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第五章
直感①
しおりを挟む「度々すみません。ちょっとお尋ねしたいことがあって……いいですか?」
私は歩き続ける芹川の後ろにつきながら聞いた。
「はい。全然いいですよ。なんでしょうか」
だけど、そう快く受け答えしながら、彼女は歩を緩めなかった。
「芹川さんは、千歳とはどんな関係だったんですか?」
私は彼女と歩調を合わせながら聞いた。
「なにも聞かされていないんですか?」
「すこしは知っているんですけど、ちょっと思い出せなくて」
芹川のことは、そんなような友人がいると、手紙にすこし書いてあった。でも詳しいことはほとんどなにも知らなかった。
「そうなんですね。私と千歳の関係……」
と、そこで彼女は急に立ち止まった。私も慌てて足を止めた。彼女が顔をあげて答える。
「私、彼女のファンなんです。音羽弓の新作を、いつも待ち望んでいました」
芹川さんは悲しそうに微笑んだ。
「そう、だったんですか」
私はいまさらながら気まずくなった。
音羽弓とは、「寅」の「私」のペンネームだ。
彼女の作品は一冊だけ読んだことがある(本当はすべて読みたかったが、ノイズが多すぎてそれが精一杯だったのだ)。
恋愛小説でいながら幻想的なイメージで溢れていて、その中にたまにはっとするような比喩が宝石のように散りばめられているのが彼女の作品の特徴だった。
それを読んで、本当に「私」が書いたのかと疑ったのをよく覚えている。
「千歳さんとは近くのカフェで偶然出会ったんです。初めて会った時、嬉しすぎて涙が出てしまって、心配した彼女が、ハンカチを渡してくれたんです。ほら」
そう言って芹川は立ち止まると、ミントグリーンのバッグを開けて、私にその白いレースのハンカチを見せた。
レースのハンカチは強く握りしめられたのか、くしゃくしゃになっていた。
芹川は私にそれを見せた後、バッグにしまった。それから再び歩き出した。私はまた、彼女を追いながら質問を続けた。
「あの、すみません。いいですか?」
「いいですよ、なんですか?」
「芹川さんはどうしてさっき千歳の家から出てきたのですか?」
彼女が警戒するような表情を微かに見せた。
「ああ、そうですよね。でも実は、なんでもないんです。ちょっと私物を返してもらうために警察の方にもちゃんと許可を得て入れさせてもらったんです」
「どんなものですか」
その瞬間、彼女の目つきが変わった。
「すみません。別に疑っているわけじゃないんです。ただちょっと気になって。……忘れてください」
私は慌てて弁明した。そうしながらも、私は彼女の表情を観察することをやめられなかった。芹川は私から視線を外すと、
「……かわいそうな千歳」
ぽつりと言った。
「え?」
私は思わず聞き返した。だが、彼女はすかさず首を振ると、にっこりと親しみやすい笑顔を作った。
「すみません。なんでもないです。私のほうこそごめんなさい。変な疑いを持たせるようなこと言ってしまいましたよね。私が持って帰ったのは本です。千歳に貸していた本を、どうしても、処分される前に取り戻したくて」
それから、どこか意味ありげに私を見つめてそう答えた。その後すぐに、彼女はスマホを見てこう続けた。
「ごめんなさい。もうバスが来る時間なので行かなくちゃ」
芹川は慌ててスマホをしまった。
私が戸惑っていると、
「あの、よろしければ一緒に行きませんか?」
と彼女が提案した。
「……どこにですか?」
私が警戒すると、芹川は、
「これからお見舞いに行くんです。バスに乗って、鐙病院というところまで。そこに千歳の恋人で、犯人と争って怪我をして入院している方がいるんです。個室なのでそこでならゆっくり話もできると思いますよ」
と、半身をバス停の方に向けながら提案した。
私はどうするべきか迷った。事件の関係者に会える、またとない機会のはずだが、妙に胸騒ぎがしていたのだ。
理由はわからないが、芹川にはどこか違和感を覚える。
それを知りたくて、危ない感じもしたが、結局、その提案にのらせてもらうことにした。
私と芹川は、数分後に来たバスに乗り込んだ。
そこからその病院前のバス停で降りるまで、降りる場所を聞いた以外、私は彼女と一言も話さなかった。
私と芹川の間には、お互いに表面上では取り繕っているけれど、腹の底では疑い合っているような、妙な緊張感があった。
バスに乗っている時、芹川が座った席の斜め後ろに座って、外の景色を眺めるふりをしながら彼女の様子を観察していた時にそう思った。
彼女はなにかを隠している、私はそう感じた。
芹川は考え事をしていたのか、病院前のバス停の降車ボタンは、私が押したほどだった。彼女はそれに気づくと私の方を向いてお辞儀をした。
「すみません。ありがとうございます」
バスを降り、先に降りたお年寄りの方たちの後に続きながら、病院に向かっている途中、彼女は私に言った。
「私、千歳に、彼女の作品に、本当に本当に助けられたんです。いま私が生きているのも彼女のおかげだと思っています。だから、その千歳の家族のためにはなんでもしてあげたいんです」
彼女のその言葉は、嘘偽りのないものだと私は思った。それだけの熱量を感じたのだ。
「千歳なら、いまの私を見て、前に進まないとって言うに違いないと思うんです。でもお姉さんを見ていると、つい、千歳がいまでも生きているんじゃないかって思ってしまって……本当にごめんなさい。お姉さんには関係ないことなのに……」
芹川は遠くを見るような目でそう言い、言葉を詰まらせた。私は、それはどういう意味なのだろうと考えながら、黙っていた。春の日差しだけが私たちの間に差し込んでいた。
病院内は、建物が新しいせいか明るい雰囲気で満ちていた。廊下にはヨーロッパのどこかの田舎の麦畑の絵や、古ぼけた小屋のある海辺の町を描いた写実的な絵が飾ってある。
「これから会う、千歳の恋人だった方は、どんな人なんですか?」
面会の申し込みをした後、エレベーターを待っている時に私は聞いた。
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