妬まれ襲撃された第三皇女、魔王兜の少年に拾われる

水戸直樹

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第4話 拾われた皇女

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 窓の外には、まだ深い蒼が残っていた。

 夜の名残が薄い霧となり、静かに室内へ流れ込んでいる。

 魔道具の灯りが、かすかに揺れた。
 淡い金の光が、天蓋の布と石壁の縁をやわらかく染める。

 セシリアは胸の奥の痛みを押さえながら、ゆっくりと目を開いた。

(……わたし……)

 息を吸うだけで体がきしむ。
 骨の奥に、まだ戦いの熱が残っていた。

 それでも――

 視界に入った光景に、思考が止まる。

 黒い石壁に埋め込まれた魔導灯。
 壁際には精密な魔導具が整然と並び、棚のひとつが静かに動いて、道具を仕分けている。

(……ここ……どこ……?)

 皇城でも見たことのない技術だった。

 胸がざわめく。

 そのとき――

「起きたか」

 視線を向けると、黒衣の少年が椅子にもたれ、灯りを背にしていた。

 角の生えた黒い兜の目玉が、灯りを反射している。
 その奥の瞳が、夜のように冴えていた

 あの夜。
 闇の中で、ただ一人だけ輪郭を失わなかった影。

「……助けてくれたのね」

「目の届く範囲内だった」

 あれほどの殲滅を行った人物とは思えない、淡々とした声だった。

 冷たいはずなのに、不思議と胸が落ち着く。

 体を起こすと、肩に掛けられていた外套がずり落ち、白い肌がのぞく。

「わっ……!」

 慌てて、外套を胸元まで引き寄せる。

「服は洗濯中。泥と血だらけだった」

「ぬ……脱がせたの?」

 声が、わずかに裏返る。

「他に誰もいない」

 言い切る声。

 視線は、こちらへ向いていなかった。

「手当てはした。跡が残るような傷はないはず」

 見ると、肌の多くに白布が貼りつけられている。

(……こんなところにまで……でも……これ、包帯でもない)

 ほんの少しだけ息を抜く。

「……ありがとう。あなた、名前は?」

「リオル・ローレイド。この森で魔道具を作っている」

(……ローレイド……貴族?)

 聞き覚えのある名だったが、思考はまだ追いつかない。

 それよりも――

 皇女を前にしても、ひれ伏す気配がない。

「帝国の貴族らしくないわ」

「気にしたことがない」

 リオルは棚の灯りを一度だけ確認し、立ち上がった。

 猫科の獣のような、無駄のない動き。

 奥の机では、人形がカシャンと頭を下げる。
 その向こうでは、大鍋が静かに湯気を上げていた。

「飲め。体が冷えている」

 差し出されたカップから、香辛料の香りが立つ。

 ひと口。

 熱が喉を通り、胸の奥へ広がる。

 思わず目を閉じた。

 ――生き延びた。

 初めて、そう実感した味だった。

「……美味しい……こんな味、初めて」

「スープカレーだ」

「かれー……?」

「万能薬みたいなものだ」

 灯りが棚の薬草と作業机を照らす。
 奥には、湯気を上げる浴室まで見えた。

(……夢みたい……)

「計画的に狙われたようだ。しばらくここにいた方がいい」

「迷惑じゃないの?」

「問題ない」

 短い返答。

 だが、そこに拒絶はなかった。

 セシリアは、躊躇いながら問いかける。

「……私の……護衛の人たちは?」

 わずかな沈黙。

 リオルは、ゆっくり首を横に振った。

「見つけた騎士の遺体は三体。火葬した。放置すれば魔物が寄る」

 淡々とした声。

 それでも、誠実さは伝わってくる。

 唇を噛み、セシリアは俯いた。

 胸の奥が熱くなる。

 喉まで言葉が詰まりかけ――

 背筋をわずかに伸ばした。

「……ありがとう」

 小さく、そう言った。

「ああ。遺品と、野盗の証拠になりそうなものは回収してある。必要なら渡す」

 セシリアは、静かに頷く。

 言葉は続かなかった。

 遠く、東の空がわずかに白み始めていた。

 その光が、リオルの肩に触れた瞬間――

 彼の体が、ふらりと揺れる。

「……夜が終わる」

「どうしたの?」

「日の光が苦手。しばらく、寝る」

 椅子に腰を落とし、まぶたがゆっくり閉じていく。

「……あとで、ヤマトに会ってやって」

「ヤマト?」

「……お前を拾ったとき一緒にいた。白くてでかい……キノコしか食わない犬」

「……犬……?」

「お前が倒れてから、ずっと離れなかった」

 そこまで言って、リオルの声が途切れる。

 すぐに、静かな寝息に変わった。

 角の生えた黒鉄の兜を被ったまま、眠っている。

 呆然としながら、セシリアは窓の外を見る。

 光が室内に差し込む。

 リオルの呼吸は、すでに穏やかだった。

 ふと、視線が机の端に止まる。

 小さな革袋が置かれていた。

 見覚えがある。

 手を伸ばし、指先で触れる。

 ――間違いない。

 護衛たちが、交代の合間に腰へ提げていた袋だった。

 ゆっくりと紐をほどく。

 中には、割れた焼き菓子が数枚。

 粉が、袋の底に溜まっている。

 息が、止まった。

 覚えている。

 出立の朝。

 侍女に叱られながらも、厨房に立って焼いたもの。

 護衛たちへ、いつものように渡した菓子だった。

 「またですか」と苦笑しながら、誰も断らなかった。

 誰かがその場で食べ、
 誰かが「あとで」と袋に入れた。

 ――そのまま、ここまで持ってきた。

 膝の上で袋を握りしめる。

 声は出なかった。

 ただ、肩だけが静かに震えた。

 護衛たちには家がある。

 帰りを待つ者がいる。

(せめて、彼らの家族だけは……)

 やがて、袋をそっと閉じる。

 革紐を結び直し、胸元へ引き寄せた。

 それから――

 セシリアは、カップを抱えたまま動かなかった。

 湯気が消えるまで、ただそれを見ていた。


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