完結|ひそかに片想いしていた公爵がテンセイとやらで突然甘くなった上、私が12回死んでいる隠しきゃらとは初耳ですが?

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4章 それもこれも初耳ですが?

12話 主人公と悪役の話

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 婚約式は、大勢の来賓が出席した。
 舞踏の間での宣誓と署名に立ち会うのみだが、フセスラウ一の華である兄を射止めたニコとはどんな男かと、みな興味津々なのだ。

 壇上のニコ殿は、銀糸の刺繍を施した濃灰色の正装で、羨望の眼差しを浴びている。
 春と同じ濃青の礼服を着たわたしはというと、壇の隅で項垂れていた。
 昨夜の自分の言葉足らずぶりに対する後悔が、どんどんふくらむ。

(早く話の続きをしたいです……)

 あの人の姿を探す。来賓たちは式の開始を待ちがてら、大小の輪をつくって歓談していた。今日は給仕として葡萄酒や蒸留酒、軽食を運ぶ洞窟管理役も行き交う。

 それでも、黒髪の長身痩躯は相変わらずすぐ見つけられた。
 ステヴァン殿下と話し込んでいるのもある。二人とも目立つ容姿だ。

(ステヴァン殿下と友好を深めるため、わたしもご挨拶せねばなりません)

 もう橋渡しの役目は終わったと薄々感じつつ、建前のもとあの人に駆け寄る。

「閣下、」
「ユーリィ。伝えそびれていたが、蒸留酒チャチャは飲むな」

(はい?)
 あの人がわたしを振り返ると同時に、壇上のニコ殿が一歩進み出た。

「お集まりのみなさん。善き日を迎えるにあたり、お話ししたいことがあります」

 わたしは首を傾げた。彼の演説は式の段取りにはない。

「この中に、王権簒奪をもくろむ者がいるのです――エドゥアルド・ミロシュ!」

 ニコ殿がそう続けるや、和やかな空気が一変した。
 壁際に控えていた近衛騎士が、ザザザッとあの人――「公爵」を取り囲む。公爵が咄嗟にわたしから離れようとしたが、わたしはその腕にしがみついた。
 この人が王権簒奪なんてあり得ない。誤解を解くにはそばにいなければ。

 不穏なさざめきが拡がる。ニコ殿はそれを楽隊の演奏みたいに聴きながら、「公爵」を指差す。

「この男は第二王子ユーリィを誑かし、王太子を退けて次期王となるよう唆し、最終的にフセスラウの玉座を奪い取ろうと画策した」

 わたしは瞠目した。そばにいるのは逆効果か?
 夫人たちが、「確かにユーリィ殿下はどの令嬢の誘いにも乗りませんでしたが」と言い交わす。婚約者未定の余波をこんな形で受けるとは思わなかった。

「時期は違うが大筋は原作どおりだ。適度に悪役を演じて切り抜ければよい」

 当の「公爵」は、昨夜あんな別れ方をしたのに、自身よりわたしを気遣って囁く。
 彼はわたしを誑かしたのではない。フセスラウの安寧のために尽力していた。ニコ殿にとっても望ましいだろうに、なぜ言いがかりをつけるのか。

(それに、あのように歪んだ笑い方をする男だったでしょうか)

 交流はそれほど多くなかったが、一か月間注視した際も見せなかった一面だ。
 違和感を抱く間に、ニコ殿がミロシュ家の執事を壇上に呼び寄せる。

「ミロシュ家執事よ。最近、公爵はどのくらい第二王子と会っていた?」
「は、その」

 異様な雰囲気のせいか、執事が口ごもる。
 その肩にニコ殿が手を置いた。みるみる執事の頬がこけたように錯覚する。尋常でない怯え方だ。

「月に四、五回。書簡のやり取りもございました」
「なるほど。王太子より御しやすい弟王子に取り入り、実質的な支配者となろうとしたのだな」
「違います、」

 ほかでもないニコ殿を未来の王婿の座に導こうとしていた。

世界ゲームの強制力だ。反論しても仕方ない」

 歯噛みするわたしを、「公爵」が小声で宥める。
 ニコ殿が正義で、公爵は悪。どうして世界はそう定めたのか。
 雨期でもないのに、露台の向こうに黒い雲が立ち込める。

「シメオンには根回ししておいたし、」

 公爵は不自然に言葉を切った。表情に動揺が見て取れる。
 味方として名を上げたシメオンがまさに、壇上に上がったのだ。

(未来予知でも知り得なかった流れなのでしょうか?)

 ニコ殿がシメオンと親しげに肩を組む。
 ふたりは職務も異なれば年齢も十離れており、ニコ殿が新たな婚約者となるのにも難色を示していたのに、いつ意気投合したのだろう。

「宰相子息にして盟友シメオンに訊く。公爵は玉座への野心を口にしていたな?」
「ええ。『ミロシュの血筋こそ王の座に相応しい、とのたまいました』」

 ニコ殿に促され、シメオンが証言する。彼の発言は重い。
 わたしは弾かれたように「公爵」を見上げた。

「……以前の『私』が言ったかもしれない。そういう設定だった」

 「公爵」が険しい顔で溜め息を吐く。実際、祖父が双子の兄か弟かという僅差で、彼が次期王だったかもしれない。

 ついに雨が降り出した。
 婚約破棄したのに、彼の死を回避できていないのでは――? 不安が増幅する。

 そんなわたしを励ますかのごとく、「公爵」が踏み出した。

「いずれもこじつけだ。今の私は未来の王婿の座に興味はない。だから王太子殿下との婚約を破棄し、貴殿と義兄弟にもなったではないか。ユーリィ殿下とは来たる二国間協議の準備を進めていたに過ぎない。それでも気に入らないというなら、我が領地から二度と出ないと誓おう」

 汚名を濯ぐだけでなく、ニコ殿と兄の結婚を邪魔しない配慮もされている。
 その気高さと隠れた優しさは、わたしが惹かれた「公爵」そのものだ。こんな状況ながら、自分の想いを再確認する。

 一方のニコ殿は顎を反らし、壇から降りてきた。「公爵」と相対する。矛盾を指摘しても納得していない目だ。

「いや、婚約破棄するなよ。悪役のあんたが役割を果たさないから、このゲームの醍醐味が半減しただろうが」


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