって、手をつなぐことを想像しながら。
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