どうして俺が推しのお世話をしてるんだ? え、スキル【もふもふ】と【飯テロ】のせい? ~推しと名無しのダンジョン配信~

星屑ぽんぽん

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32話 名も無き最強

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夕姫ゆうき財閥の高級冒険者グルメ、よろしくなのよ! あっ、そこの愚民! 美味しい豚骨ラーメンはいかが?』
『美味しいです! 強いです! 高いです! でも今は無料です!』
『あちゃー巻き込まれちゃったなあ……あたし……』

『うちの執事が、味や調理方法を監修しているのよ!』
『全ての黒幕はきるる姉さまです! さすがです!』
『まさか防衛戦直前で、即席ラーメン屋の売り子をするなんてねー』

 少しでも多くの冒険者にラーメンを食べてもらいたい。
 食べさせておきたい。
 鬼気迫る彼女たちの様子にリスナーも少し気圧されている。

 こんな時にラーメン屋の看板娘を全力でしている推したちに……戸惑いはあるものの、熱意は伝わっていた。

:まっさかの防衛戦で明かされる企業案件ムーヴwwww
:きるるん夕姫ゆうき商社の案件おめ
:きるるんがスペシャルアドバイザーに就任だっけ?
:初期の頃からレビューしてたもんな
:ポーション?
:いや、紅茶だよ紅茶
:今回のラーメンも夕姫ゆうき商社の新商品ってことなん?
:ナナシちゃんが作ってたよな?
:なにはともあれ見事に高位冒険者たちへの宣伝が成功したな
:あとは……防衛戦を生き残れるかどうかだ……


『そして今回ばかりはナナシちゃん! 配信はそっちのけでいいわ! 命がかかっているもの! きる民のみんなもナナシちゃんの視界が私たちを映さなくても許してあげてね!』

:いつも命はかかってるよなw
:スタンピードを生配信で見れるだけでも御の字
:こんな機会めったにないもんなw
:俺までそわそわしてきたww
:ぎんにゅう無理すんなよー
:そらちーもいざとなったら逃げてな
:きるるんも大怪我だけはしないように

【手首きるる】と【ぎんにゅう】、そして【海斗そら】によるコラボ配信がスタンピード配信になってから、同接視聴者数はうなぎ上りになっている。
 みな、生きるか死ぬかの戦いにそれほど関心を寄せているのだ。


『きるる様。お口にラーメンのお汁がついております』

 きるるんは唐突に、ナナシちゃんに口元をハンカチでぬぐわれてしまう。

『えっ、うそ……!? あっ、んっ……くっ……わ、わざわざみんなの前でかなくたって……いいじゃない』

 決戦前なのに、恥ずかしそうにしょんぼり縮こまるきるるん。
 それを見たぎんにゅうやそらちーがクスクスと笑い合う。

:かわいいがすぎるやろ
:ごちそうさまでした

 これにはリスナーたちもニッコリだった。



 

『配信はそっちのけでいいわ! 私たちを映さなくても許してあげてね!』

 きるるんはさっきそう言ってくれたが……これは【手首きるる】と【ぎんにゅう】にとって絶好のチャンスなのではないだろうか。そもそも、うちの事務所全体のチャンスだ。
 いや、スタンピードは不幸な出来事だし、なにも大手YouTuberの【海斗そら】とのコラボウィークを飾るラストで起きなくてもいいじゃないか。予定が丸つぶれだと嘆くのが普通である。

 だが、逆にスタンピードを『イベント』として活用し、人々の注目を集めようとするやり方は……ピンチをチャンスに変える、きるるんのいつものスタイルだ。
 身体を張って推しが死地へと突貫するのなら、彼女の執事である俺がそれをやり遂げられなくて執事と言えるのだろうか?

 俺は胸ポケットに待機しているきゅーに『獣語り』で合図を送る。
【九尾の金狐ヴァッセル】本来の巨体へと戻り、神々しいまで九尾が俺の背後にご光臨されただろう。
 頼む、だが無理はしないでくれ。と、きゅーに伝えれば『くーきゅー』と可愛らしく俺の頭に大きな鼻をつけてくる。


「な、なんだ!? 巨大なモンスターが突然現れたぞ!?」
「お、おい……あいつがテイムしてるモンスターか……?」
「うそだろ……? 九尾?」
「おいおいおいおい! 俺たち生き残れるかもしれねえぞ!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」

 他の冒険者の士気が目に見えて上昇してゆく。
 次に『夢の雪国ドリームスノウ』からフェンさんを呼び出す。
 本から一陣の竜巻が巻き起こり、唐突に【神喰らいの氷狼フェンリル】が召喚される。荒々しくも雄々しい巨狼は、少しだけ不機嫌そうに唸る。

『グルゥゥゥゥ……貴様、この我を小間使いのごとく呼ぶとは何事ぞ』

『いやーフェンさん、すまない。今度、雪見もちもちを使った新メニューをごちそうするから、ちょっと俺たちを手伝ってくれないか?』

『ワフッ、ヘッヘッヘッ……異論はない』

『助かるよ。でも無理はしないでな? 俺の雪見もちもち料理を食べたいだろ?』

『アオォォォォオオオオオォォォオオオォォオオオン! 無論だとも!』


 空気が震撼しんかんするほどの遠吠えを放つフェンさん。
 周囲の冒険者はこの巨狼に度肝を抜かれてはいたけど、本能的に味方だと悟ってくれた。なぜならフェンさんの遠吠えは【群れの雄叫びバトルヴォイス】といって、遠吠えの届く範囲にいた者へステータス敏捷+1を施す優れものだ。
 つまり全員が何らかのバフをフェンさんから受けたと察知したのだ。

 もちろん今の今まで、視線はきるるんやぎんにゅう、そして海斗そらから離していない。
 推したちは本気だ。
 本気で戦い抜こうと決意している。
 ならば俺も本気で、何が何でも推したちの雄姿を配信してやる!

 この防衛戦、何が何でも彼女たちを追い続ける。
 そして徹底的に彼女推したちの活躍をおさめてやる。もちろんモンスターも全力で屠ってゆくが、何より優先されるのは彼女推したちを絶対に守ることだ。
 俺は同胞リスナーへ固く誓った。





【天空城オアシス】の周辺に影が伸びる。
 大量にうごめく影は空と砂地、その両方から迫ってきた。
 常人が目にしたら思わずうめき声を上げて顔をそむけたくなる光景だ。何せ、あの一粒一粒は馬並みのサイズを誇るモンスターであり、自分たちの命を喰い潰そうとする捕食者以外の何者でもない。

 そんな絶望の波が【巨神亀ゴッタルオアシス】を呑み込んでゆく。そしてスタンピードが鋭利な牙をむいても、冒険者たちは一糸乱れぬ連携でもって応戦を開始した。

 両者が激突すると地獄絵図が描かれてゆく。血生臭い戦いが幕を開け、激しい攻防が一進一退を繰り返す。
 そんな血みどろの戦場に似つかわしくない可憐な美少女が3人いた。
 いや、もはや彼女たちも敵の返り血を浴びて、必死に抗い続ける戦士の一員だ。

:大鷲の大群とか怖すぎるだろw
:恐竜みたいな鳥がたくさんいるな
:翼竜ってやつか
:人みたいなのに羽根の生えたやつらもいないか?
有翼の娘ハーピィだな。あいつら火を吹くらしいぜ
:ドラゴンかよ……

『クキュウウゥゥゥウゥゥウウン!』
『アオォォォォオオォォォオオン!』

:九尾とフェンリルもやべえな
:あれが敵だったらと思うとゾッとするわ
:おいおい……九尾の雷撃で一気に数百匹は黒こげになってないか?
:フェンリルの方は、ありゃ氷の嵐か?
:うわっ、えぐいな……あの辺のモンスターは一匹残らず氷漬けじゃん

:きるるんやっちまえー!
:ここじゃ血が大量に手に入るから、ガンガン血の剣を生成してるな
:まさに縦横無尽
:ぎんにゅうナイスぅぅ!
:うまく反射魔法? で敵を攪乱かくらんしてるよな
:次の攻撃へのアシストも上手い!
:きるにゅうのコンボは見てて気持ちいい

:そらちーも奮闘してるな!
:パワー型って感じだな
:さっき殴った相手の顔をぺちゃんこに潰してたぞww
:拳に水をまとってその水圧で敵を砕くのか
:さすがアスリート女子
:アスリートのレベル余裕で超えてるけどなww

:うおっ、あぶね! 
:顔面が虎の馬とかこわすぎだろww
:そらちーの蹴りで沈めたったwww
:我らが推し最強説!
:おい、次ミノタウロスきたぞ!?
:ダンジョンのボス級もいるのかよ!?

:なあ、さっきから一向に配信画面ブレなくないか?
:ああ、3人をしっかり追ってるな
:画面の端から血しぶきが上がったり、断末魔も上がってるよな?
:周りの敵もヤッてるよな確実に
:襲ってくる魔物を見ずに!?
:それでいて視点をきるるんたちに固定って……
:職人魂を感じるぞ
俺等リスナーへのリスペクトもな……
:熱い、熱すぎるぞ!?

:身の危険すらもいとわない主従愛
:絶対にお嬢様の活躍を配信してやるといった執念を、いや、信念を感じる!
:ナナシちゃんのきるるんに対する愛は本物や
:めっちゃかっこいいぞ!

 リスナーは血沸き肉躍る配信画面に興奮しているが、中にはこの悲壮な戦場を直視していられない者も続出している。

 そんな折、ついにきるるんが【有翼の娘ハーピィ】が吐いた炎の餌食になってしまう。
 真っ赤な劫火ごうかが彼女を飲み込もうとする瞬間、ここで初めて配信画面がブレる。


『————神竜の火遊び』

 ナナシちゃんの声が静かにとどろく。


:うおっ!? あっぶねええ!
:なあ、今きるるん燃やされてなかったか!?
:な、なにが起きた!?
:ナナシちゃんごと炎の中に突っ込んだ?
:なんで燃えないんだ?
:ナナシちゃんっていつも料理の時さ、自在に火を操ってね?
:炎の温度操作ができるとか?
:最強やんwww


『…………危険です……きるる様』

『こ、これぐらい大丈夫よ! た、助かったわ、ナナシちゃん!』

『………………左様で、ございますか。でも無理をしてはいけません』

 そっと画面越しでナナシちゃんがきるるんの両手を握る。


:おい、きるるんの顔……
:さすがに怖かったんだな……
:死の恐怖
:怯え切ってるのに……ああ、やっぱりな
:すぐ気丈に振舞うか
:微笑んでるし
:やっぱすげえわ


:こ、これが冒険者の日常か……
:やばいな
:冒険者は高給取りが多いって聞いたけどさ、そりゃそうだよな
:一仕事一仕事に自分の命張ってんだもんな
:そんな中へ果敢に飛び込むきるるんたちって……
:相当な覚悟だよな

:何が彼女たちをそこまでさせるんだ?
:さすがにわかれよ
:俺たち、だろ
:だよな……俺たちの期待とか、希望とか、楽しみのために……
:俺だったらこんな戦場、絶対に行きたくない
:なぁ……魔法少女VTuberってすごいんだな
:それな
:彼女たちもあんなに頑張ってるんだ
:生き残ろうともがいている
:必死に戦ってるよな

:俺、明日は、学校行ってみるよ
:なんだよ不登校かよw まあ戦ってこい。応援する

:俺もそろそろ就活始める。もうニートはやめるわ
:おう。稼いだら銭チャでもしてやろーぜ

:あぁぁぁぁあああ……明日の仕事いやだわあああ! でも頑張るわあああああ!
:おう、その意気やで

 こうして大奮闘の末、黄金領域【天空城オアシス】はスタンピードをしのぎきった。
 噂によると、それは鬼神のごとき執事さんの活躍のおかげだったとか、戦闘中に配られた謎のおにぎりに命を救われただとか、九尾とフェンリルがタッグを組んで大物を仕留めてくれたなどと眉唾まゆつばなものが流れる。


 だが、その防衛戦に参加した者は口をそろえて真顔で言う。

 あそこには確かに【最強の執事バッファー】がいたと。
 また、ある者は【神獣使いテイマー】がいたと。

 ————誰もが名無しの冒険者に感謝していた。


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