あざとしの副軍師オデット 〜脳筋2メートル義姉に溺愛され、婚外子から逆転成り上がる〜

水戸直樹

文字の大きさ
5 / 5

第5話 義姉妹、初めての外出

しおりを挟む
「オデット、一緒にお出かけするのだ!」

執務机に向かっていた私の耳に、唐突な宣言が飛び込んできた。
声の主は、身長二メートルを超える義姉、ジャイアナだ。

「……お姉さま、私、忙しいのだけれど。これ、今日中に目を通さないと」

机の上には、領内の収支報告、作物の出来、修繕申請書。
王都で教育を受けていたおかげで、数字も文書も苦ではない。

私を政略に利用しようと、侯爵が用意した教育だと思えば皮肉なものだけれど。

義父ロジポツ伯爵は、細かい部分は部下に任せる主義らしく、書類には流れるように署名するだけだった。
そこで私は、甘えた声で手伝いを申し出た。

「お父様~、私もお役に立ちたいです。書類に目を通すくらいならできますし……」

「おお、助かるぞ。オデットのお陰で、妻との外遊の予定を早められる」

二つ返事。
あまりにも、あっさりしている。

(ふふ……こうも簡単にいくなんて)

まずは内政を掌握する。
伯爵家で“使える存在”としての立場を固めるために。

そうして今、私は大量の書類と格闘中だ。
元の管理がずさんなだけに、手を入れるべき箇所は非常に多い。

けれど、ジャイアナの視線は、書類の山ではなく――私自身に向けられていた。

「オデット、目の下、少しクマがあるのだ」

心配そうに覗き込まれ、思わず瞬きをする。

「休む必要があるのだー」

「うーん……休めるものなら休みたいけど……」

彼女は腕を組み、何かを思い出したように頷いた。

「先生も言ってたのだ。オデットには、もう教えることがないって。私は全然、令嬢らしくできないのに……すごいのだ」

あまりにも素直な称賛に、返す言葉に困ってしまう。

「……ありがとう」

それだけで、ジャイアナは嬉しそうに笑った。

「でも、ずっと部屋にこもってるのは良くないのだ。領地は本で見るものじゃないのだ」

その言葉に、思考が一瞬止まる。

領民の様子を直接見る。
ついでに顔を売れれば、支持も得られる。

私は、ゆっくりとペンを置いた。

「……分かったわ。少しだけよ」

途端に、ジャイアナが跳ねた。
大きな体が弾み、床がわずかに揺れる。

「やったのだー!」

◇◇◇

市場は、思っていたよりも活気に満ちていた。

「ジャイアナさまだ!」
「おはようございます!」

次々と声をかけられ、彼女は一つひとつに満面の笑みで応える。

「みんな元気そうでよかったのだ!今日はパン屋さんにも行くのだ!」

(……ずいぶん慕われてるのね)

理由は、歩いているだけで分かってきた。
彼女は相手によって態度を変えない。
子どもにも、年寄りにも、商人にも。

その人気に便乗する形で、私は姉の後ろから会釈をする。

「わあ、可愛い人」
「お人形さんみたい」

好意の声に、自然と口元が緩む。

(……気持ちいいかも)

ジャイアナは誇らしげに胸を張り、私を紹介した。

「私の義妹のオデットなのだ!可愛くて賢い、とってもいい子なのだ!」

周囲が一斉に湧く。

「おーっ!」
「ジャイアナさまがそこまで言うなら間違いないだろう」

その中に、ひそひそとした声も混じった。

「愛人の子で心配していたが……」

私は気づかないふりをした。
好意と同時に、探るような視線が混じっているのも、見逃してはいない。

評判の悪い領主の、愛人の連れ子。
嫌われないだけでも御の字だと思っていたのに。

この空気は、明らかに予想以上だ。
ジャイアナの無条件な人気と、遠慮のない盛り上げ方に救われている。

今なら――。

私は、少しはにかむように微笑み、領民たちに向き直った。

「こちらに来たばかりで、ご迷惑をかけるかもしれませんが……よろしくお願いしますね」

小さく首を傾げると、歓声が返ってくる。

貴族との距離が、王都よりずっと近い。
それもきっと、「人は皆同じ」という価値観で育ったジャイアナの影響だ。

私自身も、元は平民。
嫌な気はしない――むしろ、素直に嬉しい。

ひと通り笑顔を振りまいたあと、私たちは露店の並ぶ通りへ向かった。

焼き立ての串菓子を受け取ると、甘い香りが鼻をくすぐる。

「熱いから気をつけるのだ」

忠告されたそばから、指先がじんとした。

「……ほんとに熱いわ」

「だから言ったのだ」

ジャイアナは楽しそうに笑い、自分の分を豪快にかじる。

「うん! 今日のは当たりなのだ!」

人のざわめきと、油の匂い。
屋敷で食べる菓子より、ずっと素朴なのに――なぜか、胸に染みた。

頭で理解するより先に、胸の奥がじんわり温かくなるのを感じていた。

次の露店へ向かおうとした、そのとき。

――ざわめきに紛れて、耳の奥に引っかかる低い声があった。

「……おい、今月の場所代がまだだろうが」

笑い声や呼び声に溶け込みながらも、その一言だけが、妙に鮮明に聞こえた。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

豊穣の巫女から追放されたただの村娘。しかし彼女の正体が予想外のものだったため、村は彼女が知らないうちに崩壊する。

下菊みこと
ファンタジー
豊穣の巫女に追い出された少女のお話。 豊穣の巫女に追い出された村娘、アンナ。彼女は村人達の善意で生かされていた孤児だったため、むしろお礼を言って笑顔で村を離れた。その感謝は本物だった。なにも持たない彼女は、果たしてどこに向かうのか…。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?

タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。 白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。 しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。 王妃リディアの嫉妬。 王太子レオンの盲信。 そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。 「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」 そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。 彼女はただ一言だけ残した。 「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」 誰もそれを脅しとは受け取らなかった。 だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

今さら泣きついても遅いので、どうかお静かに。

reva
恋愛
「平民のくせに」「トロくて邪魔だ」──そう言われ続けてきた王宮の雑用係。地味で目立たない私のことなんて、誰も気にかけなかった。 特に伯爵令嬢のルナは、私の幸せを邪魔することばかり考えていた。 けれど、ある夜、怪我をした青年を助けたことで、私の運命は大きく動き出す。 彼の正体は、なんとこの国の若き国王陛下! 「君は私の光だ」と、陛下は私を誰よりも大切にしてくれる。 私を虐げ、利用した貴族たちは、今、悔し涙を流している。

あっ、追放されちゃった…。

satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。 母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。 ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。 そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。 精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。

処理中です...