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第二十九話

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「そういえば、ここを出発する前にきちんとした野宿用の道具を揃えないとな」
「そうですね。ところで、次の街、ティルスでしたか? そこまでは馬車を使うんですか?」
「ああ。ここで三日休むのは俺に体力が無いせいだが、出来るだけ早くにティルスに向かいたいからな。そこだったら、ある程度のクエストが受けられるはずだ。借金の返済の期限が細かく区切られてしまったからな。出来るだけ稼げる時に稼いでおきたい」
「そうですね。馬車ですか。あまりいい思い出がないもので……」

 セレナが馬車に乗ったのは、奴隷商人から別の奴隷商人に渡された時だけだった。
 肺の病気をこじらせたセレナの体調を気遣う商人などおらず、炎天下の中でも極寒の中でも、他の奴隷同様大した対策も受けずに、長旅を強いられた。

 時には同乗した奴隷仲間が、自分に与えられた水をセレナに渡してくれたこともあったが、逆に力の弱いセレナから水を奪おうとする奴隷もいた。
 皆自分が生きるのに必死なのだと、自分に言い聞かせ、必死の思いで自分の水を守った。

 それに比べれば、ハンスとの旅はまるで苦になることが無かった。
 ハンスの体力に合わせた旅程は、補助魔法をかけられたセレナにとっては、なんの苦労もなかった。

 例え、徹夜をしても問題がないだけの体力があるのにも関わらず、必ずハンスは夜中に一度起き出し、セレナを寝かせてくれた。
 申し訳なく思い何度も夜通し見張ると申し出たのだが、得意の「命令だ」の一言で黙らされてしまった。

 そもそも、ハンスが旅に出なければいけない理由は無いのだ。
 セレナを手放しさえすれば、ハンスは以前と同じように首都で冒険者を続けることが出来た。

 以前とは違い、白銅級になったハンスを歓迎するパーティもきっと見つかることだろう。
 それなのに、ハンスはなんの迷いもなく、セレナとカナンへ向かう旅を選択した。

 お世辞でなく、ハンスは頭が良い。
 考えるまでもなく、どちらが得かハンスには理解出来るはずだ。

 ハンスが常日頃言ってくれる「仲間」という言葉。
 その言葉に、その気持ちにどれだけ助けられ、温かい気持ちにしてもらっているか。

「ありがとうございます。奴隷になってしまった自分を恨んだこともありますが……今はハンス様に買われて幸せです」

 セレナは眠っているハンスに小声で声をかける。
 ハンスの乱れた掛布をきれいに直し、起こさないように部屋を出た。

「もっと。もっと私が強くならなくては」

 宿屋の裏に出たセレナは、肌見放さぬ白虎の短剣をいた。
 この道中でも行ってきたように、頭の中で思い浮かべた敵を相手に、両手の短剣を振るう。
 愛する主人の身に危険が迫らぬよう、どんな相手にも遅れを取らぬように。
 一晩中、自分の技量を高めるための訓練を続けた。
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