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第79話 ソルトレイクシティの攻防(1)
しおりを挟むサキュバスが消え去ったあと、俺はユメカ、そして、同じように眠りについてしまった探索者たちを影移動でタボール公園まで運んだ。
突然、俺たちが現れたことで避難していた住民たちは驚いていたが、そんなことを気にしている余裕はなかった。
今は、ユメカの状態を確認することが先だ。
俺は彼女に【鑑定】をかける。
表示された情報を見て、息を呑んだ。
………
サキュバスの眠り
眠りから覚めることはなく、次第に身体が衰弱し死を迎える。
眠りから覚ますには、本人が夢を夢だと自覚するか、
解呪薬、または解呪魔法を施す必要がある。
………
「……なんてこった」
目の前のユメカは、まるで安らかに眠るように微笑んでいた。
だが、その笑顔の裏に迫る死の影を、俺ははっきりと見た気がした。
が話かけてきた。
「これは……呪いなのか……」
俺が呟くと、そばにいた女性がそっと口を開いた。
「――文献で読んだことがあります。悪魔の攻撃には、呪いの性質を持つものが多いと」
澄んだ青い瞳が、真剣にこちらを見つめていた。
「そうなのか。助かった。……えっと、君は?」
「イレーヌ・ブランシェと言います」
「イレーヌさんか。ありがとう。ポーションをいくつか置いていくから、怪我人に使ってくれ。
ただ、解呪薬は今、手元にない。作り方は知っているから、少し時間をくれ。眠っている人たちは――必ず助ける」
「……わかりました。信じています」
イレーヌの静かな声に、わずかに安堵が混じった。
「それと……ペロが迷惑をかけたと思う。世話を焼いてくれて感謝する」
「いいえ。あの子はとても健気です。むしろ、私の方が助けられました。
それに、貴方たちのおかげで多くの人たちが救われました。
感謝するのはこちらの方です」
イレーヌの口元が、微かにほころぶ。
その穏やかな笑みに、俺はほんの一瞬だけ緊張を解いた。
千里眼を併用していた俺は、各地の様子を確認していた。
……アメリカのカナドが危ない。あの状況では長くもたないかもしれない。
さらに、モニターの視界の一角――日本でも魔物が出現しているのを確認した。
(くそっ、最悪のタイミングだ)
俺は急いで、日本に待機しているユリアとヒカリに念話を飛ばした。
ヒカリが訳の分からないことを言っいたが、なんだろう?
「さあ、ペロ、おいで」
そう言うと、ペロはイレーヌさんの肩からスルスルと滑るように降り、俺の足元までやってきた。
そして、何も言わずにユメカとペロを身体を影の中へとそっと沈める。
「イレーヌさん、また来ますから」
そう言って立ち去ろうとした時、彼女が一歩踏み出して声を上げた。
「あの……あなたは一体何者なんですか?
悪魔を倒してしまうし、結界まで張れるなんて……
それに白蛇さんが言ってました。わたしは“日本の神”だと。
それに、眠っていたあの女の子――どう見ても、この世界の人間じゃありませんよね?」
……そこを聞くか。
「今は言えない。……時が来れば話せる日もくるかもしれないが、こないかもしれない。
すまないが、急ぐんだ」
短くそう告げると、俺は影の中に身体を沈めた。
「……あっ、待って!」
イレーヌさんの呼ぶ声が、遠くで微かに響いた。
けれど、次の瞬間にはもう、俺の姿はどこにもなかった。
◇
少し前のアメリカユタ州ソルトレイクシティ
……
「おらっ、おらっ、おらあーーッ!」
バスターソードを軽々と振るい、次々と魔物を斬り裂いていくカナド。
その一撃ごとに血飛沫と火花が散り、周囲の地面は見る間に屍で埋め尽くされていく。
だが、それでも追いつかない。
倒した数以上の魔物が、次から次へとゲートから這い出してくるのだ。
兵士たちはロケットランチャーや重機関銃で応戦しているが、
圧倒的に人数が足りない。防衛線は紙一重で崩壊寸前だった。
「クソッ! 次から次へと湧いてきやがる!」
カナドは唸りながら剣を構え直す。
身体強化の魔法だけでは、限界が近い。
地を蹴っても、斬っても、すぐに別の魔物が取って代わる。
そして空からは、鋭い鳴き声とともに影が覆いかぶさった。
グリフォンだ。翼を広げ、獲物を見下ろすように旋回している。
「チッ……空かよ!」
牙を食いしばり、カナドは再び剣を握り直した。
仕方なしに、カナドは奥の手を使う決意をした。
「チッ……しゃあねぇ。行くぞ、俺のギフト!」
次の瞬間、カナドの背中から黒い影が弾け飛ぶ。
空気を震わせる羽音が戦場全体に広がり、無数の“蜂”が一斉に飛び立った。
「お前ら、あの空飛ぶ鉄の塊は味方だ! 狙うのは──グリフォンだけだ!」
怒号とともに放たれた命令に応じ、蜂の群れは夜空を覆い尽くすように舞い上がる。
群れが一つの意思を持ったかのように、敵のグリフォンに殺到した。
しかし、このギフトには致命的な欠点がある。
カナド自身がある程度、虫たちを“操作”しなければならないのだ。
そのため、剣を振るうたびに集中が削がれ、
さっきまでの鋭い動きが鈍り始めていた。
「くそっ……こっちまで手が回らねぇ!」
額を汗が伝い、握った剣の柄が滑る。
空では蜂とグリフォンが入り乱れ、羽音と悲鳴が夜空を裂いていく。
蜂の群れがグリフォンの身体を覆い、バランスを失った一体が悲鳴を上げて墜落した。
地面に叩きつけられた衝撃で土煙が上がる。
「今だッ!」
カナドはすぐさま駆け出し、迫る魔物をバスターソードで薙ぎ払う。
血飛沫が夜の闇を赤く染め、
そのまま落下したグリフォンに跳びかかった。
まだ息がある。大きく口を開き、牙をむいて抵抗しようとするが──遅い。
「永遠に寝てろっ!」
振り下ろした剣が一閃。
グリフォンの首が宙を舞い、地面に転がった。
「「「おおおおおーーーっ!!」」」
その瞬間、周囲で戦っていた兵士たちの歓声が爆発した。
疲労と恐怖に覆われていた空気が、一気に熱気へと変わる。
誰もが思った。
この男、いや、ウルフマンは、ただ者じゃないと……
落下したグリフォンに狙われていた戦闘機が、旋回しながら地上へと機銃掃射を浴びせてきた。
どうやら、ロケット弾も爆弾もすでに使い果たしているらしい。
それでも、パイロットは援護を諦めず、わずかに残った弾丸で地上の魔物を薙ぎ払っていく。
それを見ていた兵士たちの士気が一気に高まった。
「これならいける!」
誰かがそう叫ぶ。
援軍の戦闘機も、もうすぐ到着するはずだ。
だが――その時だった。
ゲートの奥から、空気を震わせるような“何か”が姿を現した。
見上げるような巨体。
鳥のような顔に、血のように赤い瞳。
背中には巨大な翼があり、風を切るたびに周囲の砂塵を巻き上げた。
それは、まるで天空の王が地上に降り立ったかのようだった。
「あれは……今までの雑魚とは違う」
カナドは息を呑む。
「主人が言ってた、“悪魔”か?」
周囲の兵士たちは一瞬で沈黙した。
銃を構える手が震え、誰も引き金を引けない。
空気そのものが重くなる。
空には、まだ何十ものグリフォンが飛び交っている。
ギフトを切るわけにはいかない、!
カナドは、額を伝う汗を手の甲で拭い、荒く息を吐いた。
「クソ……こいつを相手にしながらじゃ、虫たちの制御が……」
握った剣の柄が汗で滑りそうになる。
それでも、退くことはできなかった。
そんな時、影の中から人物が現れた。首には白蛇が巻きついている。
「すまん、カナド。遅くなった」
「おお、主人。助かったぜ」
現れたのは賢一郎だった。だが、その顔色は優れない。
「カナド、ユメカが悪魔の呪いを受けて眠ったままだ。
これは、俺のミスだ……すまん」
「あ!! ユメカは大丈夫なんだよな?」
「ああ、問題ない。解呪薬を飲ませれば目を覚ますらしい。だが今は手持ちがない。作るにしても、この状況じゃすぐには無理だ」
「なら、さっさと敵を片付けて、その“状況”を作ればいいだけだ。そうだろ、主人?」
「そうだな。早く終わらせてみんなで上手い飯でも食おうか……」
こうして、カナドと賢一郎は、鳥頭の悪魔と相対したのだった。
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