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目覚めたら婚約者が消えて、バラが咲き乱れた。

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 いい、かおり…。

 この香りは─。

 私は、深い眠りから目覚めざめた。

 昨夜さくやはあの人に散々さんざんあそばれ、気を失うように眠りについた。

 そう言えば、あの人はどこに?

 私のとなりで眠っていたはずの、婚約者こんやくしゃの姿が無い。

 …つめたい、ずいぶん前にベッドから出て行ったのね。
 
 でも、おかいいわ。
 私がいつまでも寝ていたら、たたき起こしに来るはずよ。

 それに…私の手首につながれていた手錠てじょうが、はずされている?

 こんな事は、はじめてだわ。

 私はベットを降りると、屋敷やしきの中を見て回った。

 居ない…ここにも、居ない。

 その時だった。

 ひらいたまどから、あの香りがした。

 にわだわ─。

※※※

 庭には、バラがみだれていた。

 私はそのバラを見て、全てを理解りかいした。
 私はもう、彼をさがすことは無い。

 あの時も、そうだったわね。

『…私、よごれちゃった。』

『そんなことない、あなたは綺麗きれいだ。』

 そんな話をした後、家庭教師かていきょうしの男は姿を消した。

 そして同じ日に、私の家の庭にバラが咲き乱れた。

『このバラが、この香りが…全てを無かったことにしてくれます。』

『本当ね、こんなに綺麗でいい香りだもの。嫌なことは、忘れちゃうわ。』

 そして、あの時も。 

『お父様が亡くなってから、好き勝手かってして。あんな人、居なくなればいいのに…!』

『そのねがい、かないますよ。』

 そんな話をした後、継母ままははは姿を消した。 

 そして同じ日に、私の家の庭にバラが咲き乱れた。

『このバラが、この香りが…全てを無かったことにしてくれます。』

『…全て、を?』

 そして、今だ。

『こんな手錠などかけられて、鍵はどこです!?』

『鍵はあの人が…それより、ここに居たらあの人に見つかってしまうわ。』

『お嬢様を、放ってはおけません!』

『あの人は、私の家を乗っ取った。人のいい顔をして近づき婚約者になって…使用人しようにん全てを追い出し、私をこうして屋敷に閉じ込めた。私は、もうげられない。』

『待っていて下さい、私があなたを助けます。そして、美しいバラを咲かせてみせます。そのバラが、その香りが…全てを無かったことにしてくれます。』

 また、あの人の言う通りになった。
 婚約者は消えて、こうしてバラが咲き乱れた。

 ワン、ワン!

「あの人が、咲かせてくれたバラよ。いたずらは、辞めなさい。」

 土を掘り返そうとする飼い犬をせいし、うでき上げた。

 その時、見慣みなれた布切ぬのきれが見えた気がしたが、私は何事なにごともなかったかのようにその場を後にした。

※※※

 彼を、むかえに行かなくては─。
 この家で庭師にわしをしていた、私の大事だいじな人。

 だって、もうこの家にあいつはいない。
 もう、私の手に手錠はないのだから。

 私は屋敷を出る時、庭に咲くバラを見た。
 そして、バラに感謝かんしゃした─。
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