辺境暮らしの付与術士

黄舞

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第2章

第21話

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 サラは焦っていた。騎士達から事件の概要を聞き出した後、騎士達に同行して魔物の後を追っていた。その足取りはおよそ計画性がみられず、場当たり的な移動に見えたが、サラはあることを心配していた。
 直線ではないが、血の跡が進む方向、それはサラがもともと目指していたものと同じ、故郷のオティスの方角に進んでいたのだ。
 オークキングの実態は全く分からないが、村一つを短時間で壊滅させるような魔物だ。もし故郷の村にそれが姿を現したら、と考えるとぞっとした。

 サラは馬を操ることが出来なかったので、今は騎士の後ろに乗せて貰っていた。私情を挟むのは憚られたが、そうも言ってられない焦燥感にかられ、サラは騎士に出来るだけ急ぐようにお願いした。
 振り落とされないようにと前に座る騎士の体に強くしがみ付く。ソフィもサラと似たような状態だ。
 美人の少女達に抱き着かれ、役得と思われるような状況であるが、元々強張っていた体に更に力が入り、小刻みに体を震わせながら、怯えたような顔をした騎士達は、馬に必死で鞭を入れた。



 ジョセフは子飼いのならず者達を複数人引き連れ、オティスに向かう街道の入り口にいた。
 昨日の夜3人の行方を探っていた者の話では、幸いなことにあの生意気な娘は、ロロ達と一緒にオティスに向かうらしかった。二手に分かれる必要がなく、一度にあの生意気な娘とバカな村人を始末することができる。
 金が何より好きなジョセフだが、もう一つ好きなものがあった。ジョセフがこの場に同行するのもそれが原因だ。
 ジョセフは人が不幸になる様を見ることが好きだった。人の不幸を見ることは、相対的に自分がいかに恵まれているかを認識させてくれる指標となり、特に幸せそうな人間が不幸に転じる時など、得も言われぬ幸福感を得た。
 今回の3人も愚かにもジョセフの金の卵をくすね盗ろうとした罰を受けなければならない。ジョセフはそう信じ切っていた。

「あいつらはわしの大事な金の卵を愚かにも盗もうとした極悪人だ。そうだな?」

 はい。とその場にいる全ての者が一斉に肯定した。ジョセフの言うことは全て肯定する。そう訓練されていた。もし少しでも刃向おうものならば、その者は自分の過去の発言を後悔する羽目に合わされるだろう。

「その極悪人達は罰せられなければならない。すなわち今からわしがしようとしていることは善行だ。そうだな?」

 次もみな、はい。とだけ答えた。まるでもって支離滅裂だが、ジョセフは自分の言動は全て正しいものだと信じ切っていた。それは今から10年ほど前の出来事が原因だった。

 先代の父から、近くの村々からその特産品を買い取り、それを町や運河を使い街に売り出す商売をそのまま引き継いだジョセフは、あの手この手を使い、出来るだけ安く買い取り、出来るだけ高く売るという商売で成功を収めていた。
 自身の評価にそぐわぬ手腕を揮っていたといえた。しかし、10数年ほど前から、小手先の技術などばかばかしくなるような利益を上げる商品が、ジョセフの元に舞い込んできた。オティスの羊毛品だ。

 オティスとのやり取りを始めたのは先代の父であったが、その頃はその時の相場で考えるとかなり良心的な価格で羊毛品を買い取りしていた。
 しかしその後物価が上がっても、ものを知らない村人達は値上げ交渉などせずに当時のままの価格で満足していたのだ。
 当然その利ザヤは年を追うごとに大きくなったのだが、問題は10数年前からその質が徐々に上がってきたことだった。都市に出回る他のものと比較しても、最高品質と言っていいくらい、羊毛の質は良くなっていた。

 こんな性格だが商才があったジョセフは、この羊毛を使った王侯貴族向けの最高級ブランドを立ち上げた。高い値段にも関わらず、羊毛品は飛ぶように売れた。
 元手が殆どかからないのに高く売れる。ジョセフの元には笑いが止まらないほどの金が集まって行った。それがジョセフを狂わせた。

 元々の商才で町の商人達を次々と支配下としていたジョセフは、そこに莫大な資産が手に入ったことにより、商人達の王になっていた。
 有り余る金の力を使い、この町でジョセフに逆らうものは居なくなっていた。周りにはジョセフの言うことを全て肯定するものだけだ。
 口を滑らして反対をした者は、過去に戻って自分の発言を止められたらと後悔するような目に遭わされた。
 その内自分は選ばれた人間なのだと信じ始めた。自分の言動は全て正しい。自分に逆らうことは間違ったことで、間違いを犯した人間は相応しい罰を受けなければならない。

 どのような罰がいいか・・・。この後の3人の運命を考えてジョセフは顔を歪ませた。
 特にあの愚かで生意気な小娘。あいつはどんな不幸を味わわせてやろうか。
 自分が間違っているのにも関わらず、愚かにも自分が正しいなどとわしに歯向かった生意気な娘だ。自分の部下の慰み者になってもらおうか。
 いや、所詮まだ小娘だ。そんなことをしたらすぐに発狂してしまうかもしれない。それでは芸がなさすぎる。
 わしから金の卵をくすね盗ろうなどと大罪を犯したのだ。そんな簡単では面白くない。では何がいいか。あれこれ考えながら、ジョセフはその歪んだ醜い顔をさらに歪ませ悦に浸った。

 しばらくして、子飼いのならず者からもうすぐ追いつくとの連絡が来た。ジョセフは襲うための準備をするよう命令し、ならず者たちはぞろぞろと馬車から降りた。



 楽しく談笑していた3人の中でその異変にカインだけが気付いた。何かが来る。それも凄まじい速さで。

「馬車を停めてください。今すぐに!」

 カインはそう叫ぶと、急いで呪文を唱え、馬車の上方の空気と、地面に向かって、強化と耐熱の付与をかけた。
 飛来物は強化された空気に阻まれその速度を落とし、着地点を微妙に変え、耐熱付与された地面へと突き刺さった。
 ジュウっと音がした。飛来物が突き刺さった地面を見ると、周りの地面が溶けて冷え固まりつるつるとした表面になっていた。
 カインは飛来物を注意深く観察した。それは大きな鳥の羽だった。

 突如上空に巨大すぎる魔力と熱の塊が現れた。
 カインは慌てて、周囲の空気に耐熱と遮断の付与をかけた。付与をかけられた空気は大きなシャボン玉のようにカイン達を包んだ。
 そうしないとこれから近づいてくるであろう、あの魔物の熱に全員焼き殺されただろうとカインは判断したのだ。
 案の状その魔物はゆっくりとカイン達の前に降り立ってきた。御者は驚愕し、何事かと馬車から出てきたロロとシャルルもその魔物を目にし、言葉を失った。
 カインはその魔物に覚えがあった。以前グリズリーが出没した際に北を魔力で探索した際、認知できた巨大な魔力を持った魔物だった。

 魔物の周囲は常に揺らいでいて、後から聞いたロロの言葉を借りれば、それは燃え盛る身体を持った、人の3倍はありそうな巨大な鳥だった。
 もしここに別の誰かが居たらもっと大騒ぎになっていたかもしれない。
 その魔物は不死鳥フェニックス。その燃え盛る翼はエリクサーの疑似薬の原料の一つだった。

「人の子よ」

 カインは今度こそ驚いた。今カインとフェニックスの間には熱を通さないための遮断の付与をかけられた空気が存在している。
 熱だけでなく音も遮断されているはずだった。それでも声が聞こえた。しかも人間の言葉だ。噂に聞く念話というものかもしれない。
 カイン以外にはその声は聞こえていないようだ。それだけでこのフェニックスがどのような存在であるか分かる。
 カイン一筋の汗を頬に垂らしながら、空気にかけ続けている付与魔法の力を強めた。そうしないとすぐにでも破壊されてしまいそうな気がするのだ。

「人の子よ。まずはそなたを試したこと詫びよう。しかし、そなたは我の期待以上だった。そなたなら安心して任せられる。人の子よ。どうか我の願いを叶えてほしい」
「願いとはなんですか?」

 聞こえるのかどうか分からなかったが、カインは答えた。もしフェニックスがこちらを攻撃する気があれば、すでに全員あの世に行っていることだろう。事が穏便に済むことを願い、カインは次の言葉を待った。

「人の子よ。類まれな魔力の才能を持つ者よ。どうか我を殺してほしい」
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