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酒言酒語
十年と一日
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酒言酒語2
背中から薬棚に落っこちる東、2HIT。派手な音がして茶葉が辺りに散らばった。
樹に一本背負いで投げられたのだ。
ウヒャヒャと猫が破顔し、上もテーブルに突っ伏してクックッと肩を震わせる。
「いっっっ…たぁ!!何で投げたのぉ!?」
東が頭を押さえて立ち上がる。樹は首を傾げた。
「わかんない」
キョトンとした樹の表情を見た燈瑩が爆笑して咳き込む。この男、笑いのツボが浅い。
「樹、もっかい!投げろよ!」
猫が煽ると樹はズンズン東へ近付く。待って待ってと慌てる東の襟元を掴み足を払った。大外刈り、3HIT。
「痛だぃっ!!」
「投げろって」
「変わんないでしょ別に!!」
指をクルクル回す猫に、刈るも投げるも大差はないと文句を言う東。そもそもどうして投げるのか。いや、無駄な疑問だ──酔っ払いの行動にあまり意味はない。なんとなくやろうと思ったからやった、それだけである。
「ねー樹!俺も投げて!」
明らかに酔いが回っている大地が笑って駆け寄る。樹はその腕を取りブォンとベッドへ向けて放り投げた。ボスン!とマットに落下した大地がキャアキャアはしゃぐ。
大地のことはちゃんと安全な場所に投げるのか…まぁ良かったけど…東は床に転がったままそれを眺める。子供達は今度は枕投げをはじめ、中に詰まった羽毛がブワッと飛び出すのが見えた。カバー破けてる破けてる。部屋、羽根だらけ。
東は机に突っ伏す上へ声を飛ばした。
「おい上、大地なんとかしろよ…上?」
寝てる。
そうこうしている間に枕の中身は全て放出。寝室は──ポジティブに考えよう、ポジティブに──幻想的な風景になっていた。
現実から思考を逸らした東が店内を見やるとシャッターの向こうがチカチカしている。
ん?入り口の電灯消し忘れたか…シャッター開けるの面倒だなとボヤきながら腰を上げ、東は扉に近付き錠前へ手を伸ばした。瞬間────目前でパァン!!と電球が破裂、同時に顔の横を掠めた物体と聞こえた銃声。後ろを振り返る。
銃を構えた燈瑩と目が合った。
「…撃った?」
「え、消さなきゃって言うから」
東の質問に頷く燈瑩。シャッターの隙間を縫って外側の電球を撃ち抜いたのだ。
「開けるの面倒だったんでしょ」
「面倒とは言ったけどね!!」
手荒も手荒。こんなに恐ろしい親切心があるのか…。焦った東が語気を強めると、燈瑩はヘラッと笑って樹を呼ぶ。
「樹ぃ、東に怒られたぁ」
1番マズい相手への告げ口。
それを聞いて再びズンズンと近付いてくる樹。違う違う違うと首を振る東は、数秒後にまたしても宙を舞っていた。薬棚に直撃、4HIT、散らばる木っ端。猫が相変わらず悪魔じみた笑い声を上げた。
こうして夜の魔窟で宴は続く。なにかの破壊音、そして、止まない悲鳴と共に。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
正午頃。ベッドからノソノソと起き上がった樹は、入り口付近を箒で掃く東に伸びをしながら歩み寄った。
「おはよ。早いね東」
おう、と応える東の足元にはこんもりと重なったフワフワの羽毛とキラキラした硝子片、頭上には割れた電球。
樹は様々な残骸を見て首をひねる。
「何で粉々なの?」
「何ででしょうね」
東は遠い目をした。そういえば戸棚もあちこち壊れている。覚えていないが昨晩騒動があったんだろうと樹は思うも、思っただけだった。どっちみち電灯切れかかってたしなと考え────ふとフラッシュバック。
昔、幼い頃に父の家に行った際、誰かが暗がりでガサゴソやっていて。
樹が電球かえたら?と声を掛けると、その誰かは一瞬振り返った。
樹は東に視線をうつす。東はどうした?と眉を上げた。
「髪切ったんだね」
あの時はもうちょっと髪が長かった。
「え?切ったかな?」
樹の言葉に、俺いつもこの長さじゃない?あれ、そういえば最後いつ切ったっけな?などと呟いて悩みはじめる東。
確かに九龍で再会してからの東はずっとベリーショートだ。
「電球、今回は、一緒に買いに行こう」
樹が言うと東は少し目を丸くし───フッと笑って、そうしよっかと答えた。
ついでに店前の通路の掃除もしてから2人が店内へ戻ると、起き出した皆がテレビをつけたり煙草を吸ったりシャワーを借りたりと好き勝手やっていた。
大地がフラフラとトイレから出てくる。
「あったま痛ぁぃ…」
「お子ちゃまのくせに飲むからでしょ」
涙目で訴える大地の頬をつまんで東は笑い、戸棚をあさり茶葉を取りだす。
「お茶淹れてやるから待ってなさい」
「あ、俺も欲しいな。あとお腹空いたかも、食べ物ない?」
「燈瑩ねぇ…」
「眼鏡、白酒も出せよ」
「猫はどんだけザルなの!?」
ギャアギャアやっていると玄関に人影が現れ、続いて元気な挨拶が響く。
「おはようございましゅっ!」
「おはよです」
蓮と寧だ。両手には宅配のバッグ、食べ物が入っているらしい。
タイミングの良さに樹が驚きを口にした。
「え、なんで?すごくない?」
「昨日頼んどいたんだよ。昼頃に飯持って来てくれってな」
パイプをふかしつつ猫がカウンターへ向かいレジを開ける。数えもせずにガサッと札を取り出すと、足りんだろ?釣りいらねぇからと蓮に手渡した。
「猫!!それレジ金!!」
「テメェの飲み代のツケから引いといてやるよ。財布持ってきてねんだわ」
大地が猫ご馳走様とお辞儀、猫はどーいたしましてと返す。
猫ご馳走様…なのか?俺はツケを払っただけだから、飯自体は猫の奢り…なのか…?そうか…。理解はしつつも何となく腑に落ちない東、その肩を樹が叩く。
「棚とか直すの俺も手伝うから」
労うような表情で言う樹だが、自分が店を半壊させた張本人であることに微塵も気付いていない。東は ‘ありがと’ と小さく返すだけにとどめた。
今日も、何も変わらない、1日がはじまる。
背中から薬棚に落っこちる東、2HIT。派手な音がして茶葉が辺りに散らばった。
樹に一本背負いで投げられたのだ。
ウヒャヒャと猫が破顔し、上もテーブルに突っ伏してクックッと肩を震わせる。
「いっっっ…たぁ!!何で投げたのぉ!?」
東が頭を押さえて立ち上がる。樹は首を傾げた。
「わかんない」
キョトンとした樹の表情を見た燈瑩が爆笑して咳き込む。この男、笑いのツボが浅い。
「樹、もっかい!投げろよ!」
猫が煽ると樹はズンズン東へ近付く。待って待ってと慌てる東の襟元を掴み足を払った。大外刈り、3HIT。
「痛だぃっ!!」
「投げろって」
「変わんないでしょ別に!!」
指をクルクル回す猫に、刈るも投げるも大差はないと文句を言う東。そもそもどうして投げるのか。いや、無駄な疑問だ──酔っ払いの行動にあまり意味はない。なんとなくやろうと思ったからやった、それだけである。
「ねー樹!俺も投げて!」
明らかに酔いが回っている大地が笑って駆け寄る。樹はその腕を取りブォンとベッドへ向けて放り投げた。ボスン!とマットに落下した大地がキャアキャアはしゃぐ。
大地のことはちゃんと安全な場所に投げるのか…まぁ良かったけど…東は床に転がったままそれを眺める。子供達は今度は枕投げをはじめ、中に詰まった羽毛がブワッと飛び出すのが見えた。カバー破けてる破けてる。部屋、羽根だらけ。
東は机に突っ伏す上へ声を飛ばした。
「おい上、大地なんとかしろよ…上?」
寝てる。
そうこうしている間に枕の中身は全て放出。寝室は──ポジティブに考えよう、ポジティブに──幻想的な風景になっていた。
現実から思考を逸らした東が店内を見やるとシャッターの向こうがチカチカしている。
ん?入り口の電灯消し忘れたか…シャッター開けるの面倒だなとボヤきながら腰を上げ、東は扉に近付き錠前へ手を伸ばした。瞬間────目前でパァン!!と電球が破裂、同時に顔の横を掠めた物体と聞こえた銃声。後ろを振り返る。
銃を構えた燈瑩と目が合った。
「…撃った?」
「え、消さなきゃって言うから」
東の質問に頷く燈瑩。シャッターの隙間を縫って外側の電球を撃ち抜いたのだ。
「開けるの面倒だったんでしょ」
「面倒とは言ったけどね!!」
手荒も手荒。こんなに恐ろしい親切心があるのか…。焦った東が語気を強めると、燈瑩はヘラッと笑って樹を呼ぶ。
「樹ぃ、東に怒られたぁ」
1番マズい相手への告げ口。
それを聞いて再びズンズンと近付いてくる樹。違う違う違うと首を振る東は、数秒後にまたしても宙を舞っていた。薬棚に直撃、4HIT、散らばる木っ端。猫が相変わらず悪魔じみた笑い声を上げた。
こうして夜の魔窟で宴は続く。なにかの破壊音、そして、止まない悲鳴と共に。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
正午頃。ベッドからノソノソと起き上がった樹は、入り口付近を箒で掃く東に伸びをしながら歩み寄った。
「おはよ。早いね東」
おう、と応える東の足元にはこんもりと重なったフワフワの羽毛とキラキラした硝子片、頭上には割れた電球。
樹は様々な残骸を見て首をひねる。
「何で粉々なの?」
「何ででしょうね」
東は遠い目をした。そういえば戸棚もあちこち壊れている。覚えていないが昨晩騒動があったんだろうと樹は思うも、思っただけだった。どっちみち電灯切れかかってたしなと考え────ふとフラッシュバック。
昔、幼い頃に父の家に行った際、誰かが暗がりでガサゴソやっていて。
樹が電球かえたら?と声を掛けると、その誰かは一瞬振り返った。
樹は東に視線をうつす。東はどうした?と眉を上げた。
「髪切ったんだね」
あの時はもうちょっと髪が長かった。
「え?切ったかな?」
樹の言葉に、俺いつもこの長さじゃない?あれ、そういえば最後いつ切ったっけな?などと呟いて悩みはじめる東。
確かに九龍で再会してからの東はずっとベリーショートだ。
「電球、今回は、一緒に買いに行こう」
樹が言うと東は少し目を丸くし───フッと笑って、そうしよっかと答えた。
ついでに店前の通路の掃除もしてから2人が店内へ戻ると、起き出した皆がテレビをつけたり煙草を吸ったりシャワーを借りたりと好き勝手やっていた。
大地がフラフラとトイレから出てくる。
「あったま痛ぁぃ…」
「お子ちゃまのくせに飲むからでしょ」
涙目で訴える大地の頬をつまんで東は笑い、戸棚をあさり茶葉を取りだす。
「お茶淹れてやるから待ってなさい」
「あ、俺も欲しいな。あとお腹空いたかも、食べ物ない?」
「燈瑩ねぇ…」
「眼鏡、白酒も出せよ」
「猫はどんだけザルなの!?」
ギャアギャアやっていると玄関に人影が現れ、続いて元気な挨拶が響く。
「おはようございましゅっ!」
「おはよです」
蓮と寧だ。両手には宅配のバッグ、食べ物が入っているらしい。
タイミングの良さに樹が驚きを口にした。
「え、なんで?すごくない?」
「昨日頼んどいたんだよ。昼頃に飯持って来てくれってな」
パイプをふかしつつ猫がカウンターへ向かいレジを開ける。数えもせずにガサッと札を取り出すと、足りんだろ?釣りいらねぇからと蓮に手渡した。
「猫!!それレジ金!!」
「テメェの飲み代のツケから引いといてやるよ。財布持ってきてねんだわ」
大地が猫ご馳走様とお辞儀、猫はどーいたしましてと返す。
猫ご馳走様…なのか?俺はツケを払っただけだから、飯自体は猫の奢り…なのか…?そうか…。理解はしつつも何となく腑に落ちない東、その肩を樹が叩く。
「棚とか直すの俺も手伝うから」
労うような表情で言う樹だが、自分が店を半壊させた張本人であることに微塵も気付いていない。東は ‘ありがと’ と小さく返すだけにとどめた。
今日も、何も変わらない、1日がはじまる。
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