俺の味噌汁が、どうやら世界を救うらしい

ヌー

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一章:異世界召喚

6.

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 俯いたアリシアスの金糸からのぞく耳が、僅かに紅潮している。恥ずかしがっているのだろうか。それが少しだけ微笑ましくて、つい口元が緩んでしまう。

 王子様だとか国だとか、難しいことは俺にはよくわからない。
 だけど二十かそこらの青年が背負うにはあまりにも大変なものだろうという推察は容易くて、労わってやりたい気持ちになるというのが本音だった。

「まあ、元気出せよ……うお!?」

 軽く肩でも叩こうかと手を伸ばした瞬間に、アリシアスが勢いよく顔を上げた。蒼穹の瞳が真っ直ぐに俺を射抜き、その芯には先程までの弱さとは違う決意が宿っていた。

「……やはり、こうしているわけにはいかん」
「え?」
「私は王家の人間だ。国の未来を背負う者だ。だから……たとえお前が男であろうが、可能性が低かろうが、やらねばならない時がある!」
「な、なに言ってんだお前! 今完全にいい感じにヤらねばならないことに関しては一旦置いとく流れだっただろ!?」
「………」
「おい無視すんな!」

 返事を待たず、アリシアスは椅子から勢いよく立ち上がった。凛と伸びた背筋は相変わらず美しいが、呑気なことは言っていられなさそうだ。
 アリシアスは立ち上がった勢いのまま距離を詰め、俺の腕を掴んだ。そうして有無を言わさぬ力でまた腕を引き、そのまま俺をベッドに放り投げた。

「うおっ!」

 天蓋つきのベッドは、その見た目通りふかふかだ。倒れ込んだ瞬間に背中が沈み込み、痛みはほとんどない。起き上がろうとするが、アリシアスが俺に跨ってきたせいでそれは叶わなかった。

「……お前に、私の魔力を……注ぐ……!」
「落ち着け!? ちょっと落ち着こう、なっ! お前顔真っ赤じゃん、手震えてるじゃん! 慣れてねーだろ絶対!?」
「し、静まれ! 私は真剣なのだ!」

 アリシアスはそう言いながら俺の両手を押さえつけようとするのだが、いかんせんそれだけだ。相変わらず力は強いが、戸惑いを滲ませた指先は俺の両手首をベッドに縫いつけただけでそれ以降はどうしていいかわからないといった様子だった。見上げた顔も真っ赤に染まっており、アリシアスが焦っているのは明白だ。その分、俺の思考は幾分冷静さを取り戻していく。

「ふ、……っ」
「……おい。貴様、今笑ったな?」
「いや、だってさっきまでと雰囲気違い過ぎてさ? あんなに偉そうにしてた王子様が顔真っ赤にしてんだもん。微笑まし過ぎて笑っちまうだろ」
「わ、笑うな! 王族を愚弄する気か!」
「愚弄っていうか……必死なのは伝わるけどさ。どう考えても色々ぎこちなさすぎて……ぷっ」

 今の俺は完全にピンチだ。けれど堪えきれずに吹き出した瞬間、アリシアスの目がさらに大きく見開かれ、耳まで真っ赤になった。

「……わ、私は……。召喚にも失敗し、今も笑われ、……未熟者なのだろうか……」

 声が小さくなり、押さえていた手もわずかに緩む。あまりに純粋すぎる反応に、一瞬胸がちくりと痛んだ。落ち込ませるつもりじゃなかったのに。罪悪感が胸裏を掠め、少しだけ居た堪れない気持ちになってしまう。

「いや、そうじゃねーんだよ」

 俺を拘束する力はすっかり緩んでいたから、抜け出すことは容易かった。俺はゆっくりと起き上がり、数度逡巡した後に手を伸ばす。
 落ち込む年下の慰め方なんてものはわからないが、たぶんこういうのは万国共通だろう。迷った末に、アリシアスの頭に触れてそのままわしゃわしゃと撫でてやる。
 見た目通りやわらかな黒髪に触れた瞬間、驚いたようにアリシアスの体がぴくりと震えた。

「お前が真剣なのはわかった。国のために、王子様としてやらなきゃなんねーことがあるんだろ。そういう真面目なところは、お前の長所だ」
「…………」

 見上げてくる蒼の瞳は、不安と決意が入り混じって揺れていた。俺より頭ひとつ分近い長身にも関わらず、可愛いと思えてしまうのは年齢やこいつの雰囲気が関係しているのだろうか。
 少し逡巡した後に俺は片腕を伸ばし、柔らかな金糸を撫でるように後頭部を引き寄せる。そうしてアリシアスが何か言うより先に、前髪の上から額へと唇を寄せた。ほんの一瞬、ちゅ、と柔らかな音を立ててやる。

「なっ……!?」

 アリシアスの体がびくんと跳ねた。顔を真っ赤にして固まったまま、まるで時間が止まったみたいだ。

「だはは、真っ赤。……まずはこういうところから始めるんだよ、王子様。俺がいろいろ教えてやろうか」

 俺だって、決して経験豊富なわけではない。恋愛経験は年相応だし、ここ数年は店が忙しくて恋人もいなかった。だけど、こいつよりは確実に場数を踏んでいるはずだ。
 年上として、男としてせめて主導権を握りたいという気持ちがふつふつとこみ上げてくる。軽口を叩いてみせると、真っ赤になったアリシアスは口をぱくぱくさせ、やがて視線を逸らした。

 そうして数秒の沈黙の後。

「ふ、不届き者―――――!!!!!!!!!」

 アリシアスの大絶叫が、室内――を飛び越して城内に響き渡ったのだった。
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