並行世界の殺人~十二人の「私」と連続殺人事件~

yamatsuka

文字の大きさ
11 / 18
第五章

直感①

しおりを挟む

「度々すみません。ちょっとお尋ねしたいことがあって……いいですか?」

 私は歩き続ける芹川の後ろにつきながら聞いた。

「はい。全然いいですよ。なんでしょうか」

 だけど、そう快く受け答えしながら、彼女は歩を緩めなかった。

「芹川さんは、千歳とはどんな関係だったんですか?」

 私は彼女と歩調を合わせながら聞いた。

「なにも聞かされていないんですか?」

「すこしは知っているんですけど、ちょっと思い出せなくて」

 芹川のことは、そんなような友人がいると、手紙にすこし書いてあった。でも詳しいことはほとんどなにも知らなかった。

「そうなんですね。私と千歳の関係……」

 と、そこで彼女は急に立ち止まった。私も慌てて足を止めた。彼女が顔をあげて答える。

「私、彼女のファンなんです。音羽弓の新作を、いつも待ち望んでいました」

 芹川さんは悲しそうに微笑んだ。

「そう、だったんですか」

 私はいまさらながら気まずくなった。

 音羽弓とは、「寅」の「私」のペンネームだ。

 彼女の作品は一冊だけ読んだことがある(本当はすべて読みたかったが、ノイズが多すぎてそれが精一杯だったのだ)。

 恋愛小説でいながら幻想的なイメージで溢れていて、その中にたまにはっとするような比喩が宝石のように散りばめられているのが彼女の作品の特徴だった。

 それを読んで、本当に「私」が書いたのかと疑ったのをよく覚えている。

「千歳さんとは近くのカフェで偶然出会ったんです。初めて会った時、嬉しすぎて涙が出てしまって、心配した彼女が、ハンカチを渡してくれたんです。ほら」

 そう言って芹川は立ち止まると、ミントグリーンのバッグを開けて、私にその白いレースのハンカチを見せた。

 レースのハンカチは強く握りしめられたのか、くしゃくしゃになっていた。

 芹川は私にそれを見せた後、バッグにしまった。それから再び歩き出した。私はまた、彼女を追いながら質問を続けた。

「あの、すみません。いいですか?」

「いいですよ、なんですか?」

「芹川さんはどうしてさっき千歳の家から出てきたのですか?」

 彼女が警戒するような表情を微かに見せた。

「ああ、そうですよね。でも実は、なんでもないんです。ちょっと私物を返してもらうために警察の方にもちゃんと許可を得て入れさせてもらったんです」

「どんなものですか」

 その瞬間、彼女の目つきが変わった。

「すみません。別に疑っているわけじゃないんです。ただちょっと気になって。……忘れてください」

 私は慌てて弁明した。そうしながらも、私は彼女の表情を観察することをやめられなかった。芹川は私から視線を外すと、

「……かわいそうな千歳」

 ぽつりと言った。

「え?」

 私は思わず聞き返した。だが、彼女はすかさず首を振ると、にっこりと親しみやすい笑顔を作った。

「すみません。なんでもないです。私のほうこそごめんなさい。変な疑いを持たせるようなこと言ってしまいましたよね。私が持って帰ったのは本です。千歳に貸していた本を、どうしても、処分される前に取り戻したくて」

 それから、どこか意味ありげに私を見つめてそう答えた。その後すぐに、彼女はスマホを見てこう続けた。

「ごめんなさい。もうバスが来る時間なので行かなくちゃ」

 芹川は慌ててスマホをしまった。

 私が戸惑っていると、

「あの、よろしければ一緒に行きませんか?」

 と彼女が提案した。

「……どこにですか?」

 私が警戒すると、芹川は、

「これからお見舞いに行くんです。バスに乗って、鐙病院というところまで。そこに千歳の恋人で、犯人と争って怪我をして入院している方がいるんです。個室なのでそこでならゆっくり話もできると思いますよ」

 と、半身をバス停の方に向けながら提案した。

 私はどうするべきか迷った。事件の関係者に会える、またとない機会のはずだが、妙に胸騒ぎがしていたのだ。

 理由はわからないが、芹川にはどこか違和感を覚える。

 それを知りたくて、危ない感じもしたが、結局、その提案にのらせてもらうことにした。

 私と芹川は、数分後に来たバスに乗り込んだ。

 そこからその病院前のバス停で降りるまで、降りる場所を聞いた以外、私は彼女と一言も話さなかった。

 私と芹川の間には、お互いに表面上では取り繕っているけれど、腹の底では疑い合っているような、妙な緊張感があった。

 バスに乗っている時、芹川が座った席の斜め後ろに座って、外の景色を眺めるふりをしながら彼女の様子を観察していた時にそう思った。

 彼女はなにかを隠している、私はそう感じた。

 芹川は考え事をしていたのか、病院前のバス停の降車ボタンは、私が押したほどだった。彼女はそれに気づくと私の方を向いてお辞儀をした。

「すみません。ありがとうございます」

 バスを降り、先に降りたお年寄りの方たちの後に続きながら、病院に向かっている途中、彼女は私に言った。

「私、千歳に、彼女の作品に、本当に本当に助けられたんです。いま私が生きているのも彼女のおかげだと思っています。だから、その千歳の家族のためにはなんでもしてあげたいんです」

 彼女のその言葉は、嘘偽りのないものだと私は思った。それだけの熱量を感じたのだ。

「千歳なら、いまの私を見て、前に進まないとって言うに違いないと思うんです。でもお姉さんを見ていると、つい、千歳がいまでも生きているんじゃないかって思ってしまって……本当にごめんなさい。お姉さんには関係ないことなのに……」

 芹川は遠くを見るような目でそう言い、言葉を詰まらせた。私は、それはどういう意味なのだろうと考えながら、黙っていた。春の日差しだけが私たちの間に差し込んでいた。

 病院内は、建物が新しいせいか明るい雰囲気で満ちていた。廊下にはヨーロッパのどこかの田舎の麦畑の絵や、古ぼけた小屋のある海辺の町を描いた写実的な絵が飾ってある。

「これから会う、千歳の恋人だった方は、どんな人なんですか?」

 面会の申し込みをした後、エレベーターを待っている時に私は聞いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」 「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」  私は思わずそう言った。  だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。  ***  私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。  お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。  だから父からも煙たがられているのは自覚があった。  しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。  「必ず仕返ししてやろう」って。  そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

処理中です...