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その夜、高いお寿司とお酒をご馳走になって、家まで送ってもらった。
次の日からは、目まぐるしく仕事に追われた。
秘書課では前以て言われていた通り、事務系の仕事を任せられた。
けれど本当に今までの秘書達はこういう仕事が苦手だったらしく、わたしは引き継ぎのこと以外のことで、事務に戻ることが多かった。
地下一階と最上階を移動する日々。
だけど秘書課の人達は優しく、わたしをまるで年下の妹のように可愛がってくれた。
それに社長のお供やら、接客の仕事が回ってこなかったので、わたしも安心していた。
しばらくは忙しい日々を送り、でも時々社長から食事に誘われ、息抜きもできた。
そんなある日。
「ゆかり、今度の休日は予定あるか?」
「家でゆっくり読書やDVD観賞をする予定です」
「なら俺と海に行こう」
「潮干狩りですか?」
「…地味なことを言うな。クルーザーで海に出ないかという誘いだ」
「天気悪かったらどうするんです? 普通に海岸近くのお店で海の物を食べたいです」
海岸沿いのお店は、海産物が美味しいし安い。
海に出るより、食べ歩きでもした方が私は良い。
「ったく…。お前は普通の女じゃないな」
「自覚はあります。ですからそういうのは課長達とでも行ってください」
「去年行ったさ。アイツらは喜んでいたぞ?」
「なら今年も連れて行ってあげてください。わたしは遠慮します」
高級焼肉店でお肉を焼きながら、わたしと社長は話をしていた。
今日も例のごとく、社長の定時過ぎのお付き合いをしていた。
そもそも『社長とのお食事』に焼肉屋を選び、ビールを大ジョッキで頼むような女に、普通の女性の感覚を求められても困る。
「海産物のバーベキューが主役ならば、お付き合いしますよ♪」
「じゃあそれで妥協しよう。明日、朝迎えに行く」
「はい♪ 知り合いのレストランがあるんですか?」
「正確にはホテルだ」
「ホテル…」
ホテルのバーベキューか。それも良いかも♪
「じゃあ、待ってますね!」
「ああ、楽しみにしてろよ」
その時、ニヤッと笑った彼の笑顔の意味を、この時のわたしは気付いていなかった。
けれど翌日はすぐに訪れる。
初夏らしく夏の白いワンピースと麦わら帽子をかぶった。
そして日焼け止めを肌に塗る。
今日は快晴。海が近いとなると、紫外線はキツイだろう。
…思えば前まではこんなふうに、おシャレをすることなんてなかった。
海に遊びに行くのも、学生の時以来だ。
でも社長に連れ回されるようになって、さすがに外見に気をくばるようになった。
社長はプライベートで、いろいろな所に連れて行ってくれた。
わたしの知らない世界を、教えてくれた。いろいろと勉強になった。
多分今のわたしなら、普通の25歳の女性として振る舞えるだろう。
…中身はともかく、外見だけならば大人になった。
それもこれも、社長のおかげだ。
ととっ、ケータイが鳴った。
「着いたぞ」
「今行きます」
さて、今日も楽しもう♪
インドアだったわたしが、すっかりアウトドアになってしまった。
社長はぶちぶち言うけれど、わたしとしてはかなりの進歩だ。
これも社長のおかげだ。精一杯仕事をして、恩返しをしていきたいな。
「お待たせしました。今日は遠い所ですか?」
「いや、近くの海にした。穴場があるんだ」
「それは楽しみです」
助手席に乗り込むのも、今はもう抵抗が無い。
「他の秘書課の方達は後から来るんですか?」
「何でだ? 来るわけないだろう? 誘ってもいないのに」
「そうなんですか? 昨日の話の流れだと、そうだと思ったんですけど」
「アイツらだってヒマじゃないだろう」
…まっ、それは言えるな。
いきなり誘って受けられるのなんて、わたしぐらいなものだろう。
「あっ、この間お借りした本、おもしろかったです。外国の本なんてあんまり読まないので、新鮮でした」
「それは良かった。まさか6ヶ国語もイケるとは思わなかった」
「学ぶのは好きです。経験値を積むことならば、もっと好きです。だから事務作業がとても好きなんです」
「欲の無いヤツだ。事業を立ち上げたら、成功するだろうに」
「そういうのは社長みたいに社交的で自信家の人じゃなきゃ、できないことですよ。わたしはそういう人の下にいたほうが気が楽で良いです」
「言ってくれるな?」
「でも本当のことでしょう?」
次の日からは、目まぐるしく仕事に追われた。
秘書課では前以て言われていた通り、事務系の仕事を任せられた。
けれど本当に今までの秘書達はこういう仕事が苦手だったらしく、わたしは引き継ぎのこと以外のことで、事務に戻ることが多かった。
地下一階と最上階を移動する日々。
だけど秘書課の人達は優しく、わたしをまるで年下の妹のように可愛がってくれた。
それに社長のお供やら、接客の仕事が回ってこなかったので、わたしも安心していた。
しばらくは忙しい日々を送り、でも時々社長から食事に誘われ、息抜きもできた。
そんなある日。
「ゆかり、今度の休日は予定あるか?」
「家でゆっくり読書やDVD観賞をする予定です」
「なら俺と海に行こう」
「潮干狩りですか?」
「…地味なことを言うな。クルーザーで海に出ないかという誘いだ」
「天気悪かったらどうするんです? 普通に海岸近くのお店で海の物を食べたいです」
海岸沿いのお店は、海産物が美味しいし安い。
海に出るより、食べ歩きでもした方が私は良い。
「ったく…。お前は普通の女じゃないな」
「自覚はあります。ですからそういうのは課長達とでも行ってください」
「去年行ったさ。アイツらは喜んでいたぞ?」
「なら今年も連れて行ってあげてください。わたしは遠慮します」
高級焼肉店でお肉を焼きながら、わたしと社長は話をしていた。
今日も例のごとく、社長の定時過ぎのお付き合いをしていた。
そもそも『社長とのお食事』に焼肉屋を選び、ビールを大ジョッキで頼むような女に、普通の女性の感覚を求められても困る。
「海産物のバーベキューが主役ならば、お付き合いしますよ♪」
「じゃあそれで妥協しよう。明日、朝迎えに行く」
「はい♪ 知り合いのレストランがあるんですか?」
「正確にはホテルだ」
「ホテル…」
ホテルのバーベキューか。それも良いかも♪
「じゃあ、待ってますね!」
「ああ、楽しみにしてろよ」
その時、ニヤッと笑った彼の笑顔の意味を、この時のわたしは気付いていなかった。
けれど翌日はすぐに訪れる。
初夏らしく夏の白いワンピースと麦わら帽子をかぶった。
そして日焼け止めを肌に塗る。
今日は快晴。海が近いとなると、紫外線はキツイだろう。
…思えば前まではこんなふうに、おシャレをすることなんてなかった。
海に遊びに行くのも、学生の時以来だ。
でも社長に連れ回されるようになって、さすがに外見に気をくばるようになった。
社長はプライベートで、いろいろな所に連れて行ってくれた。
わたしの知らない世界を、教えてくれた。いろいろと勉強になった。
多分今のわたしなら、普通の25歳の女性として振る舞えるだろう。
…中身はともかく、外見だけならば大人になった。
それもこれも、社長のおかげだ。
ととっ、ケータイが鳴った。
「着いたぞ」
「今行きます」
さて、今日も楽しもう♪
インドアだったわたしが、すっかりアウトドアになってしまった。
社長はぶちぶち言うけれど、わたしとしてはかなりの進歩だ。
これも社長のおかげだ。精一杯仕事をして、恩返しをしていきたいな。
「お待たせしました。今日は遠い所ですか?」
「いや、近くの海にした。穴場があるんだ」
「それは楽しみです」
助手席に乗り込むのも、今はもう抵抗が無い。
「他の秘書課の方達は後から来るんですか?」
「何でだ? 来るわけないだろう? 誘ってもいないのに」
「そうなんですか? 昨日の話の流れだと、そうだと思ったんですけど」
「アイツらだってヒマじゃないだろう」
…まっ、それは言えるな。
いきなり誘って受けられるのなんて、わたしぐらいなものだろう。
「あっ、この間お借りした本、おもしろかったです。外国の本なんてあんまり読まないので、新鮮でした」
「それは良かった。まさか6ヶ国語もイケるとは思わなかった」
「学ぶのは好きです。経験値を積むことならば、もっと好きです。だから事務作業がとても好きなんです」
「欲の無いヤツだ。事業を立ち上げたら、成功するだろうに」
「そういうのは社長みたいに社交的で自信家の人じゃなきゃ、できないことですよ。わたしはそういう人の下にいたほうが気が楽で良いです」
「言ってくれるな?」
「でも本当のことでしょう?」
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