妬まれ襲撃された第三皇女、魔王兜の少年に拾われる

水戸直樹

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第2話 夜に生きる少年

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 ローレイド伯爵家、別棟。

 廊下の窓は閉ざされ、埃ひとつない床だけが、規則正しく磨かれている。

 最奥の一室。

 厚い遮光カーテンに閉ざされた部屋の中で、長男リオル・ローレイドはベッドに沈んでいた。

 外はすでに昼を回っている。

 だが室内には、夜と変わらない暗さが残っていた。

 寝台の脇には、水差しと、用途不明の魔道具。
 机の上には設計図が広げられたまま、細い工具が整然と並んでいる。

 触れられた形跡は、昨夜のまま止まっていた。

 ――控えめなノックが鳴る。

「お食事をお持ちしました」

 返事はない。

 数拍おいて、扉が静かに開く。

 入ってきた使用人は、足音を立てないよう机に盆を置く。

「ひっ!」

 寝台の上で、布団がわずかに動く。

「……どうしたの?」

 短い声。

 使用人は、机の上を指差したまま、震える。

「め……目玉が……」

 薄暗い闇に、目玉がうっすらと浮いていた。

「あぁ……ごめんね……これ、作り物だから」

「え……?」

「ほら、兜につけた飾りだよ。かっこいいでしょ?」

 よく見ると、角の生えた黒い兜の額部分に、目玉。

「……ここ、動くようにしたいんだよね」

 布団の中から手が伸び、ベッド脇のテーブルを探る。
 黒い兜を引き寄せ、そのまま頭に載せた。

「……角が邪魔で寝返りうてないのが難点」

 そのまま、天井を見上げ、目を閉じる。

 しばらく、身じろぎもしなかった使用人は、一礼をした。

「……取り乱してしまい、失礼しました」

 それ以上は何も言わない。

 部屋を出る直前、カーテンの隙間から光が差し込みかける。
 使用人は手を伸ばしかけ――やめた。

 扉が閉まる。

 再び静寂が戻った。

 リオルはしばらく動かなかった。

 やがて布団の端から腕だけが伸び、カップを手繰り寄せる。

 中身は冷めかけたスープだった。

 一口。

 スープをもう一口飲む。

 思考が動く。

「器具で……いや、調理法か……」

 机の方へ視線を向ける。

「……まあ、夜でいいか」

 カップを戻すと、そのまま天井を見上げる。

 光の届かない天井には、何もない。

 寝返ろうとして、突起が枕に当たる。

 しばらく止まる。

「可変式に……作り変えかな……」

 兜を机の上に戻し、思索に耽る。

 この部屋には、客も家族も訪れない。

 呼び出しも来ない。

 それが当たり前のように続いている。

 いつの間にか、眠りに落ちていた。

 カーテンの隙間から、わずかに色が変わる。

 昼が、夕方へ移り始めていた。

◇◇◇

 紫がかった光が床に差し込む。

 その色が濃くなるにつれて、リオルの瞼がゆっくりと開いた。

 視線が天井を捉える。

 呼吸が深くなる。

 椅子から立ち上がる動きが、昼間とは別人のように滑らかだった。

 机の上の魔道灯を手に取る。

 外れた部品を戻し、刻印をなぞる。

 三秒。

 淡い光が灯る。

 リオルは小さく息を吐いた。

 窓へ歩く。

 カーテンを少しだけ開ける。

 沈みかけた空が見えた。

 その色を確かめるように眺めてから、兜を被り、外套を羽織る。

◇◇◇

 別棟の裏手。

 格子窓が音もなく外された。

 地面へ降り立つ。

 足取りは軽い。

 屋敷を振り返ることはなかった。

 森へ続く道を、そのまま歩き出す。

◇◇◇

 西方の森。

 霧が、低く流れている。

 その中を、影が走った。

 跳躍。

 着地。

 音は、ほとんどない。

 森の奥、岩壁の前でリオルは足を止めた。

「ただいま」

 低く呼ぶ。

 巨大な白い影が霧を割って現れた。

 犬型大魔獣――ヤマト。

 丸い瞳が、リオルを映す。

 鼻先が手に触れる。

「見張り、ありがとな」

 尾が大きく揺れた。

◇◇◇

 岩壁が静かに開く。

 暖かな光が溢れた。

 外とは別世界の内部。

 天井には星空のような魔導灯。

 棚では自動整理装置が工具を仕分けている。

 中央には大きな作業机。

 そして、ゴーレム8号が静かに礼をした。

「おつかれ」

 ゴーレムは外套を受け取り、整然と掛ける。

 キッチンでは大鍋が煮えていた。

 香辛料の香り。

 肉と野菜の旨味。

 リオルは皿にカレーをよそい、一口運ぶ。

 肩の力が抜けた。

「……この比率は成功だな」

 椅子に座り、スピーカーを起動する。

 柔らかな旋律が流れ始めた。

 ヤマトが足元に伏せる。

 8号がジュースを置く。

「……いい」

 目を閉じて、小さく頷いた。

◇◇◇

 食後。

 リオルは設計図を広げた。

 魔力回路を書き込む。

 手が止まらない。

 魔導計算が滑るように進む。

「……これだと、過剰設計か……」

 そのとき、赤いランプが点灯した。

 警戒結界・第三区域。

 侵入反応。

「……お客さん?」

 監視装置を起動する。

 霧の中。

 騎士団。

 追撃部隊。

 そして――

 金色の髪が、揺れていた。

 リオルは目を細める。

「……侵入者……ではないな」

 映像を拡大する。

 魔法の閃光。

 血。

 崩れる護衛。

 数秒の沈黙。

「……一方的だ」

 映像を拡大する。

 騎士が倒れていく。

「……現地確認だな」

 立ち上がる。

 目玉と角のついた兜を被る。

 黒い銃杖を手に取った。

 ヤマトが顔を上げる。

「散歩だ」

 リオルは出口へ向へ向かった。

 ヤマトが後をついていく。

 結界が、静かに解ける。

 霧の向こうで、夜が揺れていた。

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