猫の惑星

山田みぃ太郎

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猫の惑星 2

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 そんなある日。その日、なぜか公園の一角にかごのようなものが置いてあり、その中にはビスケットのような、おいしそうな食べものが入れてあった。
 ぼくは類人猿たちに食べものを奪われて腹ペコだった。
 だからそのかご、そしてその餌が、どういう意味があるのかも深く考えず、ぼくはかごに入り、無心にそのビスケットのような食べものを、がつがつと食べ始めた。
 と、そのとき、がしゃんという音とともにかごの入り口にあったフタが閉まった。
 ぼくはすぐに振り返り、かごの内側からフタを押したが、びくともしなかった。
 どうやらぼくは、捕らえられてしまったのだ!
 しかたがないし、どうしようもないので、ぼくはその夜、そのかごの中で寝た。
 
 翌日、いかにも「公務員」という感じの服を着た、短毛の猫たちが数匹やってきて、かごの外からぼくを見ていた。
 そして彼らは猫語で一言二言話してから、ぼくの入ったかごを抱えあげると、よいしょよいしょと運び、大きな猫車の後ろの、荷台のような場所に乗せた。
 そして猫車はどこかへと走り出した。
 猫車はしばらく猫の街を走った。魚屋やネズミ屋や、いろんな店も見えた。
 だけどそれどころではない。ぼくは一体どこへ連れて行かれるのだろう? と思っていたら、ぼくの乗せられた猫車が着いたのは大きな建物のある場所だった。
 そしてぼくはかごごと猫車から降ろされ、またよいしょよいしょと運ばれ、そしてぼくは、類人猿たちのいる、おりのような場所に入れられた。
 ぼくはそこにいる類人猿たちに襲われるのではないかと、とても心配だったけれど、彼らは、「また新入りが来たか」とでも言いたげな、無関心な表情でぼくを見るだけだった。
 そして、それからぼくはそこで「飼われる」ことになった。
 一日二回、粗末な、それはもうひどい味の「餌」が出され、ぼろぼろの洗面器のような容器に水が入れられ、ぼくはそれを飲むしかなかった。
 しかも他の類人猿たちも汚い口でそれを飲むので、水はどんどん濁っていった。
 ぼくはおりのような場所に入れられたと言ったけれど、そのおりはとても大きくて、細長い形をしていて、格子のようなものでいくつかの部屋に仕切られていた。
 そして公務員猫たちは毎日一回、その格子を一部屋分ずつ動かした。
 すると新しい空き部屋が出来、そこに新しく来た類人猿たちが入れられた。
 それじゃ、毎日新しい部屋が出来るのかと思ったら、そうではなかった。
 格子が進み、部屋が移動し、最後に行き着くところはガス室だったんだ。
 ぼくがそのことを知ったのは、ぼくがガス室に入る二日前。
 ガス室に入った類人猿たちは、毒ガスで殺されるのだ。
 そして死体を公務員猫たちが運び出し、どこかへ持っていく。
 多分、焼却処分されるのだろう。
 それでぼくは、この場所がどういう所なのかを完全に理解した。
 ここは保健所なのだ!

 ぼくらは街をうろついている「野良人間」で、餌を仕掛けたおりで捕獲され、格子で仕切られたおりに入れられ、毎日格子が進み、何日か過ぎたらぼくら「野良人間」は、ここで殺処分されるのだ!

 ぼくが人間の世界にいた頃、お父さんと保健所に行ったことがある。
 そこでは捕獲された犬や猫がおりに入れられ、そのなかで格子が進み、最後にガス室で殺処分される。
 ぼくの家には殺処分寸前にお父さんが引き取って、ぼくの家で飼っている犬や猫が何匹かいる。
 だから今ぼくがいるこの場所がどういう所なのか、いやというほど分かるし、あと二日したらぼくはどうなるのか、それもいやというほど予測できる。
 ぼくはここで殺されるのだ!
 ぼくがいた人間の世界で、保健所に捕獲された野良犬や野良猫のように…

 つまりぼくら類人猿は、この猫の世界、いや、猫の惑星で、街を汚す「野良」とみなされているのだ。
 その夜、それはそれはただでさえおいしくない粗末な「人間フード」だったけれど、いよいよぼくは、それがのどを通らなくなった。
 だけど他の類人猿たちは、与えられたフードをうまそうにがつがつと食べていた。
 彼らは自分たちを待ち受ける運命を知らない。だからあんなにがつがつ食べられる。
 何も知らないって、幸せなんだな…
 そんなことを考えながら、それからぼくは窓から外を、そして空を見た。
 そしたらその空に月があった! きれいな月だ。それは三日月だった。
 それは、ぼくが人間の世界にいた頃に見ていた、あの月だ!
 ぼくはこの猫の世界、猫の惑星に来て、それが宇宙のどこにあるのか、全く見当もつかなかった。
 ぼくの家の近くの公園で、カシの木の根元にあった黒い穴に吸い込まれ、真っ暗な宇宙のような空間の中に浮き、物凄い勢いで不思議なトンネルの中を移動して…
 だからぼくはどこに着いたのか、宇宙の中のどこに着いたのか、まったく見当もつかなかったんだ。
 そして公園にいたときも食べるのに必死で、類人猿たちが襲ってこないか心配で、だから空なんか見ている心の余裕もなかった。
 だけど今、ぼくは多分あと二日で殺される。きっと殺処分されるのだ。
 そう思って覚悟を決めたとき、ぼくに空を見る心の余裕が出来た。
 そして、あの月が見えるのなら、きっとここは地球だ!
 そして、この惑星を猫が支配しているのなら、人類は滅亡して、代わりに猫が地球を支配している。
 だとすればここはきっと…、きっと…、遠い遠い未来の地球のはずだ!
 きっとそれは、猫の惑星…
 そう思ったら、何だかぼくは少し安心した。そう思う自分が不思議だった。
 自分はあさって殺される。だけど、少なくともぼくの生まれ育った地球で死ねる。
 そう思うとなぜかぼくの心は平和になり、そしてその夜、ぼくはぐっすりと眠った。
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