6 / 8
一章:異世界召喚
6.
しおりを挟む
俯いたアリシアスの金糸からのぞく耳が、僅かに紅潮している。恥ずかしがっているのだろうか。それが少しだけ微笑ましくて、つい口元が緩んでしまう。
王子様だとか国だとか、難しいことは俺にはよくわからない。
だけど二十かそこらの青年が背負うにはあまりにも大変なものだろうという推察は容易くて、労わってやりたい気持ちになるというのが本音だった。
「まあ、元気出せよ……うお!?」
軽く肩でも叩こうかと手を伸ばした瞬間に、アリシアスが勢いよく顔を上げた。蒼穹の瞳が真っ直ぐに俺を射抜き、その芯には先程までの弱さとは違う決意が宿っていた。
「……やはり、こうしているわけにはいかん」
「え?」
「私は王家の人間だ。国の未来を背負う者だ。だから……たとえお前が男であろうが、可能性が低かろうが、やらねばならない時がある!」
「な、なに言ってんだお前! 今完全にいい感じにヤらねばならないことに関しては一旦置いとく流れだっただろ!?」
「………」
「おい無視すんな!」
返事を待たず、アリシアスは椅子から勢いよく立ち上がった。凛と伸びた背筋は相変わらず美しいが、呑気なことは言っていられなさそうだ。
アリシアスは立ち上がった勢いのまま距離を詰め、俺の腕を掴んだ。そうして有無を言わさぬ力でまた腕を引き、そのまま俺をベッドに放り投げた。
「うおっ!」
天蓋つきのベッドは、その見た目通りふかふかだ。倒れ込んだ瞬間に背中が沈み込み、痛みはほとんどない。起き上がろうとするが、アリシアスが俺に跨ってきたせいでそれは叶わなかった。
「……お前に、私の魔力を……注ぐ……!」
「落ち着け!? ちょっと落ち着こう、なっ! お前顔真っ赤じゃん、手震えてるじゃん! 慣れてねーだろ絶対!?」
「し、静まれ! 私は真剣なのだ!」
アリシアスはそう言いながら俺の両手を押さえつけようとするのだが、いかんせんそれだけだ。相変わらず力は強いが、戸惑いを滲ませた指先は俺の両手首をベッドに縫いつけただけでそれ以降はどうしていいかわからないといった様子だった。見上げた顔も真っ赤に染まっており、アリシアスが焦っているのは明白だ。その分、俺の思考は幾分冷静さを取り戻していく。
「ふ、……っ」
「……おい。貴様、今笑ったな?」
「いや、だってさっきまでと雰囲気違い過ぎてさ? あんなに偉そうにしてた王子様が顔真っ赤にしてんだもん。微笑まし過ぎて笑っちまうだろ」
「わ、笑うな! 王族を愚弄する気か!」
「愚弄っていうか……必死なのは伝わるけどさ。どう考えても色々ぎこちなさすぎて……ぷっ」
今の俺は完全にピンチだ。けれど堪えきれずに吹き出した瞬間、アリシアスの目がさらに大きく見開かれ、耳まで真っ赤になった。
「……わ、私は……。召喚にも失敗し、今も笑われ、……未熟者なのだろうか……」
声が小さくなり、押さえていた手もわずかに緩む。あまりに純粋すぎる反応に、一瞬胸がちくりと痛んだ。落ち込ませるつもりじゃなかったのに。罪悪感が胸裏を掠め、少しだけ居た堪れない気持ちになってしまう。
「いや、そうじゃねーんだよ」
俺を拘束する力はすっかり緩んでいたから、抜け出すことは容易かった。俺はゆっくりと起き上がり、数度逡巡した後に手を伸ばす。
落ち込む年下の慰め方なんてものはわからないが、たぶんこういうのは万国共通だろう。迷った末に、アリシアスの頭に触れてそのままわしゃわしゃと撫でてやる。
見た目通りやわらかな黒髪に触れた瞬間、驚いたようにアリシアスの体がぴくりと震えた。
「お前が真剣なのはわかった。国のために、王子様としてやらなきゃなんねーことがあるんだろ。そういう真面目なところは、お前の長所だ」
「…………」
見上げてくる蒼の瞳は、不安と決意が入り混じって揺れていた。俺より頭ひとつ分近い長身にも関わらず、可愛いと思えてしまうのは年齢やこいつの雰囲気が関係しているのだろうか。
少し逡巡した後に俺は片腕を伸ばし、柔らかな金糸を撫でるように後頭部を引き寄せる。そうしてアリシアスが何か言うより先に、前髪の上から額へと唇を寄せた。ほんの一瞬、ちゅ、と柔らかな音を立ててやる。
「なっ……!?」
アリシアスの体がびくんと跳ねた。顔を真っ赤にして固まったまま、まるで時間が止まったみたいだ。
「だはは、真っ赤。……まずはこういうところから始めるんだよ、王子様。俺がいろいろ教えてやろうか」
俺だって、決して経験豊富なわけではない。恋愛経験は年相応だし、ここ数年は店が忙しくて恋人もいなかった。だけど、こいつよりは確実に場数を踏んでいるはずだ。
年上として、男としてせめて主導権を握りたいという気持ちがふつふつとこみ上げてくる。軽口を叩いてみせると、真っ赤になったアリシアスは口をぱくぱくさせ、やがて視線を逸らした。
そうして数秒の沈黙の後。
「ふ、不届き者―――――!!!!!!!!!」
アリシアスの大絶叫が、室内――を飛び越して城内に響き渡ったのだった。
王子様だとか国だとか、難しいことは俺にはよくわからない。
だけど二十かそこらの青年が背負うにはあまりにも大変なものだろうという推察は容易くて、労わってやりたい気持ちになるというのが本音だった。
「まあ、元気出せよ……うお!?」
軽く肩でも叩こうかと手を伸ばした瞬間に、アリシアスが勢いよく顔を上げた。蒼穹の瞳が真っ直ぐに俺を射抜き、その芯には先程までの弱さとは違う決意が宿っていた。
「……やはり、こうしているわけにはいかん」
「え?」
「私は王家の人間だ。国の未来を背負う者だ。だから……たとえお前が男であろうが、可能性が低かろうが、やらねばならない時がある!」
「な、なに言ってんだお前! 今完全にいい感じにヤらねばならないことに関しては一旦置いとく流れだっただろ!?」
「………」
「おい無視すんな!」
返事を待たず、アリシアスは椅子から勢いよく立ち上がった。凛と伸びた背筋は相変わらず美しいが、呑気なことは言っていられなさそうだ。
アリシアスは立ち上がった勢いのまま距離を詰め、俺の腕を掴んだ。そうして有無を言わさぬ力でまた腕を引き、そのまま俺をベッドに放り投げた。
「うおっ!」
天蓋つきのベッドは、その見た目通りふかふかだ。倒れ込んだ瞬間に背中が沈み込み、痛みはほとんどない。起き上がろうとするが、アリシアスが俺に跨ってきたせいでそれは叶わなかった。
「……お前に、私の魔力を……注ぐ……!」
「落ち着け!? ちょっと落ち着こう、なっ! お前顔真っ赤じゃん、手震えてるじゃん! 慣れてねーだろ絶対!?」
「し、静まれ! 私は真剣なのだ!」
アリシアスはそう言いながら俺の両手を押さえつけようとするのだが、いかんせんそれだけだ。相変わらず力は強いが、戸惑いを滲ませた指先は俺の両手首をベッドに縫いつけただけでそれ以降はどうしていいかわからないといった様子だった。見上げた顔も真っ赤に染まっており、アリシアスが焦っているのは明白だ。その分、俺の思考は幾分冷静さを取り戻していく。
「ふ、……っ」
「……おい。貴様、今笑ったな?」
「いや、だってさっきまでと雰囲気違い過ぎてさ? あんなに偉そうにしてた王子様が顔真っ赤にしてんだもん。微笑まし過ぎて笑っちまうだろ」
「わ、笑うな! 王族を愚弄する気か!」
「愚弄っていうか……必死なのは伝わるけどさ。どう考えても色々ぎこちなさすぎて……ぷっ」
今の俺は完全にピンチだ。けれど堪えきれずに吹き出した瞬間、アリシアスの目がさらに大きく見開かれ、耳まで真っ赤になった。
「……わ、私は……。召喚にも失敗し、今も笑われ、……未熟者なのだろうか……」
声が小さくなり、押さえていた手もわずかに緩む。あまりに純粋すぎる反応に、一瞬胸がちくりと痛んだ。落ち込ませるつもりじゃなかったのに。罪悪感が胸裏を掠め、少しだけ居た堪れない気持ちになってしまう。
「いや、そうじゃねーんだよ」
俺を拘束する力はすっかり緩んでいたから、抜け出すことは容易かった。俺はゆっくりと起き上がり、数度逡巡した後に手を伸ばす。
落ち込む年下の慰め方なんてものはわからないが、たぶんこういうのは万国共通だろう。迷った末に、アリシアスの頭に触れてそのままわしゃわしゃと撫でてやる。
見た目通りやわらかな黒髪に触れた瞬間、驚いたようにアリシアスの体がぴくりと震えた。
「お前が真剣なのはわかった。国のために、王子様としてやらなきゃなんねーことがあるんだろ。そういう真面目なところは、お前の長所だ」
「…………」
見上げてくる蒼の瞳は、不安と決意が入り混じって揺れていた。俺より頭ひとつ分近い長身にも関わらず、可愛いと思えてしまうのは年齢やこいつの雰囲気が関係しているのだろうか。
少し逡巡した後に俺は片腕を伸ばし、柔らかな金糸を撫でるように後頭部を引き寄せる。そうしてアリシアスが何か言うより先に、前髪の上から額へと唇を寄せた。ほんの一瞬、ちゅ、と柔らかな音を立ててやる。
「なっ……!?」
アリシアスの体がびくんと跳ねた。顔を真っ赤にして固まったまま、まるで時間が止まったみたいだ。
「だはは、真っ赤。……まずはこういうところから始めるんだよ、王子様。俺がいろいろ教えてやろうか」
俺だって、決して経験豊富なわけではない。恋愛経験は年相応だし、ここ数年は店が忙しくて恋人もいなかった。だけど、こいつよりは確実に場数を踏んでいるはずだ。
年上として、男としてせめて主導権を握りたいという気持ちがふつふつとこみ上げてくる。軽口を叩いてみせると、真っ赤になったアリシアスは口をぱくぱくさせ、やがて視線を逸らした。
そうして数秒の沈黙の後。
「ふ、不届き者―――――!!!!!!!!!」
アリシアスの大絶叫が、室内――を飛び越して城内に響き渡ったのだった。
30
あなたにおすすめの小説
病み墜ちした騎士を救う方法
無月陸兎
BL
目が覚めたら、友人が作ったゲームの“ハズレ神子”になっていた。
死亡フラグを回避しようと動くも、思うようにいかず、最終的には原作ルートから離脱。
死んだことにして田舎でのんびりスローライフを送っていた俺のもとに、ある噂が届く。
どうやら、かつてのバディだった騎士の様子が、どうもおかしいとか……?
※欠損表現有。本編が始まるのは実質中盤頃です
助けたドS皇子がヤンデレになって俺を追いかけてきます!
夜刀神さつき
BL
医者である内藤 賢吾は、過労死した。しかし、死んだことに気がつかないまま異世界転生する。転生先で、急性虫垂炎のセドリック皇子を見つけた彼は、手術をしたくてたまらなくなる。「彼を解剖させてください」と告げ、周囲をドン引きさせる。その後、賢吾はセドリックを手術して助ける。命を助けられたセドリックは、賢吾に惹かれていく。賢吾は、セドリックの告白を断るが、セドリックは、諦めの悪いヤンデレ腹黒男だった。セドリックは、賢吾に助ける代わりに何でも言うことを聞くという約束をする。しかし、賢吾は約束を破り逃げ出し……。ほとんどコメディです。 ヤンデレ腹黒ドS皇子×頭のおかしい主人公
贖罪公爵長男とのんきな俺
侑希
BL
異世界転生したら子爵家に生まれたけれど自分以外一家全滅という惨事に見舞われたレオン。
貴族生活に恐れ慄いたレオンは自分を死んだことにして平民のリオとして生きることにした。
一方公爵家の長男であるフレドリックは当時流行っていた児童小説の影響で、公爵家に身を寄せていたレオンにひどい言葉をぶつけてしまう。その後すぐにレオンが死んだと知らされたフレドリックは、以降十年、ひたすらそのことを悔いて生活していた。
そして十年後、二人はフレドリックとリオとして再会することになる。
・フレドリック視点は重め、レオン及びリオ視点は軽め
・異世界転生がちょいちょい発生する世界。色々な世界の色々な時代からの転生者の影響で文明が若干ちぐはぐ。
・世界観ふんわり 細かいことは気にしないで読んでください。
・CP固定・ご都合主義・ハピエン
・他サイト掲載予定あり
僕に双子の義兄が出来まして
サク
BL
この度、この僕に双子の義兄が出来ました。もう、嬉し過ぎて自慢しちゃうよ。でも、自慢しちゃうと、僕の日常が壊れてしまう気がするほど、その二人は人気者なんだよ。だから黙って置くのが、吉と見た。
そんなある日、僕は二人の秘密を知ってしまった。ん?知っているのを知られてしまった?が正しいかも。
ごめんよ。あの時、僕は焦っていたんだ。でもね。僕の秘密もね、共有して、だんだん仲良くなったんだよ。
…仲良くなったと、そう信じている。それから、僕の日常は楽しく、幸せな日々へと変わったんだ。そんな僕の話だよ。
え?内容紹介が内容紹介になってないって?気にしない、気にしない。
悪役のはずだった二人の十年間
海野璃音
BL
第三王子の誕生会に呼ばれた主人公。そこで自分が悪役モブであることに気づく。そして、目の前に居る第三王子がラスボス系な悪役である事も。
破滅はいやだと謙虚に生きる主人公とそんな主人公に執着する第三王子の十年間。
※ムーンライトノベルズにも投稿しています。
拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件
碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。
状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。
「これ…俺、なのか?」
何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。
《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》
────────────
~お知らせ~
※第3話を少し修正しました。
※第5話を少し修正しました。
※第6話を少し修正しました。
※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
※第22話を少し修正しました。
※第24話を少し修正しました。
※第25話を少し修正しました。
※第26話を少し修正しました。
※第31話を少し修正しました。
※第32話を少し修正しました。
────────────
※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!!
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
【完結】異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます
七夜かなた
恋愛
仕事中に突然異世界に転移された、向先唯奈 29歳
どうやら聖女召喚に巻き込まれたらしい。
一緒に召喚されたのはお金持ち女子校の美少女、財前麗。当然誰もが彼女を聖女と認定する。
聖女じゃない方だと認定されたが、国として責任は取ると言われ、取り敢えず王族の家に居候して面倒見てもらうことになった。
居候先はアドルファス・レインズフォードの邸宅。
左顔面に大きな傷跡を持ち、片脚を少し引きずっている。
かつて優秀な騎士だった彼は魔獣討伐の折にその傷を負ったということだった。
今は現役を退き王立学園の教授を勤めているという。
彼の元で帰れる日が来ることを願い日々を過ごすことになった。
怪我のせいで今は女性から嫌厭されているが、元は女性との付き合いも派手な伊達男だったらしいアドルファスから恋人にならないかと迫られて
ムーライトノベルでも先行掲載しています。
前半はあまりイチャイチャはありません。
イラストは青ちょびれさんに依頼しました
118話完結です。
ムーライトノベル、ベリーズカフェでも掲載しています。
禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り
結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。
そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。
冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。
愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。
禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる