17 / 21
第17話 順調という名の異常
しおりを挟む
王宮、政務室。
机の上に、結果報告書の束が静かに積み上がっていく。
「――以上が、裁判協力者の一覧でございます」
書記官が差し出した書面を、ライカイ侯爵は指先で軽く弾いた。
「男爵家五、子爵家三」
一つ、頷く。
「いずれも、提示条件に異論はありませんでした。すでに目標に達しています」
「……順調すぎる。これで、あの得体の知れない公爵令嬢を仕留められるのか?」
椅子に深く腰掛け、侯爵は天井を仰いだ。
「は?」
「お前たちには、あの娘が只者でないことが分からんのだろうな」
――いつからだ。
王都に、あれが現れてからか。
証拠はない。
だが、手遅れになる前に潰すべきだ。
警戒の色を露わにする侯爵の目。
戸惑う役人たち。
「順調なときほど、念を押すものだ。懸念点を探せ」
「は……いえ、余裕をもって裁判に勝てるだけの賛同者数です。予算も確保し、手配も含めて、すべて問題なく……」
「足りないものは、何だ?」
「あっ……その……」
補佐官は、わずかに声を落として続けた。
「……名門諸侯や、辺境の各武門からは、返答がございません」
「そう、それだ」
侯爵は、ゆっくりと視線を上げる。
「金で動かぬ連中。信用を持つ者たちが味方におらんことが問題だ」
一拍。
口元が、わずかに歪む。
「速やかに補強する」
姉である王妃。
甥の王太子。
王国で最も権威ある肩書は、すでにこちら側にある。
「聖女を裁判に参加させる」
室内の空気が、静かに引き締まった。
机の上。
証言の順序。
裁判の進行案。
侯爵は、それらを改めて確認しようとはしなかった。
「武門の連中が戻る前に決める。聖女の到着日を計算した上で、日程を前倒しせよ」
「はっ」
それ以上、この件が話題に上ることはなかった。
◇◇◇
南部街道沿いの小都市。
昼間から賑わう酒場の一角で、黒髪の聖女エリカは上機嫌だった。
胸元の大きく開いた聖女服に、男性客の視線が集まる。
「これカワイイっしょ」と、エリカは笑う。
若い聖騎士にもたれかかり、頬は酒で赤い。
「ねえ、その歌、もう一回やってよ」
向かいの吟遊詩人が、困ったように笑った。
「何度目だい? 喉が潰れちまうよ」
「大丈夫、大丈夫。アンタ、顔いいし、歌も上手いしさ。ほら、聖女の加護、あげる」
エリカの掲げた杯が、光の粒に包まれる。
「ほら、飲んで飲んで! アタシもまだまだ飲むから!」
周囲の客が、どっと笑い声を上げる。
「さすが、聖女様!我らにも振舞ってくださるとは」
「あははは!酒ならいくらでもあるよ!」
酒場の端で、王都からの使者が頭を抱えていた。
「聖女様……そろそろ、出立の時刻で……。宮廷裁判が……」
エリカは、ちらりと振り返る。
「えー? 今、いいところじゃない。アタシがここで抜けるとか、あり得ない!」
肩をすくめ、杯をあおる。
使者は、それ以上何も言えない。
◇◇◇
とある伯爵領の片隅。
手入れの行き届いた庭園で、ドルド・ロジポツは車椅子に腰掛けていた。
「今日は、風が気持ちいいな」
車椅子の後ろで、美しい妻が穏やかに微笑んでいる。
「本当に。ここは静かで、心が休まりますわ」
ドルドは、満足げに頷いた。
「娘たちに感謝せねばな。厄介ごと全部、引き受けてくれた」
紅茶を、一口啜る。
「命が助かった上に、こうして穏やかに暮らせる。……ろくでなしだった私に、こんな日が来るとは思わなかった」
妻は何も言わず、ただ微笑んでいた。
庭園には、今日も風が通り抜けていく。
◇◇◇
王国北方、辺境伯領。
要塞の上から、ゴードン・シルヴェリス辺境伯は荒野を睥睨していた。
「裁判への参加要請、だと?」
使者の言葉に、辺境伯は鼻を鳴らす。
「戦時中に、くだらん。魔物退治で手一杯だ」
副官が、慎重に言葉を選んだ。
「ですが……ここ一週間、魔物の出現数が、明らかに減っております」
辺境伯は、眉をひそめる。
「……計測は確かか?」
「はい。巡回兵からの報告でも。記録では、三分の一にまで」
副官は、別の書簡を差し出した。
「その件について、白騎士団長セレス様からの書状が届いておりました」
辺境伯は目を走らせ、低く唸る。
「『魔物の餌の供給を断つ活動を開始。討伐実数の報告を求む』……ほう」
視線を、遠くへ投げる。
「増える一方だったものが、減るとはな」
しばし、沈黙。
「……俺が離れても、防衛は回るか?」
副官は、即答した。
「守るだけでしたら、問題ありません」
辺境伯は頷く。
「よし。王都へ行く」
剣の柄に、手を置いた。
「どんな手を使ったのか、直接聞く」
副官は、静かに頭を下げた。
◇◇◇
王都を見下ろす丘に、馬上の影が二つあった。
オデットが息を吸い、視線を禁図書館へ向ける。
「メイ様……どうか、ご無事で」
その隣で、ジャイアナが手綱を引く。
「オデット、行き先はどこなのだ?」
「南街道よ。貢ぎ物の追加手配を済ませたら、そのまま実家へ」
ジャイアナは狐につままれたような顔をする。
「私じゃオデットの考えはよくわからないのだ。でも、ついていくのだ」
姉妹は目で微笑み合う。
馬首が翻る。
二人は静かに、だが迷いなく、王都を離れていった。
机の上に、結果報告書の束が静かに積み上がっていく。
「――以上が、裁判協力者の一覧でございます」
書記官が差し出した書面を、ライカイ侯爵は指先で軽く弾いた。
「男爵家五、子爵家三」
一つ、頷く。
「いずれも、提示条件に異論はありませんでした。すでに目標に達しています」
「……順調すぎる。これで、あの得体の知れない公爵令嬢を仕留められるのか?」
椅子に深く腰掛け、侯爵は天井を仰いだ。
「は?」
「お前たちには、あの娘が只者でないことが分からんのだろうな」
――いつからだ。
王都に、あれが現れてからか。
証拠はない。
だが、手遅れになる前に潰すべきだ。
警戒の色を露わにする侯爵の目。
戸惑う役人たち。
「順調なときほど、念を押すものだ。懸念点を探せ」
「は……いえ、余裕をもって裁判に勝てるだけの賛同者数です。予算も確保し、手配も含めて、すべて問題なく……」
「足りないものは、何だ?」
「あっ……その……」
補佐官は、わずかに声を落として続けた。
「……名門諸侯や、辺境の各武門からは、返答がございません」
「そう、それだ」
侯爵は、ゆっくりと視線を上げる。
「金で動かぬ連中。信用を持つ者たちが味方におらんことが問題だ」
一拍。
口元が、わずかに歪む。
「速やかに補強する」
姉である王妃。
甥の王太子。
王国で最も権威ある肩書は、すでにこちら側にある。
「聖女を裁判に参加させる」
室内の空気が、静かに引き締まった。
机の上。
証言の順序。
裁判の進行案。
侯爵は、それらを改めて確認しようとはしなかった。
「武門の連中が戻る前に決める。聖女の到着日を計算した上で、日程を前倒しせよ」
「はっ」
それ以上、この件が話題に上ることはなかった。
◇◇◇
南部街道沿いの小都市。
昼間から賑わう酒場の一角で、黒髪の聖女エリカは上機嫌だった。
胸元の大きく開いた聖女服に、男性客の視線が集まる。
「これカワイイっしょ」と、エリカは笑う。
若い聖騎士にもたれかかり、頬は酒で赤い。
「ねえ、その歌、もう一回やってよ」
向かいの吟遊詩人が、困ったように笑った。
「何度目だい? 喉が潰れちまうよ」
「大丈夫、大丈夫。アンタ、顔いいし、歌も上手いしさ。ほら、聖女の加護、あげる」
エリカの掲げた杯が、光の粒に包まれる。
「ほら、飲んで飲んで! アタシもまだまだ飲むから!」
周囲の客が、どっと笑い声を上げる。
「さすが、聖女様!我らにも振舞ってくださるとは」
「あははは!酒ならいくらでもあるよ!」
酒場の端で、王都からの使者が頭を抱えていた。
「聖女様……そろそろ、出立の時刻で……。宮廷裁判が……」
エリカは、ちらりと振り返る。
「えー? 今、いいところじゃない。アタシがここで抜けるとか、あり得ない!」
肩をすくめ、杯をあおる。
使者は、それ以上何も言えない。
◇◇◇
とある伯爵領の片隅。
手入れの行き届いた庭園で、ドルド・ロジポツは車椅子に腰掛けていた。
「今日は、風が気持ちいいな」
車椅子の後ろで、美しい妻が穏やかに微笑んでいる。
「本当に。ここは静かで、心が休まりますわ」
ドルドは、満足げに頷いた。
「娘たちに感謝せねばな。厄介ごと全部、引き受けてくれた」
紅茶を、一口啜る。
「命が助かった上に、こうして穏やかに暮らせる。……ろくでなしだった私に、こんな日が来るとは思わなかった」
妻は何も言わず、ただ微笑んでいた。
庭園には、今日も風が通り抜けていく。
◇◇◇
王国北方、辺境伯領。
要塞の上から、ゴードン・シルヴェリス辺境伯は荒野を睥睨していた。
「裁判への参加要請、だと?」
使者の言葉に、辺境伯は鼻を鳴らす。
「戦時中に、くだらん。魔物退治で手一杯だ」
副官が、慎重に言葉を選んだ。
「ですが……ここ一週間、魔物の出現数が、明らかに減っております」
辺境伯は、眉をひそめる。
「……計測は確かか?」
「はい。巡回兵からの報告でも。記録では、三分の一にまで」
副官は、別の書簡を差し出した。
「その件について、白騎士団長セレス様からの書状が届いておりました」
辺境伯は目を走らせ、低く唸る。
「『魔物の餌の供給を断つ活動を開始。討伐実数の報告を求む』……ほう」
視線を、遠くへ投げる。
「増える一方だったものが、減るとはな」
しばし、沈黙。
「……俺が離れても、防衛は回るか?」
副官は、即答した。
「守るだけでしたら、問題ありません」
辺境伯は頷く。
「よし。王都へ行く」
剣の柄に、手を置いた。
「どんな手を使ったのか、直接聞く」
副官は、静かに頭を下げた。
◇◇◇
王都を見下ろす丘に、馬上の影が二つあった。
オデットが息を吸い、視線を禁図書館へ向ける。
「メイ様……どうか、ご無事で」
その隣で、ジャイアナが手綱を引く。
「オデット、行き先はどこなのだ?」
「南街道よ。貢ぎ物の追加手配を済ませたら、そのまま実家へ」
ジャイアナは狐につままれたような顔をする。
「私じゃオデットの考えはよくわからないのだ。でも、ついていくのだ」
姉妹は目で微笑み合う。
馬首が翻る。
二人は静かに、だが迷いなく、王都を離れていった。
24
あなたにおすすめの小説
偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて
奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】
※ヒロインがアンハッピーエンドです。
痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。
爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。
執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。
だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。
ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。
広場を埋め尽くす、人。
ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。
この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。
そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。
わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。
国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。
今日は、二人の婚姻の日だったはず。
婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。
王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。
『ごめんなさい』
歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。
無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。
【完結】婚約破棄、その後の話を誰も知らない
あめとおと
恋愛
奇跡によって病を癒す存在――聖女。
王国は長年、その力にすべてを委ねてきた。
だがある日、
誰の目にも明らかな「失敗」が起きる。
奇跡は、止まった。
城は動揺し、事実を隠し、
責任を聖女ひとりに押しつけようとする。
民は疑い、祈りは静かに現実へと向かっていった。
一方、かつて「悪役」として追放された令嬢は、
奇跡が失われる“その日”に備え、
治癒に頼らない世界を着々と整えていた。
聖女は象徴となり、城は主導権を失う。
奇跡に縋った者たちは、
何も奪われず、ただ立場を失った。
選ばれなかった者が、世界を救っただけの話。
――これは、
聖女でも、英雄でもない
「悪役令嬢」が勝ち残る物語。
【完結】義姉上が悪役令嬢だと!?ふざけるな!姉を貶めたお前達を絶対に許さない!!
つくも茄子
ファンタジー
義姉は王家とこの国に殺された。
冤罪に末に毒杯だ。公爵令嬢である義姉上に対してこの仕打ち。笑顔の王太子夫妻が憎い。嘘の供述をした連中を許さない。我が子可愛さに隠蔽した国王。実の娘を信じなかった義父。
全ての復讐を終えたミゲルは義姉の墓前で報告をした直後に世界が歪む。目を覚ますとそこには亡くなった義姉の姿があった。過去に巻き戻った事を知ったミゲルは今度こそ義姉を守るために行動する。
巻き戻った世界は同じようで違う。その違いは吉とでるか凶とでるか……。
冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる
みおな
恋愛
聖女。
女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。
本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。
愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。
記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。
悪役令嬢と呼ばれた私に裁きを望むならご自由に。ただし、その甘露の罠に沈むのはあなたですわ。
タマ マコト
ファンタジー
王都で“悪役令嬢”と噂されるリシェル・ノワゼルは、聖女と王太子による公開断罪を宣告される。
しかし彼女は弁明も反抗もせず、ただ優雅に微笑むだけだった。
甘い言葉と沈黙の裏で、人の嘘と欲を見抜く彼女の在り方は、やがて断罪する側の秘密と矛盾を次々と浮かび上がらせていく。
裁くつもりで集った者たちは気づかぬまま、リシェルが張った“甘露の罠”へと足を踏み入れていくのだった。
(完)聖女様は頑張らない
青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。
それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。
私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!!
もう全力でこの国の為になんか働くもんか!
異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)
《完結》悪役聖女
ヴァンドール
ファンタジー
聖女になり、王妃となるため十年間も教育を受けて来たのに蓋を開ければ妹が聖女の力を持っていて私はには聖女の力が無かった。そのため祖国を追放されて隣国へと旅立ったがそこで……
地味令嬢を見下した元婚約者へ──あなたの国、今日滅びますわよ
タマ マコト
ファンタジー
王都の片隅にある古びた礼拝堂で、静かに祈りと針仕事を続ける地味な令嬢イザベラ・レーン。
灰色の瞳、色褪せたドレス、目立たない声――誰もが彼女を“無害な聖女気取り”と笑った。
だが彼女の指先は、ただ布を縫っていたのではない。祈りの糸に、前世の記憶と古代詠唱を縫い込んでいた。
ある夜、王都の大広間で開かれた舞踏会。
婚約者アルトゥールは、人々の前で冷たく告げる――「君には何の価値もない」。
嘲笑の中で、イザベラはただ微笑んでいた。
その瞳の奥で、何かが静かに目覚めたことを、誰も気づかないまま。
翌朝、追放の命が下る。
砂埃舞う道を進みながら、彼女は古びた巻物の一節を指でなぞる。
――“真実を映す者、偽りを滅ぼす”
彼女は祈る。けれど、その祈りはもう神へのものではなかった。
地味令嬢と呼ばれた女が、国そのものに裁きを下す最初の一歩を踏み出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
