魔女の呪いと竜の骨

碧衣 奈美

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09.襲撃

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「え……どうして」
 フローゼから突然言い渡された入室禁止に、アートレイドは戸惑った。
 自分の知らないうちに、何か気に障るようなことをしてしまっただろうか。
「あなた、絶対に根を詰めすぎよ。今日は一日中ここにいたし、昨夜も遅かったんでしょ。お父さんから聞いたわ」
 昨夜の夕食後も、アートレイドはずっと書庫にこもっていた。
 フローゼは、書庫の入口から明かりがもれているのが見えていたので、まだ続けているのだ、とわかっていた。
 休むように言った方がいいだろうか、と悩む。だが、妹のために早く探したいと思うアートレイドの気持ちもわかるので、何も言わずに先に寝たのだ。
 シェイナはシェイナで、ユーリオンの部屋でずっと本を読んでいた。ユーリオンも遅くまで作業をしていたのだが、ふと気付くとシェイナが本を枕にするように眠っている。
 ずっと真剣に、かなり集中して読んでいたが、さすがに旅の疲れと睡魔には勝てなかったのだろう。
 時計を見れば、すでに日付が変わった時間だった。
 自分の迂闊さに慌てながら、ユーリオンは眠るシェイナを抱えるとアートレイドの部屋へ向かう。
 疲れてもう眠っているかも、と思いながら、軽くノックをしたが返事がない。そっと扉を開けてみると、ベッドは空のまま。
 シェイナをベッドの端に横たえ、ユーリオンが書庫へ行くと、案の定アートレイドはまだ魔法書を探していた。
 シェイナの様子を見て「かなり集中するタイプだな」と思ったが、アートレイドの集中している時間も相当なものだ。
 自分も集中する方だが、兄妹そろってこの集中力と持続力はすごい、と感心しつつ、誰か止める役がいないと危ないな、とも思った。このタイプは、時間の感覚がなくなってしまうから。
 もう時間が遅いから明日にするように言い、アートレイドもその言葉に従って書庫を出たが、ユーリオンが気付かなければ徹夜になっていただろう。
「同じことを二日も三日もしていたら、絶対に身体を壊すわ。ここへ来るまでも、ずっと休まずに旅をしていたんでしょ」
 事情が事情だけに、一日のんびり骨休めをして、なんてことはなかっただろう。魔法を解くための情報を求め、魔法使いを訪ね、街から街へと移動続きだったに違いない。
 そして、ここではずっと書庫にこもり……。
「だけど、あまり長居しても迷惑になるし、早くやらないと……」
 もくじを確認するだけとは言え、書庫にある本はすぐに終わる量ではない。
「迷惑だなんて、誰も思ってないわ。それに、あなたは私を魔物から守ってくれた恩人なのよ。そんな大切な人を追い出そうなんて、これっぽっちも思わないわ」
 そこまで言ってから、フローゼは大切なことを思い出した。
「おじいちゃんやお父さんに、昨日の魔物の話をしてなかった……」
「あ、言われてみれば」
 村人の騒ぎ、魔女の呪いの話で、魔物のことなどすっかり忘れていた。
 心配させるから話したくない気もするが、もし昨日のことを取っかかりにして、魔物が村まで来るようになっても困る。
 魔法使いには、魔物のことをしっかり把握してもらっておかなければならない。
「とにかく、シェイナを早く戻してあげたい気持ちはわかるけど、それまでにアートの身体が保たなくなっちゃうわ。あなたが倒れたりしたら、シェイナが心を痛めるでしょ」
「それは……まぁ……」
 そう言われると、アートレイドも言い返せなかった。
 シェイナだってもちろん早く戻りたいだろうが、アートレイドの前ではそんなことを一言も言わない。さっさと方法を探し出してよ、なんてことは言わない。
 ずっと一緒にいて、兄が大変だということをわかっているからだ。
 それに、自分自身が動けず、全てをアートレイドにさせていることも自覚しているはず。
 そんなシェイナの前でアートレイドが倒れでもしたら、彼女もいたたまれなくなるだろう。
「今、シチューを煮込んでいるところ。もうすぐできあがるわ。夕食の時間になったら、今日の作業はきっぱりやめてね」
「わ、わかった……」
 にっこり笑っていても有無を言わせない迫力に、アートレイドはうなずくしかなかった。
 しかし、今日の作業をやめる時間は、もう少し早められることなる。
☆☆☆
 空は、ゆっくりと夕闇に染まりつつあった。昼間はほどよい暖かさだったが、太陽が沈むと少し肌寒くなる。
 デザート用のオレンジを切っておくから先に戻る、と言ってフローゼは書庫を出た。
 次にフローゼがここへ来たら、今日の作業は強制終了だ。
 残ったわずかな時間を有効活用すべく、アートレイドはスピードアップして魔法書をめくる。
 そんなアートレイドの手を、外から聞こえたフローゼの悲鳴が止めた。棚に戻しかけていた本を奥へ押し込むのもそこそこに、アートレイドは書庫を飛び出す。
「フローゼ、どうした……何だ、こいつら」
 昨日、フローゼを襲った魔物と同じ姿の魔物が、ネイロス邸の周囲を飛び回っているのだ。しかも、数は昨日の数倍。
 薄暗いのではっきりとわからないが、昨日の魔物とは羽の色が違う魔物もたくさんいる。
 さらに地上には、別の魔物も現れていた。だいたいの形は人間の姿に似ているが、木の根のような手足をしている。目も口も、うろのように暗い。
 こちらも、軽く十匹はいそうだ。
「どうした、フローゼ!」
 悲鳴を聞きつけたユーリオンが母屋から飛び出し、その後にネイロスも現れた。
「これは……どこから現れた」
 ネイロスが呆然となりながら、周囲を見回した。
 空と地上に、人間とそう変わらない大きさの魔物が三十近くもいる。森の中や魔物の巣窟周辺ならともかく、ここは人間の住む村の中。魔物を見慣れた魔法使いでも、驚く光景だろう。
 しかも、魔法使いのいる家に現れるなど、挑戦的もいいところだ。
「昨日見た奴に似てるわ」
 ユーリオンの足下にいるシェイナが、空の魔物を見る。
「昨日だって? 昨日も魔物が現れていたのか」
 初耳の話に、ユーリオンは足下と空を交互に見た。
 しかし、それどころではない。魔物達は現れた人間達を襲うべく、動き出したのだ。
「させるかっ」
 アートレイドは、すぐにフローゼの周囲を結界で囲んだ。それから、すぐに攻撃へと転じる。
 空から攻撃されると逃げにくいので、先にそちらを叩き落とすことにした。地上の敵は、幸い二人いる魔法使いに勝手に任せておく。
 シェイナの攻撃力は微妙なものだが、多少の助けにはなるはずだ。
「氷結の雨矢うし!」
 アートレイドは、魔物の上から氷の矢を降らせた。火の方がやりやすい部分もあるのだが、屋根などに落ちて火事にならないためだ。
 氷の矢は魔物達の羽を突き抜け、空から悲鳴が降る。
 だが、避けられた方が多い。昨日の魔物よりレベルは上なのか、うまく逃げられるのだ。
「ジャマするな」
 昨日の魔物と同じようなことを言う。だが、やはり昨日の魔物よりしっかりした口調だ。
 薄暗い中で見える魔物の羽は、黒にも茶色にも見える。似たような種族であっても、昨日とはレベルや何かが違う魔物なのだ。
 実際、アートレイドの攻撃を避けたのは、黒っぽい羽の魔物ばかり。羽が傷付いたのは、昨日も現れた黄ばんで汚れた白い羽の魔物だ。
 厄介なのは、黒い羽の魔物の方が多いということ。
 空の魔物達は、一斉に羽を羽ばたかせた。そこから羽が飛んだ……ように見えたが、違う。羽の形をした風の攻撃だ。
 あの羽に当たれば切れる、もしくは貫かれてしまうだろう。
 アートレイドは防御の壁を出し、羽の攻撃はその壁に当たって跳ね返った。
「くっ……」
 どうにかしのいだものの、かなりの重さが身体に伝わった。あれを身体で受ければ、短剣で差し抜かれるのと同じだ。当たり所によっては、即死。
 ネイロスやユーリオンも、予想以上に苦戦を強いられていた。根っこのような手が伸び、魔法使いを貫こうとする。
 アートレイドと同じように、彼らも壁を出してその攻撃をしのいでいた。だが、わずかでも気を抜けば、砕かれそうに強い衝撃がある。
 シェイナは身軽にその攻撃を避け、爪で魔物の顔を引っ掻いたが、ひどく固い。顔は人間に近いのに、爪が折れてしまいそうだ。
 それに、大したダメージにはなってないようなのが癪にさわる。こちらには、十分に衝撃が伝わっているのに。
 他の場所にも、この魔物達は現れているのだろうか。
 アートレイドは魔物の攻撃を防ぎながら、そんな不安を覚える。
 この村にいる魔法使いは、ここの二人。こんなふうに手こずっていては、もし別の場所に現れていても、助けに回ることなんてできない。
 だが、アートレイド一人で対処できる程、相手は弱くなかった。むしろ、魔法使い三人の力を、魔物達は完全に超えている。
「くそっ、何なんだ、お前達」
 アートレイドは、さっきより太い氷の矢を放つ。わずかに魔物にかすったものの、ダメージとはほど遠かった。
 何度攻撃を繰り返しても、空の魔物を叩き落とすことはおろか、まともなダメージ一つ与えられずにいる。
 実力者だと聞いていたネイロスでさえ、アートレイドの視界の端で苦戦しているのが見えた。
「人をもてあそぶような行為は、感心できないな」
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