怖気怪談。SS集

客

　ある日Sさんが、近所の家の前を通りかかった時の出来事です。

　その家の玄関の前に、一人のお客さんが立っているのが見えました。
　そのお客さんは全身黒ずくめで、靴、カバン、ネクタイも黒で揃えているという徹底てっていぶりでした。
　
　そして玄関のドアに向かって、こう声をかけていました。
「入ってもいいですか？入りますよ？」
　その声は抑揚のない声で、どことなく不気味な感じがしたと言います。
　何だか変わったお客さんだなと、Sさんは思いました。
「入ってもいいですか？入りますよ？」
　再びあの声を耳にしたSさんは、足早にその場を去りました。

　それから何日かして、Sさんがおかしな客を見た家の前を通ると、家の前に救急車が止まっていました。
　しばらくして家の中からご主人が運び出され、救急車に乗せられていきました。
　そして救急車を見送った家族が、バタバタと家の中に戻っていきます。

　大丈夫だろうかと、Sさんがその家を見上げた時です。
　二階の窓から、こちらを見下ろす者の姿がありました。
　正確に言えば自分ではなく、救急車が行った先を見ているようです。

　その人物にSさんは見覚えがありました。
　それは「入ってもいいですか？入りますよ？」と言っていた全身黒ずくめの、あの妙な客でした。

　それを見て、Sさんは思ったそうです。
　あれが家の中に入ってしまったから、この家のご主人は救急車で運ばれることになったのではないか。
　あれは客などではなく、疫病神やくびょうがみのようなものではなかろうか…。