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7章 これが魔法遣いたちの望みです
23話 十年分の戯曲の上演
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わたしはたちまち視線を彷徨わせた。
(次の段階に進む、ソーマからの誘い……ですよね。でも、二周目は口づけもまだですのに)
世界の守り方を突き止めて実行したのに、恋の進め方はさっぱりわからない。
「無理にとは言わないよ」
「……いえ。あなたのものになりたいです」
機を逃したくなくて、消え入りそうな声で応じる。夢想の中では色っぽく言えた台詞も、現実では羞恥が大きい。
ソーマはいそいそわたしの手を取った。
「なんて贅沢なんだろう、僕のユーリィ」
月明かりで仄明るい寝台へ導かれる。それだけで拍動が速まる。恋心が具現化するみたいに掌が薄っすら光った。
「わ、魔力が漏れてしまいました。痺れませんでしたか」
「ユーリィにびりびりされるならもっと強くても……てのはさておき」
寝台に腰掛け、向き合う姿勢でわたしを膝に乗せたソーマが、低くつぶやく。
「ニコに何回キス……口づけされた?」
「えっ?」
思ってもない尋問だ。
「ゲームの中に入れたからこそ、生身の好きな人は誰にも触られたくないよ。NTR萌えの性癖はない」
彼は、雰囲気は「孤高」よりやわらいだものの、悪魔的な美貌の持ち主なのは変わらない。紅眼が薄闇の中できりりときらめく。そこに浮かぶは――独占欲。
「それと、キスをいやな記憶のままにしたくないのもある。楽しくて気持ちいい記憶に、僕が上書きしてあげる。だから教えて」
確かに、ニコに咥内に侵入されたときは嫌悪しかなかった。でも相手がソーマだと、気恥ずかしさの奥に期待が滲み出す。
わたしさえ知らないわたしを引き出し、愛してくれるという期待――。
「二度……いえ、三度だったかと」
実際は時間遡行を見破られた日の二度が正しいが、多めに申告する。ソーマが上書きしてくれるならと欲張った。
(わたしを欲張りにしたのはソーマです)
ソーマは「わかった」と言い、わたしの頬を両手で包んだ。いったいどこまで「わかった」のか。ソーマの黒髪が帳のように降りてきて、目を閉じる。
唇を食まれる。温かくて、やわらかくて、甘い痺れが全身に拡がる。
「ふ、ぅ……ん」
ソーマの舌がうやうやしくもぐり込んできた。わたしも応えようとするも、なかなかうまく絡ませられない。
「拙くて、すみません」
「むしろ可愛いよ」
「わたしを可愛いと言うのはソーマくらいです。公爵も、わたしを何とも思っていませんでした」
「知ってたの?」
やはりそうか。兄と血を分けていても、肝心な華の部分が違う。
「でも、公爵のおじいさんも双子の弟だったから、弟の君を気に掛けてた、と思う」
公爵の記憶を持つソーマが、明らかな嘘を吐く。兄を敬っているというのもソーマの考えだろう。
「あなたは優しい」
自嘲の笑みは、二度目の口づけに呑み込まれた。
優しいだけじゃないとばかりに深く舌が絡まり、息苦しい。でも魔力が走るかのごとく背筋がぞくぞくして、やめないでほしい。
「ん、んん……ぁ、……~」
ソーマはわたしの望みを正確に読み取り、口の中の敏感なところを舐め尽くす。上顎、歯の付け根、舌先――。口の端から唾液が伝う。好物の無花果より後を引く。
「は、っ、はぁ、はあ、」
やっと解放されたときには息が上がっていた。力も入らず、くたりとソーマに寄り掛かる。ソーマはわたしを苦もなく支えた。
「ずいぶんお上手ですね?」
感心半分、嫉妬半分で言う。慣れた様子なのは八回目の経験ゆえだろう。がっかりはしないが嫉妬はする。わたしだって、ソーマが他の誰かを触るのはいやだ。
「他の人としたのは一度きりだよ。もっとも、はじめても君がよかったけど」
一方のソーマは、わたしの濡れた唇を指で拭ってくれつつ微笑む。そのさみしげな声色に、わたしは浅慮を悔いた。
ソーマだって本意でなかったのだ。ニコに与したわたしと同じく。それでもわたしを守るために、身体すら使った。
「わたしたちが創る物語では、わたしがはじめてで最後ですよ」
ソーマは「そう願う」と、三度、唇を合わせた。
二度目はわたしを気持ちよくさせようという動きだったが、今度は自分の欲に従うかのごとく翻弄してくる。
「ひ、ゃ……っ、ソ……マ、ぁ」
この時点でいやな記憶は消えていた。
しかしソーマは一瞬の息継ぎのみ挟み、四度、五度とわたしの唇を貪る。
わたしはひとつずつソーマのやり方を覚えた。今目の前にいる、可愛いところもあって、雄の顔も見え隠れするソーマへの想いが満ちて溢れる。
「あぁ、ん」
わたしがすっかりとろけた頃に体温が離れていく。つ、と透明な糸が引いた。もっと、と視線でねだると、ソーマはなぜか眉間に皺を寄せる。
「その顏はニコに見せてないよね?」
「わたしがこうなるのは、あなたの前だけですよ」
いつもと変わらぬ笑みを浮かべたつもりが、ソーマは片手で目もとを覆った。
「待って、原作超え……」
ふーっと息を吐く。かと思うと、
「『ユーリィの肌に触れたい。服を自ら脱いでみせよ』」
口調が変わった。まるで公爵のような。それも、聞き覚えのある言い回し……。
ソーマは上衣に隠して何やら書物を盗み見ている。ミロシュ家に伝わる指南書――ではない。
「わたしの戯曲!」
(次の段階に進む、ソーマからの誘い……ですよね。でも、二周目は口づけもまだですのに)
世界の守り方を突き止めて実行したのに、恋の進め方はさっぱりわからない。
「無理にとは言わないよ」
「……いえ。あなたのものになりたいです」
機を逃したくなくて、消え入りそうな声で応じる。夢想の中では色っぽく言えた台詞も、現実では羞恥が大きい。
ソーマはいそいそわたしの手を取った。
「なんて贅沢なんだろう、僕のユーリィ」
月明かりで仄明るい寝台へ導かれる。それだけで拍動が速まる。恋心が具現化するみたいに掌が薄っすら光った。
「わ、魔力が漏れてしまいました。痺れませんでしたか」
「ユーリィにびりびりされるならもっと強くても……てのはさておき」
寝台に腰掛け、向き合う姿勢でわたしを膝に乗せたソーマが、低くつぶやく。
「ニコに何回キス……口づけされた?」
「えっ?」
思ってもない尋問だ。
「ゲームの中に入れたからこそ、生身の好きな人は誰にも触られたくないよ。NTR萌えの性癖はない」
彼は、雰囲気は「孤高」よりやわらいだものの、悪魔的な美貌の持ち主なのは変わらない。紅眼が薄闇の中できりりときらめく。そこに浮かぶは――独占欲。
「それと、キスをいやな記憶のままにしたくないのもある。楽しくて気持ちいい記憶に、僕が上書きしてあげる。だから教えて」
確かに、ニコに咥内に侵入されたときは嫌悪しかなかった。でも相手がソーマだと、気恥ずかしさの奥に期待が滲み出す。
わたしさえ知らないわたしを引き出し、愛してくれるという期待――。
「二度……いえ、三度だったかと」
実際は時間遡行を見破られた日の二度が正しいが、多めに申告する。ソーマが上書きしてくれるならと欲張った。
(わたしを欲張りにしたのはソーマです)
ソーマは「わかった」と言い、わたしの頬を両手で包んだ。いったいどこまで「わかった」のか。ソーマの黒髪が帳のように降りてきて、目を閉じる。
唇を食まれる。温かくて、やわらかくて、甘い痺れが全身に拡がる。
「ふ、ぅ……ん」
ソーマの舌がうやうやしくもぐり込んできた。わたしも応えようとするも、なかなかうまく絡ませられない。
「拙くて、すみません」
「むしろ可愛いよ」
「わたしを可愛いと言うのはソーマくらいです。公爵も、わたしを何とも思っていませんでした」
「知ってたの?」
やはりそうか。兄と血を分けていても、肝心な華の部分が違う。
「でも、公爵のおじいさんも双子の弟だったから、弟の君を気に掛けてた、と思う」
公爵の記憶を持つソーマが、明らかな嘘を吐く。兄を敬っているというのもソーマの考えだろう。
「あなたは優しい」
自嘲の笑みは、二度目の口づけに呑み込まれた。
優しいだけじゃないとばかりに深く舌が絡まり、息苦しい。でも魔力が走るかのごとく背筋がぞくぞくして、やめないでほしい。
「ん、んん……ぁ、……~」
ソーマはわたしの望みを正確に読み取り、口の中の敏感なところを舐め尽くす。上顎、歯の付け根、舌先――。口の端から唾液が伝う。好物の無花果より後を引く。
「は、っ、はぁ、はあ、」
やっと解放されたときには息が上がっていた。力も入らず、くたりとソーマに寄り掛かる。ソーマはわたしを苦もなく支えた。
「ずいぶんお上手ですね?」
感心半分、嫉妬半分で言う。慣れた様子なのは八回目の経験ゆえだろう。がっかりはしないが嫉妬はする。わたしだって、ソーマが他の誰かを触るのはいやだ。
「他の人としたのは一度きりだよ。もっとも、はじめても君がよかったけど」
一方のソーマは、わたしの濡れた唇を指で拭ってくれつつ微笑む。そのさみしげな声色に、わたしは浅慮を悔いた。
ソーマだって本意でなかったのだ。ニコに与したわたしと同じく。それでもわたしを守るために、身体すら使った。
「わたしたちが創る物語では、わたしがはじめてで最後ですよ」
ソーマは「そう願う」と、三度、唇を合わせた。
二度目はわたしを気持ちよくさせようという動きだったが、今度は自分の欲に従うかのごとく翻弄してくる。
「ひ、ゃ……っ、ソ……マ、ぁ」
この時点でいやな記憶は消えていた。
しかしソーマは一瞬の息継ぎのみ挟み、四度、五度とわたしの唇を貪る。
わたしはひとつずつソーマのやり方を覚えた。今目の前にいる、可愛いところもあって、雄の顔も見え隠れするソーマへの想いが満ちて溢れる。
「あぁ、ん」
わたしがすっかりとろけた頃に体温が離れていく。つ、と透明な糸が引いた。もっと、と視線でねだると、ソーマはなぜか眉間に皺を寄せる。
「その顏はニコに見せてないよね?」
「わたしがこうなるのは、あなたの前だけですよ」
いつもと変わらぬ笑みを浮かべたつもりが、ソーマは片手で目もとを覆った。
「待って、原作超え……」
ふーっと息を吐く。かと思うと、
「『ユーリィの肌に触れたい。服を自ら脱いでみせよ』」
口調が変わった。まるで公爵のような。それも、聞き覚えのある言い回し……。
ソーマは上衣に隠して何やら書物を盗み見ている。ミロシュ家に伝わる指南書――ではない。
「わたしの戯曲!」
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