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第六話

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 奴隷を購入するとその店で必ず奴隷紋の作製が行われる。
 これは主人となる者の血を特殊な墨に混ぜ合わせ、奴隷の身体にその墨を使い魔法陣を彫り込むことによって完成する。

 当然店の男もそれをするための技術を持っていて、ハンスに少量の血を求めたのだが、ハンスはそれを不要と断った。
 別に血を流すのが怖いわけでは無い、自分には不要だったからだ。

「でもお兄さん。奴隷紋を彫らないと万が一の時、困るよ」
「いや。もっといい方法を知っているんだ」
「いい方法? なんだいそれは。自分で呼び入れておいてなんだけど、お兄さん、なんだかとっても変わっているね」
「俺が変わっている? ああ、確かにそうかもしれないな」

 自嘲気味のハンスに、店の男はそれ以上質問をすることはなかった。

 奴隷紋には、主人に生命の危機が訪れた時、奴隷に強烈な苦痛与えるという効果と、その居場所を追跡できるという程度の効果しかない。
 万が一、主人に牙をむいた際の予防策と、逃げられた際に容易に見つけられるという、目的で作られたのだが、ハンスの目的にはそぐわなかった。

 そもそも、これから一緒に冒険に出て、自分を護衛し、魔物を討伐してもらう相手が、ハンスの危機に自分が痛みで動けなくなるようでは話にならない。
 ハンスは呪文を唱えると複雑な魔法陣を間違いないよう入念に描き、魔法を放った。

従属化ディペンデント!」

 ハンスの声に応じて、魔法陣からの光は目の前で震えている病弱そうな獣人の少女に飛び、露出していた右の肩に複雑な紋様を貼り付けた。
 ハンスは満足そうに頷くと、男に少女を檻から出すよう伝える。

「なんだい、お兄さん。今の。奴隷紋に似ているがそれよりも随分と複雑だね。それに道具も使わずにどうやって彫ったんだ?」

 今唱えたのは補助魔法の応用で、効果はよりハンスの使い易いようにカスタマイズしてある。
 そもそも、ハンスが補助魔法の発想を得たきっかけが、この奴隷紋なのだから、ハンスは恐らくこの世の誰よりも奴隷紋について詳しかった。

「まぁ。奴隷紋と似たようなもんさ。それよりも幾分か高性能だけどね」
「まぁ、お客さんの事にはあれこれ深く突っ込まないのがこの商売のルールだ。これでこの子はお兄さんの物だよ」

 少女は小さく咳を繰り返しながら、檻からゆっくりと出て来た。
 その顔には恐怖とも諦めともつかない表情が張り付いている。

 折角の美人が台無しだな、というのがハンスの第一印象だった。
 護衛兼、戦力に必要なのは容姿では無いが、この身の細りようではそれもままなるまい。

 ハンスは奴隷商の店から出ると、まずは話をするために、奴隷となった少女を自分の取っている宿へ連れて行った。
 番頭が怪訝そうな顔をしていたが、そこは安宿のいいところで、金さえ払えば客の素性など構わない。

 今日から人数が一人増えることと、部屋は一緒でいい事だけ伝えると、数日分の追加料金を支払い、少女を連れて部屋へ入った。
 その間、少女は口を一切聞かず、時折出る咳もなるべく音を立てないようにと無理をして、余計回数が増えるというのを繰り返していた。

「よいしょっと。えーと、まずは名前だな。俺はハンス。君の名は?」
「セレナと言います。ご主人様」

 セレナは入ったままの位置で立ったまま、やっと口を開いた。
 聞かれたこと以外話さないよう躾られているのだろう、セレナは震えながらそうとだけ答えた。

 この国では、といってもこの世界に人間の国はモール王国ただ一つなのだが、亜人は魔物と同種として扱われていた。
 当然、国民が保障されている人権など亜人には無く、生き死にも法律の外とされている。

 つまり、ハンスがその気になれば、このいたいけな少女を殺したとしても、罪に問われることは無いのだ。
 少女はその事実を知っているのだろう。
 先程から極力、主人たるハンスの意に反しないようにと心がけているようだった。

「うん。セレナ。まずはそのご主人様という呼び名を変えてもらえるかな。確かに君は俺の奴隷で、俺は君の主人だけれど、ご主人様と呼ばれるのは慣れない」
「では、なんとお呼びすればよろしいでしょうか?」

「普通にハンスでいいよ。それとその口調もだな。いいかい? これから君は冒険者になって俺と一緒に戦ってもらう。その際にそんな喋り方じゃあお互いやりにくいだろう?」
「そんなことを言われましても。どのような話し方をすればいいか分かりません」

「うーん。まぁ、話し方はおいおいでいいか。呼び名だけはハンスで頼むよ。これは命令だ」
「分かりました。ハンス様」

 流石に呼び捨ては出来ないと思ったのか、少女の様付けにハンスは、はぁっと深い息を吐いた。
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