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第93話 モテ期到来?
しおりを挟む弓崎先輩の家から自宅へ帰る途中、デパートの地下でお菓子や出来合いのお惣菜を買いだめした。
(あとはスナック菓子とかほしいな)
『マスター、飲料水も買ったほうがいいのでは? 向こうには炭酸飲料なんてありませんし』
(そうだよな。コーラとか飲ませたら、みんな驚くだろうな)
仲間たちのビックリする顔を思い浮かべながら、つい口元が緩んでいたのだろう。
声をかけられて、驚いたのは俺自身だった。
「御門先輩、こんにちは。何か嬉しいことでもあったんですか?」
声の主は、深海君の妹、愛佳ちゃんだった。
その後ろには、友達らしき女子が二人、俺の方を興味深そうに見ている。
「愛佳ちゃん、この間ぶりだね。お兄さんとは仲良くさせてもらってるよ」
「ええ、お兄ちゃんから聞いてます。その白い髪も……厨二病――じゃなくて、雷に打たれたショックでそうなったって」
愛佳ちゃんは、慌てて言い直しながらも、にっこりと笑った。
「似合ってて、カッコいいですよ」
(あれ? 今、“厨二病”って言わなかった? 深海君はそんなこと言うタイプじゃないし……あれ?)
「厨二病じゃないからね?」
「ええ、知ってます。でも……御門先輩の隠し撮り写真が出回ってて、クラスの男子たちがそんなこと言ってたものですから、つい口に出ちゃいました」
(えっ!? 隠し撮りって何それ!?)
「俺の写真が出回ってるの?」
「はい。女子たちの間では“カッコいい”って評判なんですけど、男子からはいろいろ言われてるみたいです」
「それって嫉妬だよねー。男子ってさ、キモいし心狭すぎでしょ」
「そうそう。女子が御門先輩をカッコいいって言うから、やきもち焼いてるんだよ。まったく、お子様なんだから」
後ろにいた女子二人が、いつの間にか会話に混ざっていた。
「あ、この子たちは私の友達で――小波菜々子ちゃんと、夕凪雛子ちゃんです」
「どうも、初めまして。御門賢一郎です」
三人の女子の視線が一斉にこちらへ向き、
俺は思わず手にしていた買い物袋を持ち直した。
(なんか、女子の集団に囲まれるのって……落ち着かないな)
「御門先輩って、彼女いるんですか?」
そう聞いてきたのは、小波菜々子ちゃんだった。
「いや、いないよ」
「やったー!そうなんですねー」
(……こういう女子のテンションに付き合うの、正直、疲れる)
『中身がおっさんですからね。仕方ありません』
(ちょ、待って。俺まだ十六歳だから)
『ですが、さきほど陸上部の小娘のところで、自分をおっさんと自覚したんじゃないですか?』
(う……ぐぬぬ……確かに、否定できない)
「それじゃあ、俺、用事があるから帰るよ。みんなも気をつけて帰るんだぞ」
「えーっ、もう帰っちゃうんですか?」
「一緒にカラオケとか行きませんか?」
『マスター、これが世間でいう“逆ナン”というやつですか? モテモテですね』
(……エイシス、好き勝手言うなよ。そんな気分じゃないんだ)
「菜々子も雛も、だめですよ。御門先輩は用事があるようですから、無理に誘うのは良くありません」
(フォローしてくれるなんて……ええ子や……)
「悪いな。また今度な」
そう言って、俺は三人に手を振り、その場を後にした。
◇
デパートを出て電車に乗り、自宅のある駅に着く。
夕暮れのロータリーには、黒塗りの高級車が一台、静かに停まっていた。
(……やけに目立つな。芸能人でもいるのか?)
そう思いながら脇を通り過ぎようとしたとき――
車のドアが開き、スーツ姿の女性が降り立った。
洗練された仕草といい、切れ長の目といい、いかにも仕事ができそうな雰囲気だ。
「すみません、御門賢一郎さんですね? 私はこういう者です」
そう言って、彼女は名刺を差し出した。
Morning Glow Company
チーフマネージャー 丸川 初美
(……芸能事務所? なんで俺の名前を?)
「何か俺に用ですか?」
「ええ、私たちの会社は、テレビやネット配信など――メディア全般に出演する人材を抱えています。
いわゆる“芸能事務所”ですね。
御門賢一郎さん、率直に伺いますが……芸能界に興味はありませんか?」
(……もしかして、これがスカウトってやつ?)
「すみませんが、興味はありません」
そう答えると、丸川さんは一瞬、肩を落とした。
「そうですか……いきなりでは無理もありませんよね」
そのとき、車のドアがもう一度開き、若い女性が降りてきた。
どこかで見た顔だ――ドラマやCMでよく目にする人気女優だ。
「君ね、これはビッグチャンスなのよ?
確かに突然言われたら戸惑うかもしれないけど……今が人生の分岐点なの。
この意味、わかる?」
年は俺とそう変わらない。だが、その物言いには妙な圧があった。
「全くわかりません。芸能界には、本当に興味がないので。――失礼します」
背を向けて歩き出す。
後ろから「ちょっと、君っ!」という女優の声が追いかけてきたが、振り返らなかった。
『(――ほう、正攻法で来ましたか。相手も相当、手練れのようですね。
裏からならいくらでも対処のしようはありますが……表立って接触されると、法律やら人間社会のしがらみに縛られます。
……仕方ありません。この件は、しばらく静観するしかないようですね)』
エイシスは、そんなふうに独りごとを言った。
だが、その声が俺の耳に届くことはなかった。
……
その後、黒塗りの車の中では……
車内の静けさを破るように、ミランが不満げに声を上げた。
「なに、あいつ。私を見ても驚きもしないなんて、普通ありえなくない?」
姫路ミラン――十六歳。ドラマやCM、雑誌と多方面で活躍する売れっ子アイドルだ。
「まあまあ、ミランちゃんのこと知らなかったのかもしれないでしょ」
隣に座るマネージャー、丸川初美がやんわりと宥める。
「えっ、そんなことある? 街中のポスターにも私の顔があるのよ。知らないなんて信じられないわ」
「世の中にはいるのよ、そういう子。興味のないことにはまるで無関心なタイプがね」
初美は肩をすくめると、ふっと表情を引き締めた。
「それよりも、社長が言ってた通りになったことのほうが驚きじゃない?」
「東関社長が? なんて言ってたの?」
「“とりあえず接触して名刺を渡せ。ただ、相手は断るだろうから気にしなくていい”ってね」
「へぇ、さすが社長。読みが鋭いね」
ミランは窓の外を見ながら小さく笑う。
「でも最近、なんか接待が多くない? 企業の偉い人とか政治家とかさ。……私、絶対に枕だけはしないからね。そこだけは譲れないって、社長にもちゃんと言っておいてよ」
「大丈夫よ。ミランちゃんの仕事は前から決まってた案件だし、夜の席なんか絶対に出させない。昼に打ち合わせ兼ねた食事をしただけよ。
それに、うちの事務所は、そんなこと(枕営業)させないから安心して」
初美はそう言って、静かにミランの肩に手を置いた。
「だけど、ちょっとカッコよかったよね。白い髪が似合ってて、業界の“作り物男子”とは違う感じがしたわ」
「確かにね。どこかミステリアスで……社長は、どこであんな子を見つけてきたんだか」
「社長直々の紹介なんて滅多にないのに。あの男子、もったいないことしたわ」
「そうね。でも、まだわからないわよ。家に帰って落ち着いたら、気が変わって電話をくれるかもしれない」
「そしたら、私が業界の先輩として、一から教えてあげるわ」
ミランは唇の端を上げ、どこか楽しげに笑った。
「ふふ、早くそうならないかな。結構楽しみ……」
「ミランちゃん、スキャンダルだけは勘弁してよ。今は本当に大事な時期なんだから」
「わかってるって。でもね、なんか新鮮なのよ。私を知らない子が、私に夢中になっていく過程を想像すると――ワクワクする」
「……私にはその気持ちは理解できないけど。無茶さえしなければ、好きにすればいいわ」
「やったー、言質とったからね」
ミランは嬉しそうに笑い、シートに深く身を沈めた。
「最近ずっとストレス溜まってイライラしてたけど……これから楽しくなりそう」
黒塗りの車は、夕暮れの街を抜け、静かに事務所へと向かって走り続けていた。
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