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第七話 観覧車
しおりを挟む「じゃ、じゃあ、あっちの観覧車はどうだ?」
話の方向が怪しくなってきたので、慌てて別のものに逸らした。
俺が指を向けた先にあるのは大きな観覧車。まだ日中のため夜景を見ることは叶わず客足は少ないが、それでも少々の列ができるくらいには評判がいいようだ。
……それでも少々なんだよな。ここの遊園地ジェットコースターだけ異様な人気を誇ってないか? マジでどうなってんだよ。怖いんだけど。
「……高すぎると怖くて泣き叫ぶ凱にぃの介護はしたくない――」
「お前俺のこと何だと思ってるんだよ。その評価は酷すぎるだろ」
実は内心で「まさか観覧車でも実際に泣き叫んだエピソードが?」と戦々恐々していると、花音はふっと笑って表情を緩めた。
「……冗談。観覧車に乗る?」
「お、おう」
今回は冗談だったか。焦ったわ。
一応首肯したあと、俺と花音はベンチから立ち上がって観覧車のある方へ向かっていった。
やはりジェットコースターの時とは違って、十分もせずに順番が回ってくる。
「お気をつけて、お乗りください」
係員に誘導されて、俺たちは内部に入った。
俺は適当に左側の席の奥に座る。
花音は少し遅れて、中を一瞥したあと——左側の手前の席に座り込んだ。……え?
「……なんでわざわざ隣に来たんだよ。向かい側も空いてるだろ」
横にいる花音の体温やほのかな甘い香りを感じながら尋ねる。向かいに座った方が広いスペースを確保できるだろうに……。
もう空に向かって動き出しているため今更位置を変えることはできないが、一応聞いておいた。
花音は、今度は変に誤魔化したりせず、儚げな微笑みを浮かべて、
「……隣に来たかったから」
…………。
…………。
…………。
「……そ、そうか」
いつもと違った雰囲気を身にまとう花音に気圧され、そう言うことしかできなかった。
俺は取り繕うように無理に笑い、口を開く。
「い、いや、なんつーか、あれだな! 観覧車で隣に座るって、デートみたいだな!」
「…………」
「…………」
…………。
言ってからミスったなと思ったが、もう遅い。アホな発言をした俺は花音の極寒の視線を浴びることになった……って、あれ? 花音の表情が思ってたのと違う?
てっきり「何言ってんだコイツ」的侮蔑を受けると思っていたのだが、彼女の顔は燃え上がったように赤くなっていた。それも怒りからではなく、照れから来る甘酸っぱいもの。
「あ、あの、どうした? 俺、なんか変なこと言っちゃったか?」
……いや、まあ、言ったけど。思いっきり言ったけども。
予想外の事態にテンパり、花音の顔色を伺うようにすると、彼女は首を横に振った。
「……デートにするつもりで来てたから、凱にぃに言われて驚いた、だけ……」
「うぇ!?」
やばい、変な声が出た。
「でっ、デートにするつもりだったって、どういうことだ?」
デートとか、まさかそんなリア充にしか縁がない単語を、よりにもよってこの引きニートたる俺が聞くことになるとは。
い、いや、待て、落ち着け。確か、原義ではデートって言葉は、恋人同士じゃなくても若い男女が一緒に遊ぶのであれば適用され……るんだっけ? なんかやっぱ違う気がしてきた。
デートって、普通にそういうデート以外の意味はないよな。日付けの方じゃあ流石にないだろうし。
「凱にぃ、次の小説はラブコメって言ってたから、参考になると思って」
「……あ、ああ、はいはいはいはい。なるほど、そういうことね」
いや、もちろんわかってましたよ? それ以外に可能性なんてまったくなかったしな。うん、……うん。
「従妹がヒロインのラブコメだったら、私とのデートは参考になるはず」
ドヤ顔で言う花音に、俺はうんうんと頷く。
「なるほど、だから昨日俺がラブコメにするって言った時、ちょっと嬉しそうだったんだな。ちょうど手に入ったチケットがうまく使えるから」
「……そう」
「とすると、やたらと従妹ヒロインを推してきたのは、よりこのシチュエーションを小説に生かしやすくするためか?」
「——それは違う。ただの個人的な好み」
左の掌の上に拳を握った右手を乗せ納得した仕草を見せると、食い気味に否定された。……違ったかぁ。調子乗ったなぁ……。
「って、花音。それってつまり、少なくとも次回作の話題になった時にはチケットの存在を覚えてたってことだよな? なんで、忘れてたから昨日のうちに誘わなかった、なんて嘘言ったんだ?」
「…………。言い出す機会をうまく掴めなかっただけだったけど、どうせなら凱にぃをからかって遊びたかった」
「遊ばれてたの俺!?」
【悲報】俺氏、JKの従妹に遊ばれてた……。
……なんか犯罪臭あるな、この文言。
少し落ち込みながらも、笑顔を作って花音に告げる。
「気分転換にしろ、デートの体験にしろ、何から何まで俺のこと考えてくれてたんだな。ありがとう、花音」
「……大したことじゃない」
花音は恥ずかしがって目をぷいっと横に向けるが、その口元はしっかりと満足気に緩んでいた。
いやぁ、こんないい従妹を持って、俺は幸せだなぁ。
テンションが上がって、隣の花音の頭を撫でてみた。花音は驚いたようにこっちを見たが、嫌そうな顔はせず、撫でられるがままになっている。小動物っぽくて可愛い。
…………。可愛いんだよな。本当に。
……うん。迷ってても仕方がない、か。
「なあ、花音」
「なに?」
撫でる手を止めて呼びかけると、花音は上目づかいでこちらを見つめてきた。
「お前をラノベのヒロインのモデルにしていいか?」
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