現代錬金術のすゝめ 〜ソロキャンプに行ったら賢者の石を拾った〜

涼月 風

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第107話 仮初の夜の夢

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 みんなが落ち着きを取り戻した、その夜。
 俺は、センジュ王女を再び亜空間のログハウスへと呼び出した。

「これ、預かっていたネックレスを返すよ」

「うん、なんか綺麗になってるね。何かしたの?」

(十回も粉々にしたとは言えない……)

「ある能力を付与したんだ。――今、時間はあるか?」

「うん、大丈夫だよ」

「じゃあ、行こうか」

 夜の静寂を抜け、俺たちは並んで日本に続くゲートをくぐった。



 私は、潮風渚(しおかぜ なぎさ)、十五歳。
 都内の私立中学校に通う、ふつうの中学三年生――のはずだった。

 小さい頃から、日曜の朝に放送されていた「女の子が悪と戦うアニメ」が大好きだった。
 きらきらした変身シーン、仲間との絆、勇気をくれるセリフ。
 そんな世界に、自分も声を吹き込みたいと思った。

 夢を追いたくて、両親を説得し、学校に通いながら声優養成所にも通っていた。
 クラスの友達には言えなかったけど、それが私の誇りだった。

 ある日、養成所の知人から「業界に顔が利く人を紹介する」と言われた。
 紹介されたのは、恰幅のいい中年の男性だった。
 知人もその人も、「この人と繋がっておけば、仕事の話が来る」と口をそろえて言っていた。

 ――焦っていた。
 自信も実績もない私が、チャンスを逃したら二度と立ち上がれない気がした。

 だから、信じてしまった。
 その人の言葉も、差し出された手も。

 数日後、「プロフィール用の写真を撮ろう」と言われ、マンションの一室に呼ばれた。
 ……そのあとのことは、もう、思い出したくもない。

 その日、そのマンションを出たところまでは覚えている。
 けれど、その後の記憶は曖昧だ。

 あの日、私は確かに死んだ。
 だから、もうあの記憶を掘り返しても意味はない。

 今の私は、この世界の第二王女として生きているのだから。



 この世界に生を受け、私は幼い頃から前世の記憶があった。
 どうして、この世界に来たのかわからないが、死んで生まれ変わるとはこういうものだと素直に信じた。

 ある日、教会に赴き“祝福”と呼ばれる儀式に参加した。
 私が得た能力は【鑑定】。
 ラノベやアニメでは王道な能力だが、この世界では貴重で珍しいものらしい。

 しかし、私の保有する魔力量は一般的な数値だった。
 姉であるアミリア第一王女は“姫騎士”という剣の扱いに優れたギフトで、妹のリリアーナは、まさかのクワトロ魔法使いだった。

 その時の私は、随分と不安定だったと思う。
 日本で死に、生まれ変わっても、何の役にも立たない――そう思い込んでいた。

 そんな私を支えてくれたのが、アミリア姉さんだった。
 彼女は優しく励ましてくれて、ときには一緒に寝てくれることもあった。

 ある夜のこと。
 姉さんを狙う暗殺者が、私たちの寝室に忍び込んできた。
 全身黒ずくめのその小柄な影に、私は違和感を覚え、咄嗟に〈鑑定〉を発動した。

 暗殺者は、従属の魔法で操られているだけの少女――そう知った私は、すぐに姉さんへ伝えた。
 アミリア姉さんは、ためらうことなくその暗殺者を拘束した。

 それが、狐獣人の少女・ククリとの出会いだった。

 私は、彼女を救いたい一心で奔走した。
 神官に頼んで従属の魔法を解かせ、代わりに私との〈隷属契約〉を結ぶことで、ククリをそばに置けるようになった。

 ククリの祝福によるギフトは『暗殺』。
 私は、その能力を他人に漏らさぬよう、彼女に固く誓わせた。

 モフモフの美少女獣人・ククリがそばにいてくれるようになってから、私の心は不思議と落ち着いた。
 前を向けるようになった私は、少ない魔力をどう活かすか考え、魔道具の研究に没頭するようになった。

 難解な術式や古語も、〈鑑定〉の力を使えばある程度は読み解ける。
 いつしか私は、魔道具という世界に夢中になっていた。

 ある日、研究に行き詰まり、気分転換にアミリア姉さん――第一王女のもとを訪れた。
 大森林での冒険や戦った魔物の話を聞きながら、久しぶりに笑い合った。

 そこへ、アンジェラ公爵令嬢が現れた。
 彼女は、白い髪の少年を探すため、明日から大森林へ向かうと言う。

 その瞬間、私はなぜか胸がざわついた。

 ――行かなくては。

 今思えば、あの時の直感は運命だったのだ。
 白い髪の少年――ケンイチロウに出会うための。



「大丈夫か?」

 彼に手を引かれて、私は亜空間の奥――薄気味悪いモヤの向こうへと足を踏み入れた。

「まさか……ここって?」

 鼻をくすぐる懐かしい匂い。
 目の前に広がっていたのは、見慣れた日本家屋の一室だった。

「このことは秘密にしてほしい」

 彼は少しだけ照れくさそうに言った。

「言わない。命にかけて約束する!」

「うちの家族は知ってるし、そこまで厳重な秘密でもないんだが……。
 悪いことを企む奴がいないとも限らない。だから、信頼できる人にしか教えてないんだ」

 彼は転生者ではなかった。
 地球と異世界を行き来できる、特別な存在。

「ちょっと、こっちに来て」

 案内されたのは洗面所。
 鏡の前で、彼が私に言った。

「ネックレスを握って、日本にいた頃の姿を思い出して……【変化】って唱えてみて」

 私は深呼吸をして、目を閉じた。
 制服姿の自分、声優を夢見ていたあの頃――。
 そのイメージを胸に、そっと唱えた。

「……【変化】」

 次の瞬間、身体が淡い光に包まれた。
 鏡に映るのは、あの頃の私。
 懐かしい制服の質感に、胸が熱くなる。

「これって、どうして?」

「そのネックレスには【変化】の能力を付与したんだ。姿や形を変える魔法だよ。
 ただ、素材がミスリルだから、変化できるのはせいぜい三、四時間くらいだな」

「すごい……! そんな魔法があるなんて!」

 私は思わずその場でクルッと回った。
 スカートがふわりと舞い上がる。

「見た?」

「い、いや! 見てない!」

 明らかに焦っている彼の様子に、思わず笑ってしまった。
 ――年相応の、普通の男の子なんだ。

「それより行くぞ。時間がない。こちらの世界では、君が亡くなってからまだ二年しか経ってない。
 調べたら……家族はまだ、立ち直れていないようだ」

「……え? どういうこと?」

「おそらく、魂が異世界に渡るとき、次元の波に巻き込まれたんだ。
 俺も詳しくは知らないが、次元流に飲まれると、過去や未来へ飛ばされることがあるらしい」

「そうなんだ……。よくわからないけど……家族に、元気でいることを伝えなきゃ」

「その方がいい。――行こう」

 そう言われた次の瞬間、私は懐かしい自分の部屋に立っていた。
 机の上の参考書、ポスター、ぬいぐるみ。
 すべてが、あの日のままだった。

「ちょっと用事を済ませてくる。変化が切れる頃に迎えに行くから」

 そう言い残して、彼は姿を消した。

 私は、誰もいない部屋を見回した。
 胸の奥から込み上げてくるものを、もう抑えられなかった。

 ――懐かしい匂いと、あの日の私。
 頬を伝う涙が、制服のリボンに落ちていった。



 しばらくの間、私は部屋の真ん中に座り込んでいた。
 机の上には、私の教科書がきちんと並べられ、ほこり一つない。
 ――きっと、お母さんとお父さんが、今でも掃除してくれているのだろう。

 ありがとう。
 でも、私はもう、この世界では“死んだ人間”だ。

 突然現れたら、きっと幽霊だと思われてしまう。
 怖がらせたらどうしよう――そんな不安が胸をよぎった、その時。

 ――ガラッ!

 勢いよく扉が開いた。

「……渚っ!」

 その声を聞いた瞬間、心臓が跳ねた。
 忘れようとしても忘れられなかった、あの声。

「お母さん……?」

 お母さんは一瞬、目を見開いたまま動かなかった。
 次の瞬間には、涙をあふれさせながら私に駆け寄り、強く抱きしめた。

「渚、渚……! 本当に……渚なのね……!」

 嗚咽混じりに、何度も何度も名前を呼んでくる。

「お母さん……! ごめんなさい……! もう、会えないと思ってた……」

 腕の中は、温かくて柔らかくて――懐かしかった。
 私は子どものように泣きじゃくりながら、その胸に顔をうずめた。

 それは、初夏の夜に起きた仮初の夢のような奇跡だった。



 影の中で成り行きを見守っていた俺は、
 親子が抱き合った瞬間、静かにその家を後にした。

『マスター、粋なことをしますね』

「仕方ないだろ? いきなり“死んだはずの娘”が現れて拒絶されたら、目も当てられない」

『それにしても、さっきの“天使モード”は似合ってましたよ?
 『あなたたちの善行により、亡くなった娘と会わせてあげよう。ただし時間は限られている』――あの女声、完璧でしたね。
 マスター語録に登録しておきます』

「やめろ! てか、そんな語録あるのか!?」

『ええ、ずいぶん増えてきましたよ。
 でも、“俺帰りましゅ”を超えるおもろ……名言は、まだ生まれてませんけどね』

「今、“おもろ”って言いかけただろ!?」

『気のせいです。――それで、これからどうします?』

「南極に置いてきた連中の住所、まだわかるか?」

『もちろん。でも、まさか本当に行く気ですか?』

「あの最初の子は、あのマンションを処理するだけで済んだが……
 センジュ王女の場合は、家に“例のブツ”を隠してる可能性がある。
 親切な人が、そう教えてくれたんだ」

『マスターに“親切な人”がいるなんて初耳ですね。どんな方なんです?』

「親切な人、だよ。あまり、ツッコまないでくれ」

『了解しました。――では、最初の目的地は◯◯です』

「わかった。時間がない、素早く片付けるぞ」

 そうして俺たちは、南極に置いてきた連中の自宅をひとつずつ巡り、
 そこに残された“ある物”を、すべて回収していった。
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