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第五章
直感②
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「斎垣守さん、といって、証券会社に勤めている方ですよ。優しくて、気配り上手な人です」
芹川がどこか感情を排したように言う。
「千歳とはいつから付き合っていたのか、知っていますか?」
彼女の返事が遅れた。私は改めて芹川を見た。芹川は戸惑っているようだった。
「どうしたんですか?」
私が言った。
「すみません。なんだかお姉さん、小説の中に出てくる探偵さんみたいだなって思ってしまって。本当にごめんなさい。全然他意はないんですけど」
芹川はそう言うと慌てて頭を下げた。
「……そうかもしれませんね。失礼ですよね。すみません」
私は聞きたいことが聞けずに、本当のところ不満だったが、同じように頭を下げた。
たしかに、彼女の言う通りだ。これでは会う人みんなに「私はあなたを殺人犯と考えています」と言っているようなものだ。
情報は欲しいけど、すこしやり方を考え直さないといけない。
「いえ、そんな。そんなつもりで言ったわけじゃないんです。ただ、これから会う斎垣さんと喋る時は、事件のことを思い出してしまうかもしれないので、あまりそういったことは聞かない方がいいかもしれませんよ」
「……はい」
私はゆっくりと頷いた。
「私も、千歳を殺した犯人が一刻も早く捕まってほしいと思っています」
彼女は私に同情するような眼差しを向けた。
エレベーターにのり、芹川は三階のボタンを押した。大きな鉄の箱がゆっくりと上昇し、内臓にぎゅっと圧力がかかったのを感じた。
「お姉さんの気持ちはわかりますよ。でも、今回の事件は、そんな風に千歳の関係者を疑っても余計なことを引き起こしかねないと思いますよ」
芹川が機内の手すりに手をかけながら諭すように言った。
「どうしてですか?」
私は芹川の表情を見極めながら聞いた。
「だって犯人は千歳の財産を目当てに侵入した強盗犯だからですよ。私もすごく不安ですけど、無理に心配する必要はないと思うんです。目撃情報もあるし、警察がいまもその犯人を必死に捜しています。きっとすぐに捕まえてくれると思いますよ。あ、こっちですよ」
芹川はエレベーターを降りると先だって歩いた。私は、彼女のどこか確信めいた言葉や態度に違和感を覚えたが、そのことに触れるのは控えた。
途中、扉が開いている部屋がいくつもあった。仕切りのカーテンの隙間からベッドの上に横になっているパジャマを着た人たちが見えた。
斎垣の病室は角にあった。芹川がその扉をノックした。が、反応は返ってこなかった。
「芹川です。失礼します」
彼女は構わず病室の扉を開けた。私は不審に思ったが、なにか事情があるのだろうと思って、大人しく後に続いた。
手前にトイレと洗面所、そこを抜けるとベッドが置かれた部屋があった。その脇の窓のクリーム色のカーテンは開け放たれて、室内は明るすぎるほどだった。
ベッドに人が寝ている。そう私が気付いたのと同時にその人が起き上がった。
その人は首にギプスをつけていて、おそらくそこに顎がすっぽりと隠れていた。
髪はさっきまで寝転んでいたせいなのか、寝癖がついて、頭のてっぺんの方が跳ねていた。水色の無地のシャツを着て、私たちを見つめる大きな右目が青く腫れあがっていた。
この人が「私」の恋人だった斎垣?
彼は、芹川の後に入って来た私を見ると、その腫れた目が破裂するんじゃないかと思うくらいに、大きく目を見開いた。
それから口を開けて、幽霊でも見るような目つきで私を見た。
私はその反応にはそれほど驚かなかった。それは芹川が私を見た時の反応と似通っていたからだ。死んだと思っていたはずの恋人――「私」――が蘇ったのを見ている表情。そう判断したのだ。
だが、予想外のことが起きたのは私の方だった。
彼を見た瞬間から、私の中でなにかが弾けた。
それは荒波のように防波堤を乗り越えると、一気に私の頭を覆い尽くした。
そうして一つの言葉を私に届けた。
私は、すでに届いたそのメッセージを隠そうと、二人には気付かれないように表面上は無表情を貫いていた。
そんなわけがない。何を考えているの?
だけど、否定すればするほど、その言葉は強く鮮明になっていくようだった。
「どうしたんですか?」
異変に気付いた芹川が聞いた。
「いえ……その」
どうしよう。もう、しかたがない。私は、足をどけて、そのむき出しの言葉を読んだ。
この人が犯人だ。
芹川がどこか感情を排したように言う。
「千歳とはいつから付き合っていたのか、知っていますか?」
彼女の返事が遅れた。私は改めて芹川を見た。芹川は戸惑っているようだった。
「どうしたんですか?」
私が言った。
「すみません。なんだかお姉さん、小説の中に出てくる探偵さんみたいだなって思ってしまって。本当にごめんなさい。全然他意はないんですけど」
芹川はそう言うと慌てて頭を下げた。
「……そうかもしれませんね。失礼ですよね。すみません」
私は聞きたいことが聞けずに、本当のところ不満だったが、同じように頭を下げた。
たしかに、彼女の言う通りだ。これでは会う人みんなに「私はあなたを殺人犯と考えています」と言っているようなものだ。
情報は欲しいけど、すこしやり方を考え直さないといけない。
「いえ、そんな。そんなつもりで言ったわけじゃないんです。ただ、これから会う斎垣さんと喋る時は、事件のことを思い出してしまうかもしれないので、あまりそういったことは聞かない方がいいかもしれませんよ」
「……はい」
私はゆっくりと頷いた。
「私も、千歳を殺した犯人が一刻も早く捕まってほしいと思っています」
彼女は私に同情するような眼差しを向けた。
エレベーターにのり、芹川は三階のボタンを押した。大きな鉄の箱がゆっくりと上昇し、内臓にぎゅっと圧力がかかったのを感じた。
「お姉さんの気持ちはわかりますよ。でも、今回の事件は、そんな風に千歳の関係者を疑っても余計なことを引き起こしかねないと思いますよ」
芹川が機内の手すりに手をかけながら諭すように言った。
「どうしてですか?」
私は芹川の表情を見極めながら聞いた。
「だって犯人は千歳の財産を目当てに侵入した強盗犯だからですよ。私もすごく不安ですけど、無理に心配する必要はないと思うんです。目撃情報もあるし、警察がいまもその犯人を必死に捜しています。きっとすぐに捕まえてくれると思いますよ。あ、こっちですよ」
芹川はエレベーターを降りると先だって歩いた。私は、彼女のどこか確信めいた言葉や態度に違和感を覚えたが、そのことに触れるのは控えた。
途中、扉が開いている部屋がいくつもあった。仕切りのカーテンの隙間からベッドの上に横になっているパジャマを着た人たちが見えた。
斎垣の病室は角にあった。芹川がその扉をノックした。が、反応は返ってこなかった。
「芹川です。失礼します」
彼女は構わず病室の扉を開けた。私は不審に思ったが、なにか事情があるのだろうと思って、大人しく後に続いた。
手前にトイレと洗面所、そこを抜けるとベッドが置かれた部屋があった。その脇の窓のクリーム色のカーテンは開け放たれて、室内は明るすぎるほどだった。
ベッドに人が寝ている。そう私が気付いたのと同時にその人が起き上がった。
その人は首にギプスをつけていて、おそらくそこに顎がすっぽりと隠れていた。
髪はさっきまで寝転んでいたせいなのか、寝癖がついて、頭のてっぺんの方が跳ねていた。水色の無地のシャツを着て、私たちを見つめる大きな右目が青く腫れあがっていた。
この人が「私」の恋人だった斎垣?
彼は、芹川の後に入って来た私を見ると、その腫れた目が破裂するんじゃないかと思うくらいに、大きく目を見開いた。
それから口を開けて、幽霊でも見るような目つきで私を見た。
私はその反応にはそれほど驚かなかった。それは芹川が私を見た時の反応と似通っていたからだ。死んだと思っていたはずの恋人――「私」――が蘇ったのを見ている表情。そう判断したのだ。
だが、予想外のことが起きたのは私の方だった。
彼を見た瞬間から、私の中でなにかが弾けた。
それは荒波のように防波堤を乗り越えると、一気に私の頭を覆い尽くした。
そうして一つの言葉を私に届けた。
私は、すでに届いたそのメッセージを隠そうと、二人には気付かれないように表面上は無表情を貫いていた。
そんなわけがない。何を考えているの?
だけど、否定すればするほど、その言葉は強く鮮明になっていくようだった。
「どうしたんですか?」
異変に気付いた芹川が聞いた。
「いえ……その」
どうしよう。もう、しかたがない。私は、足をどけて、そのむき出しの言葉を読んだ。
この人が犯人だ。
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