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好耐以前 昔話
違法薬師と何でも屋
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好耐以前1
母親は何番目かの愛人で、俺は幼少の頃から父親と過ごす時間がそう多くなかった。母が産んだのは俺1人だったが腹違いの兄弟は10人前後いただろうか。全員俺より年上だ。
父は母にも俺にもあまり興味が無さそうだった。だがどうやら裏社会の組織の頭らしく、俺たちには住む所も用意されていたし、金も十分に与えられていたので特に生活に不自由はしなかった。
思い出と言えば、俺の身体能力の高さを面白がった父が名のある拳法家を呼んでしばしば指導をつけてくれたこと。その時だけは父の家へと行き、ほんの少し部屋を探検し、それから格闘術を習った。
それ以外に俺は他の家族と関わる事もなく、殆どの時間を1人か母と2人で過ごした。
だがある日、もともと身体が弱かった母が、なんてことない風邪から肺炎になりそのまま体調を崩し死んでしまった。
やむを得ず俺は父の知り合いの家に引き取られたが正直居場所は無く、父自体も本妻の子供達に構っており、係わりの少なかった愛人との末子などは気に掛けてはいなかった。
なので数年後のある夜。俺は、ひっそり家を出た。
初めから居るか居ないかわからなかった様な息子。消息をたったとて問題は無いだろう。
もと居た家は香港だったが、九龍のスラム街に近い地域を選んで住み始めた。母親が以前住んでいたらしい場所。特に知人は居ないが、話を聞いていて自分に合っていそうだなと思ったからだ。
そこで喧嘩商売をし何でも屋を生業としてしばらくたった頃、東に出逢った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
元来、薬師だった。
医者を志した時期もある。ところが親しくしていた同胞が阿片中毒で死んだ折、身近な人間1人すら救えない事実に全てが馬鹿馬鹿しくなり、裏社会へ足を踏み入れた。
薬物に詳しくなるにつれて知り合いも増え、もとより薬や漢方についてそれなりの知識があった俺は、偶々とあるマフィアグループのお抱え薬師となった。
その組織の龍頭の子供の1人が、樹だった。
末の息子で父からはあんまり興味を持たれていない様子ではあったが、家族の体調にまで目を配るのが薬師としての仕事だったので、俺は樹のことも観察していた。
喜怒哀楽に乏しくいつも1人で遊んでいる。母親は身体が弱いようで長生きはしないかも知れない。
直接話をしたことはないし立場上もそう努めていたけれど、一度龍頭の家でたまたま顔を合わせた。俺が明かりの切れかけた暗い部屋でガサゴソやっていたら、廊下を通りがかった樹に、‘電球かえたら?’と言われたのだ。その時はそれだけだったが。
樹は幼さに似合わず物静かな子供だった。おそらく自分の出自や取り巻く人間模様から、すでに物事を悟っているんだろう。
だが、彼の母親が亡くなり、小規模の簡単な葬式が行われた時。
葬儀中。樹はずっと、黙って、遺体を見つめていた。表情からは何を考えているのかよくわからなかったが、その夜に雨の中独り佇む樹を見掛けた。
泣いていた。
声を上げる事も肩を震わせる事も無く───ことさら静かに。
その時気が付いた。喜怒哀楽に乏しい訳では無い。この子はただ…感情を処理するのが、ましてやそれを表に出すのが、得意ではなかったのだと。特殊な環境で忘れがちだったけれど、どんな境遇であれまだ年端もいかない子供なのだ。
それから樹は組員に引き取られたが、数年後に行方不明になった。行き先の見当はついている。程なくして俺もグループを抜けたい旨を龍頭に伝えると、あっさり了解を得た。
お抱えの薬師は別に俺だけじゃない。それに龍頭もおそらく、俺が組織を後にする理由がわかっていたんだろう。
そして時は流れ、九龍のとある路地裏。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「やるじゃん」
因縁をつけ絡んできた男達を全員地面に殴り倒したところで声を掛けられる。
「…誰?」
樹はその声の主、目の前に立つ背の高い黒縁メガネをジッと見つめた。
「通りがかりのしがない薬屋」
「薬屋?」
「そ。手ぇケガしてるみたいだからさ、ちょーっとお節介しようかと」
軽い口調と雰囲気。なんとなく悪い奴ではなさそうだ。近くに店舗を構えているらしく、しきりに寄って行けとうながしてくる。
ケガはどうでもいいのだが、甘い物でも食べたい。首を傾げて問う樹。
「お菓子ある?」
「いっぱいあるよ」
「じゃあ、行く」
樹はお菓子につられ、メガネの後をついて歩く。悪い奴なら殴り倒せばいいだけだし。
というか…よくわからないけどこのメガネ、心なしかご機嫌だ。見たことがあるような?いや、ないか?
数分後、一軒の店の前に到着した。
「【東風】?」
「うん。俺の名前、東だから」
「そうなんだ」
「そっちは?」
「樹」
扉を開け店内へ入る。入口の電灯がチカチカ光って一瞬消えた。
「電球かえたら?」
樹の言葉に東はなぜか嬉しそうに笑った。
母親は何番目かの愛人で、俺は幼少の頃から父親と過ごす時間がそう多くなかった。母が産んだのは俺1人だったが腹違いの兄弟は10人前後いただろうか。全員俺より年上だ。
父は母にも俺にもあまり興味が無さそうだった。だがどうやら裏社会の組織の頭らしく、俺たちには住む所も用意されていたし、金も十分に与えられていたので特に生活に不自由はしなかった。
思い出と言えば、俺の身体能力の高さを面白がった父が名のある拳法家を呼んでしばしば指導をつけてくれたこと。その時だけは父の家へと行き、ほんの少し部屋を探検し、それから格闘術を習った。
それ以外に俺は他の家族と関わる事もなく、殆どの時間を1人か母と2人で過ごした。
だがある日、もともと身体が弱かった母が、なんてことない風邪から肺炎になりそのまま体調を崩し死んでしまった。
やむを得ず俺は父の知り合いの家に引き取られたが正直居場所は無く、父自体も本妻の子供達に構っており、係わりの少なかった愛人との末子などは気に掛けてはいなかった。
なので数年後のある夜。俺は、ひっそり家を出た。
初めから居るか居ないかわからなかった様な息子。消息をたったとて問題は無いだろう。
もと居た家は香港だったが、九龍のスラム街に近い地域を選んで住み始めた。母親が以前住んでいたらしい場所。特に知人は居ないが、話を聞いていて自分に合っていそうだなと思ったからだ。
そこで喧嘩商売をし何でも屋を生業としてしばらくたった頃、東に出逢った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
元来、薬師だった。
医者を志した時期もある。ところが親しくしていた同胞が阿片中毒で死んだ折、身近な人間1人すら救えない事実に全てが馬鹿馬鹿しくなり、裏社会へ足を踏み入れた。
薬物に詳しくなるにつれて知り合いも増え、もとより薬や漢方についてそれなりの知識があった俺は、偶々とあるマフィアグループのお抱え薬師となった。
その組織の龍頭の子供の1人が、樹だった。
末の息子で父からはあんまり興味を持たれていない様子ではあったが、家族の体調にまで目を配るのが薬師としての仕事だったので、俺は樹のことも観察していた。
喜怒哀楽に乏しくいつも1人で遊んでいる。母親は身体が弱いようで長生きはしないかも知れない。
直接話をしたことはないし立場上もそう努めていたけれど、一度龍頭の家でたまたま顔を合わせた。俺が明かりの切れかけた暗い部屋でガサゴソやっていたら、廊下を通りがかった樹に、‘電球かえたら?’と言われたのだ。その時はそれだけだったが。
樹は幼さに似合わず物静かな子供だった。おそらく自分の出自や取り巻く人間模様から、すでに物事を悟っているんだろう。
だが、彼の母親が亡くなり、小規模の簡単な葬式が行われた時。
葬儀中。樹はずっと、黙って、遺体を見つめていた。表情からは何を考えているのかよくわからなかったが、その夜に雨の中独り佇む樹を見掛けた。
泣いていた。
声を上げる事も肩を震わせる事も無く───ことさら静かに。
その時気が付いた。喜怒哀楽に乏しい訳では無い。この子はただ…感情を処理するのが、ましてやそれを表に出すのが、得意ではなかったのだと。特殊な環境で忘れがちだったけれど、どんな境遇であれまだ年端もいかない子供なのだ。
それから樹は組員に引き取られたが、数年後に行方不明になった。行き先の見当はついている。程なくして俺もグループを抜けたい旨を龍頭に伝えると、あっさり了解を得た。
お抱えの薬師は別に俺だけじゃない。それに龍頭もおそらく、俺が組織を後にする理由がわかっていたんだろう。
そして時は流れ、九龍のとある路地裏。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「やるじゃん」
因縁をつけ絡んできた男達を全員地面に殴り倒したところで声を掛けられる。
「…誰?」
樹はその声の主、目の前に立つ背の高い黒縁メガネをジッと見つめた。
「通りがかりのしがない薬屋」
「薬屋?」
「そ。手ぇケガしてるみたいだからさ、ちょーっとお節介しようかと」
軽い口調と雰囲気。なんとなく悪い奴ではなさそうだ。近くに店舗を構えているらしく、しきりに寄って行けとうながしてくる。
ケガはどうでもいいのだが、甘い物でも食べたい。首を傾げて問う樹。
「お菓子ある?」
「いっぱいあるよ」
「じゃあ、行く」
樹はお菓子につられ、メガネの後をついて歩く。悪い奴なら殴り倒せばいいだけだし。
というか…よくわからないけどこのメガネ、心なしかご機嫌だ。見たことがあるような?いや、ないか?
数分後、一軒の店の前に到着した。
「【東風】?」
「うん。俺の名前、東だから」
「そうなんだ」
「そっちは?」
「樹」
扉を開け店内へ入る。入口の電灯がチカチカ光って一瞬消えた。
「電球かえたら?」
樹の言葉に東はなぜか嬉しそうに笑った。
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