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男女平等症候群
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「い、痛い、、」
あまりの痛みからか掠れたような由美の声が聞こえた。僕は何て言ったらいいのか分からず、握っている由美の手により一層力を加えた。五十過ぎくらいの風格ある産婦人科医の先生は眉一つ動かさず、周りの看護師さんたちが由美に必死にエールを送る。
悶える由美の顔がより窮屈になったその瞬間、先生の両手が動き手首の血管が浮き出ているのが見えた。その瞬間、由美の呻き声とどこからか高音な泣き声が重なった。
「よく頑張ったね、お母さん!ほら、元気な男の子が産まれたよ。」
看護師さんは脳天気に言い慣れた台詞を言っていた。僕は子供が産まれた喜びより、由美の出産が無事終わったことに安心する気持ちの方が大きかった。
産まれた赤ん坊を見て、すぐに由美の顔に目を運んだ。由美は疲れ切った表情で赤ん坊のことをまじまじと見つめている。その由美の顔を眺めていたら、由美がふと僕の顔を見た。
その表情はまるで、この新たな命を2人でしっかりと守り抜いていこう、そう言っているように感じた。
あれから5年経った。圭人が産まれてすぐの時に育休を半年取り、その後はしっかりと勤めている会社に復帰した。由美は妊娠が分かるとすぐに勤めていた保育園を辞めて、しばらくは専業主婦でいようと決意していた。
まだ27歳と現代にしては家庭を持つには早いということもあって僕1人の稼ぎでは都内の1DKで家族を養うことでギリギリだった。しかし子供をもつのが夢だったこともあって、ひたすら働いて家庭にお金を入れようとがむしゃらだった。
僕も由美も出身は九州であり、高校で出会って大学に入る際に一緒に上京してきた。そのため家族どころか親戚も一人もここにいないため、圭人を育てることに誰の手も借りられなかった。
ふと時計を見ると17時半をまわっていたため、僕はデスクの荷物をまとめ始める。
「お、山本、上がるのか。」
上司の松倉さんが僕の様子にいち早く気付いて声をかけてきた。
「はい。まだ子供も幼稚園の年中で、何かと手がかかるので。」
僕は書類やノートパソコンをビジネスバッグに詰め終わり、チャックを閉めた。
「そうか。くれぐれも体には気をつけるんだよ。君がいないと家庭が困っちゃうからね。」
「そうですね。そろそろ健康に気を遣っていかないとですね。それでは、お先に失礼致します。」
このようなフランクの会話と共に上司より先に帰れるようになったのは、やはり昨今の働き方改革によるものなのか。このような中小のメーカーでもかなり不自由なく働くことができている。
僕はエレベータに乗りこみ、1階のボタンを押した。ポケットからスマホを取り出して画面を見てみると、由美からメッセージが来ていた。
[帰りにドラッグストアで鎮痛剤買ってきて]
僕は眉をひそめながら、了解、とだけ返信した。同時にエレベータの扉が開いたため、スマホはすぐにポケットにしまった。
「ただいま。どうした、体調でも悪いの?」
僕はドラッグストアで買った鎮痛剤をリビングのテーブルの上に置きながら言った。リビングと言っても、定義上そうなだけで6畳という夫婦に子供一人では物足りない広さだ。由美はソファに横たわっている。6畳に合うように選んだソファのため、足の大半ははみ出ており、その足の近くで圭人は新幹線の図鑑を見て大人しくしていた。
「そう、午後くらいからちょっと頭痛がね。まあでも寝たら治るくらいの感じだよ。」
由美が顔だけこちらを向けて返してきた。
「もし明日もそんな感じだったら僕が圭人を保育園に連れてくよ。」
普段は由美が子供を乗せるシートのついた自転車を漕いで800メートル先にある保育園まで送り迎えをしている。僕としては朝は圭人と由美に見送られ、帰ってくると二人ともいるため圭人を乗せて自転車を漕ぐ由美の姿をまだ見たことがない。
「ありがと、助かる。」
由美はようやく起き上がり、鎮痛剤のパッケージを空けてキッチンにコップを取りに行った。
「そういえば今日さ、奏くんのお父さんと会ったの。」
キッチンから由美の声が響いてくる。奏くんとは圭人の保育園の同級生で、保育園ではずっと二人で遊んでいるらしい。
「あ、そうなんだ。お父さんか。」
「そうそう。奏くんのところ共働きらしくて、たまたま今日はお父さんが迎えに来てた。」
由美は水の入ったコップを持ってキッチンから帰ってきた。カプセルの薬を口に含んで、一気に水を飲んでそれを流し込んだ。
「どうやら、奏くんのお母さんはバリバリ社会で働きたいらしいんだよね。それで男女で働く環境に差があるとか言って、土日はお父さんに奏くん任せっきりで男女差別を辞めろっていう活動してるらしいよ。」
僕はスーツを脱いで部屋着に着替えて、座布団の上に座った。
「へー、そうなんだ。男女差別、か。何の活動してるんだろう。」
「なんかねープラカードを持って街中でデモっぽいことする感じ?管理職の半分を女性にしろ、みたいなことを奏くんのお父さんにも家で言ってるらしいよ。」
管理職の半分、か。男女が平等ならば管理職の割合も平等にしろっていう主張か。
昨今、このような男女格差を均したいという女性の意見をよく耳にするようになった。
「管理職の男の割合が多いのって女性軽視なの?」
僕は疑問に思ったと同時に、それが口からこぼれ落ちていた。
「さあね。少なくとも私は管理職みたいな責任重たい仕事やりたくないけど。」
「女の人ってそういう考えの人多いよね。」
僕は再びソファで横になった由美に言葉を向けた。
「多いよ。だから私も保育士っていう仕事しなきゃいけなかったし。女も男みたいに社会に出て働かなければならないっていう風潮があるからね。」
そもそも男と女は全く違う生き物だ。人類がまだ狩猟民族だった頃、一瞬でも気を抜いたら命を落とす狩りでは、一つのことに長時間集中することに長けている男だけで行っていた。また、女はその間子供がどこか行かないように見守ったりしていた。
つまり男は一つのことに集中するのが得意で、女は周りを見渡しながら危険を回避するのが得意なのだ。その証拠に日本の将棋では、男も女も平等に勝ちを積み上げればプロになれるにも関わらず、今まで女性プロが誕生した試しは一度もない。また男は女のように周りを見渡すのがとにかく苦手で、夏になると父親が子供と釣りに出かけて自分の作業に夢中になっているうちに気付けば子供が溺れていて死んでた、という事件がよくある。不注意で子供を殺すのは大体父親だ。一人の子供すらまたもに見ることのできない父親に対して母親は子供が複数いても一人でそれぞれの動きを見ることができる。これは生物的な役割なのだ。
「もちろん例外もあるけど、女って働くのに向いてないからね。私はデスクワークとか絶対できないなら、保育の専門学校行ったもん。」
由美は頭痛が少し楽になったからか、先ほどより軽やかに喋り始めた。
「まあでも働きたい女性は働くのが向いてるのかもね。でも管理職の半分を女性にするのはどうかと思うけど。」
僕はまだ図鑑を必死に眺めている圭人をじっと見つめながらそう返した。
「でもそれって女性をすっごい軽視してるよ。女性だからって管理職が与えられるわけでしょ?女性っていう、それだけの理由で。」
由美はソファから起き上がり、背もたれに寄りかかりながら続けた。
「逆に、そのせいで能力があるのに管理職になれない男がいるわけでしょ?それって男を軽視してない?」
男女を平等に扱うことは男も女も軽視することだ、と由美は主張している。
女は家で家事、という常識が女性軽視だとの主張が出始めてから、由美のように家庭を築きそれを守り抜くことに喜びを覚えてはいけないかのような時代の流れが訪れた。
男も育児に参加せよ、という主張が出始めてから、男が無理に育児に参加しようとして子供を間違えて死なせてしまうような事件が増えてきた。
時代の濁流は、男も女も、共に不幸にしていっているのではないだろうか。そもそも男女は平等ではない。得意なこと苦手なことがはっきりしていて、それぞれ完璧ではない。だからこそ人間は動物として役割を分担していたのだ。
僕は次の日も会社で作業をしている。由美には苦手かもしれない、そんな作業をしている。壁にかかっている時計を見ると14時をまわっていた。さっき昼ご飯を食べたのにもうお腹が空いたな、コンビニで済ませちゃったから足りなかったのかな、と僕は感じた。
普段は朝早く起きて由美が弁当を作ってくれるのだが、由美の体調はまだあまり良くないらしく、弁当を作ることは出来なかった。
そんなことを考えて少しの間ぼーっとしているとポケットのスマホが振動した。マナーモードにしているため音は出ないが、確かに電話を受信しているのだろう。
誰からかな、と画面を見てみると由美の名前があった。
落ち着いて話せる非常階段の近くに急いで移動して由美の着信に応答する。
「どうしたの?」
「今病院にいるんだけど、混んでて、あと40分くらいかかりそうなの。申し訳ないけど仕事を早退して圭人の迎えに行ってくれる?今日保育園15時までなの忘れてて、、私間に合わないから代わりに行って欲しい。」
由美はかなり焦った様子であった。仕方がないな、と了承し、松倉さんのところへ急いだ。
「松倉さん、すみませんが本日息子の保育園が15時までなので、早退させて頂いてもよろしいでしょうか。」
僕は極限まで申し訳なさそうな表情と口調でそう言った。これは社会人の処世術だ。
「え?奥さんは?奥さんに行かせれば?」
松倉さんはきょとんとした表情でそう言った。子供の送り迎えは全部女性、その価値観が当然かのような表情だった。
しかし、由美が専業主婦である以上、それも当然なのかもしれない。しかし、松倉さんのこの発言は果たして女性を軽視しているから故の発言なのだろうか。
男はたとえ子供の保育園の迎えがあっても仕事をしろ、育児よりも仕事を優先しろ、女は仕事に参加させず育児をさせて男であるお前が仕事をしろ。僕にはそう言っているように聞こえた。
女性が仕事に向いていないというのは人間が動物である以上仕方がないのかもしれない。そして男性が育児に向いていないのも同様に仕方がないのかもしれない。しかし世の中の女性、特に日本に本当に女性軽視があるのだろうか。女性だろうと成り上がっている人は数多くいるし、女性が理由で就職活動に響いたり出世出来なかったりしている実感は、僕が男性だからなのかもしれないが殆どない。
しかし逆に男性はどうせ育児をしない、と軽視されているのではないか。女性が社会に参画するようになったから子育ての難易度が上がっているのではない。女性が社会に参画したにも関わらず男性が社会に拘束されていて育児に参画できなくなっているのが問題なのではないか。
僕は松倉さんのその言葉にふとそのようなことを感じたが、すぐに気を取り直した。
「ちょっと諸事情で妻は行けなくて、、明日から目一杯働くのでどうかお願い致します。」
頭を下げて言った。これも社会人としての処世術だ。もしかしたら女性にはできない、男性特有の自己主張の捨て方なのかもしれない。
あまりの痛みからか掠れたような由美の声が聞こえた。僕は何て言ったらいいのか分からず、握っている由美の手により一層力を加えた。五十過ぎくらいの風格ある産婦人科医の先生は眉一つ動かさず、周りの看護師さんたちが由美に必死にエールを送る。
悶える由美の顔がより窮屈になったその瞬間、先生の両手が動き手首の血管が浮き出ているのが見えた。その瞬間、由美の呻き声とどこからか高音な泣き声が重なった。
「よく頑張ったね、お母さん!ほら、元気な男の子が産まれたよ。」
看護師さんは脳天気に言い慣れた台詞を言っていた。僕は子供が産まれた喜びより、由美の出産が無事終わったことに安心する気持ちの方が大きかった。
産まれた赤ん坊を見て、すぐに由美の顔に目を運んだ。由美は疲れ切った表情で赤ん坊のことをまじまじと見つめている。その由美の顔を眺めていたら、由美がふと僕の顔を見た。
その表情はまるで、この新たな命を2人でしっかりと守り抜いていこう、そう言っているように感じた。
あれから5年経った。圭人が産まれてすぐの時に育休を半年取り、その後はしっかりと勤めている会社に復帰した。由美は妊娠が分かるとすぐに勤めていた保育園を辞めて、しばらくは専業主婦でいようと決意していた。
まだ27歳と現代にしては家庭を持つには早いということもあって僕1人の稼ぎでは都内の1DKで家族を養うことでギリギリだった。しかし子供をもつのが夢だったこともあって、ひたすら働いて家庭にお金を入れようとがむしゃらだった。
僕も由美も出身は九州であり、高校で出会って大学に入る際に一緒に上京してきた。そのため家族どころか親戚も一人もここにいないため、圭人を育てることに誰の手も借りられなかった。
ふと時計を見ると17時半をまわっていたため、僕はデスクの荷物をまとめ始める。
「お、山本、上がるのか。」
上司の松倉さんが僕の様子にいち早く気付いて声をかけてきた。
「はい。まだ子供も幼稚園の年中で、何かと手がかかるので。」
僕は書類やノートパソコンをビジネスバッグに詰め終わり、チャックを閉めた。
「そうか。くれぐれも体には気をつけるんだよ。君がいないと家庭が困っちゃうからね。」
「そうですね。そろそろ健康に気を遣っていかないとですね。それでは、お先に失礼致します。」
このようなフランクの会話と共に上司より先に帰れるようになったのは、やはり昨今の働き方改革によるものなのか。このような中小のメーカーでもかなり不自由なく働くことができている。
僕はエレベータに乗りこみ、1階のボタンを押した。ポケットからスマホを取り出して画面を見てみると、由美からメッセージが来ていた。
[帰りにドラッグストアで鎮痛剤買ってきて]
僕は眉をひそめながら、了解、とだけ返信した。同時にエレベータの扉が開いたため、スマホはすぐにポケットにしまった。
「ただいま。どうした、体調でも悪いの?」
僕はドラッグストアで買った鎮痛剤をリビングのテーブルの上に置きながら言った。リビングと言っても、定義上そうなだけで6畳という夫婦に子供一人では物足りない広さだ。由美はソファに横たわっている。6畳に合うように選んだソファのため、足の大半ははみ出ており、その足の近くで圭人は新幹線の図鑑を見て大人しくしていた。
「そう、午後くらいからちょっと頭痛がね。まあでも寝たら治るくらいの感じだよ。」
由美が顔だけこちらを向けて返してきた。
「もし明日もそんな感じだったら僕が圭人を保育園に連れてくよ。」
普段は由美が子供を乗せるシートのついた自転車を漕いで800メートル先にある保育園まで送り迎えをしている。僕としては朝は圭人と由美に見送られ、帰ってくると二人ともいるため圭人を乗せて自転車を漕ぐ由美の姿をまだ見たことがない。
「ありがと、助かる。」
由美はようやく起き上がり、鎮痛剤のパッケージを空けてキッチンにコップを取りに行った。
「そういえば今日さ、奏くんのお父さんと会ったの。」
キッチンから由美の声が響いてくる。奏くんとは圭人の保育園の同級生で、保育園ではずっと二人で遊んでいるらしい。
「あ、そうなんだ。お父さんか。」
「そうそう。奏くんのところ共働きらしくて、たまたま今日はお父さんが迎えに来てた。」
由美は水の入ったコップを持ってキッチンから帰ってきた。カプセルの薬を口に含んで、一気に水を飲んでそれを流し込んだ。
「どうやら、奏くんのお母さんはバリバリ社会で働きたいらしいんだよね。それで男女で働く環境に差があるとか言って、土日はお父さんに奏くん任せっきりで男女差別を辞めろっていう活動してるらしいよ。」
僕はスーツを脱いで部屋着に着替えて、座布団の上に座った。
「へー、そうなんだ。男女差別、か。何の活動してるんだろう。」
「なんかねープラカードを持って街中でデモっぽいことする感じ?管理職の半分を女性にしろ、みたいなことを奏くんのお父さんにも家で言ってるらしいよ。」
管理職の半分、か。男女が平等ならば管理職の割合も平等にしろっていう主張か。
昨今、このような男女格差を均したいという女性の意見をよく耳にするようになった。
「管理職の男の割合が多いのって女性軽視なの?」
僕は疑問に思ったと同時に、それが口からこぼれ落ちていた。
「さあね。少なくとも私は管理職みたいな責任重たい仕事やりたくないけど。」
「女の人ってそういう考えの人多いよね。」
僕は再びソファで横になった由美に言葉を向けた。
「多いよ。だから私も保育士っていう仕事しなきゃいけなかったし。女も男みたいに社会に出て働かなければならないっていう風潮があるからね。」
そもそも男と女は全く違う生き物だ。人類がまだ狩猟民族だった頃、一瞬でも気を抜いたら命を落とす狩りでは、一つのことに長時間集中することに長けている男だけで行っていた。また、女はその間子供がどこか行かないように見守ったりしていた。
つまり男は一つのことに集中するのが得意で、女は周りを見渡しながら危険を回避するのが得意なのだ。その証拠に日本の将棋では、男も女も平等に勝ちを積み上げればプロになれるにも関わらず、今まで女性プロが誕生した試しは一度もない。また男は女のように周りを見渡すのがとにかく苦手で、夏になると父親が子供と釣りに出かけて自分の作業に夢中になっているうちに気付けば子供が溺れていて死んでた、という事件がよくある。不注意で子供を殺すのは大体父親だ。一人の子供すらまたもに見ることのできない父親に対して母親は子供が複数いても一人でそれぞれの動きを見ることができる。これは生物的な役割なのだ。
「もちろん例外もあるけど、女って働くのに向いてないからね。私はデスクワークとか絶対できないなら、保育の専門学校行ったもん。」
由美は頭痛が少し楽になったからか、先ほどより軽やかに喋り始めた。
「まあでも働きたい女性は働くのが向いてるのかもね。でも管理職の半分を女性にするのはどうかと思うけど。」
僕はまだ図鑑を必死に眺めている圭人をじっと見つめながらそう返した。
「でもそれって女性をすっごい軽視してるよ。女性だからって管理職が与えられるわけでしょ?女性っていう、それだけの理由で。」
由美はソファから起き上がり、背もたれに寄りかかりながら続けた。
「逆に、そのせいで能力があるのに管理職になれない男がいるわけでしょ?それって男を軽視してない?」
男女を平等に扱うことは男も女も軽視することだ、と由美は主張している。
女は家で家事、という常識が女性軽視だとの主張が出始めてから、由美のように家庭を築きそれを守り抜くことに喜びを覚えてはいけないかのような時代の流れが訪れた。
男も育児に参加せよ、という主張が出始めてから、男が無理に育児に参加しようとして子供を間違えて死なせてしまうような事件が増えてきた。
時代の濁流は、男も女も、共に不幸にしていっているのではないだろうか。そもそも男女は平等ではない。得意なこと苦手なことがはっきりしていて、それぞれ完璧ではない。だからこそ人間は動物として役割を分担していたのだ。
僕は次の日も会社で作業をしている。由美には苦手かもしれない、そんな作業をしている。壁にかかっている時計を見ると14時をまわっていた。さっき昼ご飯を食べたのにもうお腹が空いたな、コンビニで済ませちゃったから足りなかったのかな、と僕は感じた。
普段は朝早く起きて由美が弁当を作ってくれるのだが、由美の体調はまだあまり良くないらしく、弁当を作ることは出来なかった。
そんなことを考えて少しの間ぼーっとしているとポケットのスマホが振動した。マナーモードにしているため音は出ないが、確かに電話を受信しているのだろう。
誰からかな、と画面を見てみると由美の名前があった。
落ち着いて話せる非常階段の近くに急いで移動して由美の着信に応答する。
「どうしたの?」
「今病院にいるんだけど、混んでて、あと40分くらいかかりそうなの。申し訳ないけど仕事を早退して圭人の迎えに行ってくれる?今日保育園15時までなの忘れてて、、私間に合わないから代わりに行って欲しい。」
由美はかなり焦った様子であった。仕方がないな、と了承し、松倉さんのところへ急いだ。
「松倉さん、すみませんが本日息子の保育園が15時までなので、早退させて頂いてもよろしいでしょうか。」
僕は極限まで申し訳なさそうな表情と口調でそう言った。これは社会人の処世術だ。
「え?奥さんは?奥さんに行かせれば?」
松倉さんはきょとんとした表情でそう言った。子供の送り迎えは全部女性、その価値観が当然かのような表情だった。
しかし、由美が専業主婦である以上、それも当然なのかもしれない。しかし、松倉さんのこの発言は果たして女性を軽視しているから故の発言なのだろうか。
男はたとえ子供の保育園の迎えがあっても仕事をしろ、育児よりも仕事を優先しろ、女は仕事に参加させず育児をさせて男であるお前が仕事をしろ。僕にはそう言っているように聞こえた。
女性が仕事に向いていないというのは人間が動物である以上仕方がないのかもしれない。そして男性が育児に向いていないのも同様に仕方がないのかもしれない。しかし世の中の女性、特に日本に本当に女性軽視があるのだろうか。女性だろうと成り上がっている人は数多くいるし、女性が理由で就職活動に響いたり出世出来なかったりしている実感は、僕が男性だからなのかもしれないが殆どない。
しかし逆に男性はどうせ育児をしない、と軽視されているのではないか。女性が社会に参画するようになったから子育ての難易度が上がっているのではない。女性が社会に参画したにも関わらず男性が社会に拘束されていて育児に参画できなくなっているのが問題なのではないか。
僕は松倉さんのその言葉にふとそのようなことを感じたが、すぐに気を取り直した。
「ちょっと諸事情で妻は行けなくて、、明日から目一杯働くのでどうかお願い致します。」
頭を下げて言った。これも社会人としての処世術だ。もしかしたら女性にはできない、男性特有の自己主張の捨て方なのかもしれない。
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