11 / 19
ゆらぎ
しおりを挟む
――智。ご飯できたで。
家からウインナーの焼けるいいにおいと、おばあちゃんの大きな声が届いて、ぼくははっとした。おばさんに断って家の中に入ると、朝ご飯のにおいでいっぱいだった。
――手え洗っておいで。
茶の間では、おばあちゃんが座卓にぼくの朝ご飯を並べていた。ぼくは洗面所で手を洗い、エイコのことについて考えた。漠然と、彼女に会いたいという思いがあった。エイコにもらった髪留めは、ぼくが寝ている部屋の、誰のものかわからない服が詰まったタンスの中に隠していた。
――智はさ。
ぼくが座卓について、手を合わせると、おばあちゃんはいつにもなく穏やかな声を出した。
――智は裕太郎が好きよな?
おばあちゃんがそんなことを尋ねてくるのは初めてで、ぼくは戸惑った。
――好きだよ。
曖昧なぼくの答えだった。おばあちゃんは笑って、ぼくを抱きしめた。お仏壇に朝ご飯をお供えしてきたのか、線香くさかった。
――そうよな。そうやんな。
おばあちゃんは知っていた。ぼくだけが知らなかった。けれどおばあちゃんはエイコのことを知らなかった。エイコのことは、エイコがそこにいたことは、ぼくだけが知っていた。お互いに罪であって、しかしそれは罪でなかった。ぼくは後になっておばあちゃんを恨んだが、それは妥当ではなかった。おばあちゃんがぼくに何も隠さずにいたところで、なにも変わらなかった。ぼくもおばあちゃんも、決定権は与えられていなかった。ぼくは無知だった。おばあちゃんには悲しみがあった。ぼくに見えていた世界は全てではなかったから、ぼくはエイコを愛せていた。
お仏壇の側の棚には、写真がたくさん飾られていた。白黒のものからカラー写真まで。ぼくはその中に、山で死んだ千寿夫を探した。ハシバミ色の写真立ての中に、彼はいた。七五三のときにでも撮ったのだろう。小さい千寿夫は紋付を着て、まだ幼かったおばあちゃんは綺麗な着物を着ていた。二人の傍らには、写真でしか見たことのないぼくの曽祖父と曾祖母が立っていた。まったく当然のことだけれど、そこにエイコの姿はなかった。他の写真の中にも、どこにもなかった。ぼくはおばあちゃんの髪に、エイコにもらった髪飾りと同じものを見つけた。ぼくに見えていた世界は全てではなかった。
家からウインナーの焼けるいいにおいと、おばあちゃんの大きな声が届いて、ぼくははっとした。おばさんに断って家の中に入ると、朝ご飯のにおいでいっぱいだった。
――手え洗っておいで。
茶の間では、おばあちゃんが座卓にぼくの朝ご飯を並べていた。ぼくは洗面所で手を洗い、エイコのことについて考えた。漠然と、彼女に会いたいという思いがあった。エイコにもらった髪留めは、ぼくが寝ている部屋の、誰のものかわからない服が詰まったタンスの中に隠していた。
――智はさ。
ぼくが座卓について、手を合わせると、おばあちゃんはいつにもなく穏やかな声を出した。
――智は裕太郎が好きよな?
おばあちゃんがそんなことを尋ねてくるのは初めてで、ぼくは戸惑った。
――好きだよ。
曖昧なぼくの答えだった。おばあちゃんは笑って、ぼくを抱きしめた。お仏壇に朝ご飯をお供えしてきたのか、線香くさかった。
――そうよな。そうやんな。
おばあちゃんは知っていた。ぼくだけが知らなかった。けれどおばあちゃんはエイコのことを知らなかった。エイコのことは、エイコがそこにいたことは、ぼくだけが知っていた。お互いに罪であって、しかしそれは罪でなかった。ぼくは後になっておばあちゃんを恨んだが、それは妥当ではなかった。おばあちゃんがぼくに何も隠さずにいたところで、なにも変わらなかった。ぼくもおばあちゃんも、決定権は与えられていなかった。ぼくは無知だった。おばあちゃんには悲しみがあった。ぼくに見えていた世界は全てではなかったから、ぼくはエイコを愛せていた。
お仏壇の側の棚には、写真がたくさん飾られていた。白黒のものからカラー写真まで。ぼくはその中に、山で死んだ千寿夫を探した。ハシバミ色の写真立ての中に、彼はいた。七五三のときにでも撮ったのだろう。小さい千寿夫は紋付を着て、まだ幼かったおばあちゃんは綺麗な着物を着ていた。二人の傍らには、写真でしか見たことのないぼくの曽祖父と曾祖母が立っていた。まったく当然のことだけれど、そこにエイコの姿はなかった。他の写真の中にも、どこにもなかった。ぼくはおばあちゃんの髪に、エイコにもらった髪飾りと同じものを見つけた。ぼくに見えていた世界は全てではなかった。
0
あなたにおすすめの小説
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる