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懐かしの地へ

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「…着いた。」

東京から約16時間。 

絵津子と母、絹枝(きぬえ)はやっと目的の場所に到着した。

鹿児島県伊佐市。

そして、新しく住む家。

今日からここで新しい生活が始まるのだ。

しかし、絵津子にはそんなことよりも気になることがあった。

優太の母、香住(かすみ)のことだ。

電話の声を聞く限り、かなり参っている様子だった。

それはそうだ。

大事な1人息子がいなくなったのだから。

「(何処にいるの?優ちゃん。)」

絵津子は心配で仕方がなかった。


家の片付けを簡単に済ませ、絵津子は衣川家に向かった。

香住から家の住所は前もって聞いていた。

歩くなかで、昔とは変わった景色、変わっていない景色があった。

しかし、絵津子はその景色には目もくれず、足を進めた。

絵津子の頭の中には、優太の顔が思い浮かんでいた。


ピンポーン…。

「…はい。」

「おばさん。お久しぶりです。」

「!。…絵津子ちゃん?」

ドアが開くと、香住が出てきた。

久しぶりに見た顔は、とても疲れているように見えた。

「…久しぶり。ずいぶんと綺麗になったわね。」

「そんなことないですよ。」

「ここで話すのもなんだから。さぁ、中に入って。」

「ありがとうございます。」

絵津子は衣川家に入った。

家の中は随分と涼しい風が吹いていた。



絵津子は香住とたくさんのことを話した。

東京での生活のこと、学校生活のこと、将来のこと。

絵津子の話を聞いている香住は笑顔だった。

けど、その笑顔はやはり寂しげに見えた。

「…あの、おばさん。優ちゃんのことなんですけど…。」

「…警察からはまだなんの連絡もないわ。もちろん優太からも。そもそも、警察は事件とかじゃないとまともに捜査してくれないみたい。」

「そうですか…。」

「全く、あの子は何処ほっつき歩いてるのかしらね。」

香住はそう言って窓の外を見た。

その目は空ではなく、そこには見えない別の何かを見ているようだった。

絵津子には香住を励ます言葉が見つからなかった。

自分も同じような気持ちだったからだ。

久々に会った2人の間には、重い空気が流れていた。


その日の夜、絵津子は絹枝と一緒に夕食を食べていた。

部屋の中はまだ段ボールが積まれていた。

絵津子は中々食が進まなかった。

「…絵津子?」

「ん?」

「大丈夫?」

「うん。平気。」

絹枝には優太のことは既に伝えてあった。

「大丈夫よ!優太君なら。前みたいにひょっこりと笑顔で現れるわ。」

「…うん。」


その日の夜、絵津子はベッドで眠りについていた。

ガタッ。

引き出しが音を立てた。

「ん…。」

絵津子は物音に目を覚ました。

部屋を見渡すが何もない。

「…気のせいかな。」

ガタッ。

「えっ!?」

ガタカタッ。

「な、なに?」 

ガタカタガタカタッッ。

部屋のありとあらゆるものが音を立てて動いている。

絵津子は毛布を被った。

しばらくすると、音が止んだ。

絵津子は毛布から顔を出した。

部屋は静かだった。

「(…地震かな。)」

その日はそれ以降、揺れが起きることはなかった。
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