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第18話 開廷
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本来、魔王など存在し得ないはずの、霧深い森林地帯。
「団長! いました! 報告通り、魔王級です!」
「ご苦労さま」
白馬に跨がる白鎧の女騎士が、伝令をねぎらう。
隣には黒馬に騎乗する壮年の騎士。ゴードン・シルヴェリス辺境伯。
「……なるほど、探しても見つからんわけだ」
ゴードンの視線が、霧の奥へ向いた。
「ええ、魔術鎖につながれてる」
女騎士が顎で示す先で、黒く鈍い光が絡み合っている。
「どう見ても人の仕業だな」
「辺境伯が来てくれてよかったわ。この鎖、証拠を残さず消えるタイプだから」
わずかな沈黙のあと、ゴードンが鼻を鳴らす。
「ふん。あんな書簡をよこして、俺が来ることが狙いだったろうに」
「ふふ。あなたは頑固だけど、正直者だから」
「……娘ほどの歳の女に、正直呼ばわりされても、くすぐったいだけだ」
巨大な軟体の魔物が、何かを吐き出す。
粘液に包まれた何かが蠢き、飛び出してくる。
「おしゃべりしてる間はなさそうだぞ。どんどん魔物を生みやがる」
「生産型の魔王ね。討伐しちゃいましょう……全隊、距離を取れ! 矢をつがえよ!」
「俺らもやる。長槍隊、準備。白騎士に遅れをとるな!」
霧の中での魔王戦が、始まった。
◇◇◇
王宮・大審問堂。
高い天井に、低いざわめきが反響していた。
貴族席、聖職者席、王族席――すでに満席。
中央、高壇に設えられた裁判長席。
その左右には、王国法務官と聖法院の代表が並ぶ。
そして――正面。
王太子。
その隣に、王妃。
この裁判が、ただの貴族裁判ではないことを、誰の目にも明らかにしていた。
「――これより」
裁判長が、杖を鳴らす。
「王国法に基づき、宮廷裁判を開廷する」
ざわめきが、すっと引いた。
「被告、メイリーン・セレスタリア・ショカルナ。出廷を求める」
一拍。
返事は、ない。
書記官が、淡々と告げる。
「被告――未出廷」
空気が止まる。
場内が、再びざわついた。
「欠席か……」
「逃げたのでは?」
「代理人は?」
囁き声が、波のように広がる。
――欠席。
裁判長は、表情を変えない。
「確認する。被告代理人は出廷しているか」
沈黙。
法務官が、侯爵席へ視線を向けた。
ライカイ侯爵は、ゆっくりと立ち上がる。
「被告代理人の届け出は、事前には確認されておりません」
落ち着いた声。
揺らぎはない。
「よって――法に則り、本裁判は欠席のまま進行可能です」
王太子が、わずかに顎を引いた。
「法に則るなら、問題はないな」
王妃は、無言でその様子を見下ろしている。
裁判長が、再び杖を鳴らした。
「では続行する。冒頭陳述を」
侯爵は、一歩前に出る。
「被告メイリーン・ショカルナは」
一語一語、選ぶように。
「王国秩序を乱し、貴族社会の信用を損ない、数々の不正行為を重ねてきました」
書類が、机に置かれる音。
「証言者、協力貴族、証拠書類。いずれも十分に揃っております」
法務官が頷く。
傍聴席の貴族たちが、視線を交わす。
――準備が整いすぎている。
「第一証人を」
裁判長の声に応じ、証人が呼び出される。
男爵。
続いて子爵。
証言は、淀みなく進んだ。
東宮での威圧行為。
貴族権限の逸脱。
王太子が、小さく息を吐いた。
「……欠席は、やはり悪手だな」
「ここまでで、被告側からの反論はあるか」
裁判長の問いに、沈黙が落ちる。
「やはり来ないか」
「これで決まりだな」
そのとき。
「――異議あり」
澄んだ声が、堂内を切り裂いた。
中央通路を、足音が進む。
ロイヤルブルーの正装。
背筋を伸ばし、しかし周囲を一切見ない若い女。
「名を名乗れ」
「オデット・ロジポツ伯爵。被告メイリーン・ショカルナの代理人として――発言を求めます」
ざわめき。
侯爵が眉をひそめる。
(女伯爵だと……?)
「……伯爵位継承、陛下の特許状を確認しました」
書記官の声が、静寂を打つ。
(陛下の特許状……?直接、拝謁せねば発行されぬはず)
一瞬、目を見開いた裁判長が、ゆっくりと頷いた。
「代理人としての出廷を認める」
オデットが、一歩前に出る。
「それではまず」
静かな声。
「この裁判が、たしかな裁判であるかどうか。そこから確認させていただきます」
宮廷裁判は、
ここから本当に動き出す。
――被告席が、空のままで。
「団長! いました! 報告通り、魔王級です!」
「ご苦労さま」
白馬に跨がる白鎧の女騎士が、伝令をねぎらう。
隣には黒馬に騎乗する壮年の騎士。ゴードン・シルヴェリス辺境伯。
「……なるほど、探しても見つからんわけだ」
ゴードンの視線が、霧の奥へ向いた。
「ええ、魔術鎖につながれてる」
女騎士が顎で示す先で、黒く鈍い光が絡み合っている。
「どう見ても人の仕業だな」
「辺境伯が来てくれてよかったわ。この鎖、証拠を残さず消えるタイプだから」
わずかな沈黙のあと、ゴードンが鼻を鳴らす。
「ふん。あんな書簡をよこして、俺が来ることが狙いだったろうに」
「ふふ。あなたは頑固だけど、正直者だから」
「……娘ほどの歳の女に、正直呼ばわりされても、くすぐったいだけだ」
巨大な軟体の魔物が、何かを吐き出す。
粘液に包まれた何かが蠢き、飛び出してくる。
「おしゃべりしてる間はなさそうだぞ。どんどん魔物を生みやがる」
「生産型の魔王ね。討伐しちゃいましょう……全隊、距離を取れ! 矢をつがえよ!」
「俺らもやる。長槍隊、準備。白騎士に遅れをとるな!」
霧の中での魔王戦が、始まった。
◇◇◇
王宮・大審問堂。
高い天井に、低いざわめきが反響していた。
貴族席、聖職者席、王族席――すでに満席。
中央、高壇に設えられた裁判長席。
その左右には、王国法務官と聖法院の代表が並ぶ。
そして――正面。
王太子。
その隣に、王妃。
この裁判が、ただの貴族裁判ではないことを、誰の目にも明らかにしていた。
「――これより」
裁判長が、杖を鳴らす。
「王国法に基づき、宮廷裁判を開廷する」
ざわめきが、すっと引いた。
「被告、メイリーン・セレスタリア・ショカルナ。出廷を求める」
一拍。
返事は、ない。
書記官が、淡々と告げる。
「被告――未出廷」
空気が止まる。
場内が、再びざわついた。
「欠席か……」
「逃げたのでは?」
「代理人は?」
囁き声が、波のように広がる。
――欠席。
裁判長は、表情を変えない。
「確認する。被告代理人は出廷しているか」
沈黙。
法務官が、侯爵席へ視線を向けた。
ライカイ侯爵は、ゆっくりと立ち上がる。
「被告代理人の届け出は、事前には確認されておりません」
落ち着いた声。
揺らぎはない。
「よって――法に則り、本裁判は欠席のまま進行可能です」
王太子が、わずかに顎を引いた。
「法に則るなら、問題はないな」
王妃は、無言でその様子を見下ろしている。
裁判長が、再び杖を鳴らした。
「では続行する。冒頭陳述を」
侯爵は、一歩前に出る。
「被告メイリーン・ショカルナは」
一語一語、選ぶように。
「王国秩序を乱し、貴族社会の信用を損ない、数々の不正行為を重ねてきました」
書類が、机に置かれる音。
「証言者、協力貴族、証拠書類。いずれも十分に揃っております」
法務官が頷く。
傍聴席の貴族たちが、視線を交わす。
――準備が整いすぎている。
「第一証人を」
裁判長の声に応じ、証人が呼び出される。
男爵。
続いて子爵。
証言は、淀みなく進んだ。
東宮での威圧行為。
貴族権限の逸脱。
王太子が、小さく息を吐いた。
「……欠席は、やはり悪手だな」
「ここまでで、被告側からの反論はあるか」
裁判長の問いに、沈黙が落ちる。
「やはり来ないか」
「これで決まりだな」
そのとき。
「――異議あり」
澄んだ声が、堂内を切り裂いた。
中央通路を、足音が進む。
ロイヤルブルーの正装。
背筋を伸ばし、しかし周囲を一切見ない若い女。
「名を名乗れ」
「オデット・ロジポツ伯爵。被告メイリーン・ショカルナの代理人として――発言を求めます」
ざわめき。
侯爵が眉をひそめる。
(女伯爵だと……?)
「……伯爵位継承、陛下の特許状を確認しました」
書記官の声が、静寂を打つ。
(陛下の特許状……?直接、拝謁せねば発行されぬはず)
一瞬、目を見開いた裁判長が、ゆっくりと頷いた。
「代理人としての出廷を認める」
オデットが、一歩前に出る。
「それではまず」
静かな声。
「この裁判が、たしかな裁判であるかどうか。そこから確認させていただきます」
宮廷裁判は、
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――被告席が、空のままで。
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