君がいい、どうしても

たがわリウ

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偶然だね

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「ありがとうございましたー」

 立ち去る背中にお辞儀する。狭い店内にお客はいなくなり、静かな時間が戻った。チラッと時計を確認すれば上がりまでまだ二時間。人の出入りが少ないからか時間がゆっくりに感じる。

「日高くんレジ慣れてきた?」
「あ、ウス」
「若い子は覚えるの早いからすごいわぁ」

 バックヤードから現れたのは、親と同じくらいの歳の女性。このこぢんまりした店の店長だ。大学から近く、いかにも地元の本屋という感じの店で俺はアルバイトを始めていた。穏やかな日が多いから人を雇って大丈夫なのかと心配になったが、忙しい日もそれなりにあるらしい。
 わからないことを聞けば親身に教えてくれる優しい店長。初めてのアルバイトだけど人に恵まれたなと思っていた。

「じゃあ私もう少し奥にいるから、何かあったら呼んでね」
「あざす」

 様子を見に来てくれたのか、店長はまたすぐに引っ込んだ。まだやれることが少ない俺は手持ち無沙汰に店内をうろつく。乱れた本を整えていると自動ドアが開き人が入ってきた気配がした。

「いらっしゃいませー」

 店員がいることがわかるよう、大きめの声で挨拶する。すぐにレジへと戻った。しばらくすると足音が近付いてくる。レジに落としていた視線を上げ、教えられた言葉を口にした。しかしすべて言い切る前に、声は小さくなっていく。

「お預かりしま、す……」
「お願いします」

 文庫本をカウンターに置いた人物には見覚えがあった。驚きで固まる俺に、そのお客は微笑む。

「あれ、偶然だね。日高」
「広尾……なんで」
「バイト先ここだったんだ。頑張ってるね」
「……いやいやいや、こえぇから」

 偶然。それだけで片付けるには何か引っかかる。確かに広尾は読書家らしいし、欲しい本があれば本屋に行くだろう。たまたま大学近くの本屋に寄ったら友達がいた。それは有り得ることだ。けれどどこか白々しい広尾に、これは偶然ではないとわかる。
 もしこれが普通の友達だったら気恥しいながらも偶然会えたことを喜んでいただろう。予期せぬタイミングで友達に会えるのはテンションが上がる方だ。しかし相手が広尾だと嬉しさよりも「なんでここに」という恐怖が勝った。

「440円です……」
「はい」

 取り敢えず仕事をしなければと会計を進める。出された硬貨を受け取り、袋に本を詰めた。

「一応言っとくけど、わざわざここに来なくていいからな」
「え、日高がいる日しか来ないよ」
「……あのな、ここ本屋。俺とは大学で会えるだろ」
「まぁ、そっか……迷惑かけたいわけじゃないし」

 少し不服そうだが分かってくれたのか、広尾は頷くと本を受け取る。広尾に会いたくないというわけではないが、さすがに毎回来られたら店長も不思議がるだろう。他のお客の邪魔になる可能性もある。

「じゃあ、またな」
「あ、うん……頑張って」
「……ありがとうございましたー」

 名残惜しみながらも店から出ていく背を見送る。本当に広尾は俺の想像が及ばない予測不能な行動をとる。なるべく目立たずに、人との関わりを避けていた広尾。しつこいくらいに絡んでくるのは俺だからなのだと思うと、少しだけ、照れにも似たむず痒さが生まれた。
 しかしすぐにまた、驚きで固まることが俺を待っていた。



「日高くん、新人さん紹介するね」
「あ、はい」

 会計作業が落ち着いたところで店長が顔を出す。そういえば新しいアルバイトが増えることをすっかり忘れていた。歳が近ければいいなと思う俺に店長は近づいてくる。その後ろから新人もついてきた。

「こちら今日から入ってもらう広尾くん。日高くんと同じ学校なんだって」
「広尾です」

 思わず「嘘だろ」と呟いた。新人として紹介され、名前を名乗った広尾はまぎれもない、俺が知っている広尾だ。無言で呆けていると店長は広尾と俺を交互に見る。話がややこしくなる前に急いで口を開いた。

「……日高です」
「よろしくお願いします」
「……よろしく」
「イケメン店員ふたりになっちゃって、なんかこんなお店だと勿体無い気がしちゃうわぁ」

 広尾からの強い視線を感じながら黙る俺。その間で店長は明るく笑う。まだこの驚きを処理しきれないまま、はしゃぐ店長に愛想笑いを返した。
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