君がいい、どうしても

たがわリウ

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今はまだ

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「お疲れ様でしたー」
「お疲れ様です」
「はーい、気をつけてね」

 戸締りは店長に任せ店から出る。駅に向かって暗い夜道を歩き出した。もちろん隣には一緒に上がった広尾が並ぶ。

「夜になるとちょっと涼しくなるなー」
「うん。寒い?」
「いやそこまでじゃない」

 大学の近くだがもう授業もない時間帯だからか人通りは少なかった。春の終わりを感じさせる空気が心地よい。なんでもない夜なのに暗い中を広尾と歩くのは新鮮で、また胸の辺りがむず痒くなる。

「どうでした、初日は」
「日高と一緒にいられて楽しい」
「……そうですか」

 緊張したとか、難しかったとか、楽だったとかそういう言葉が返ってくると思っていた。間髪入れずに返ったのは俺が結びついている感想。心がフワフワとしてむず痒さが増加する。

「書店員の広尾、様になってたな。しっかりメモもとるし」
「先輩にお褒めいただき光栄です」
「できる後輩ですわー」

 俺といる時間を増やすためだけに応募したのかと思ったが、広尾はきちんと仕事をこなした。意外と言えば失礼だけど、軽い気持ちで始めたわけではないのだとわかる。まぁ考えてみたら広尾が軽い気持ちでバイトするなんてありえないけど。

「あ、猫」
「おー、野良か?」
「どうだろうね」

 道の端をゆっくりと猫が歩いていく。人に慣れている様子で、俺たちのことを気にもとめない。いつもと同じ帰り道なのに、今日は特別な気がした。

「なぁ、なんであの店にしたの。俺は大学近くの方が時給良かったけど、広尾の地元にはもっと色んなとこあるだろ」

 俺の場合、地元でアルバイトを探すとなると募集も少ないし、時給も安い。けれど広尾が住んでいる地域はそれなりに栄えているし、多くの募集があるだろう。
 ふとした疑問だったが、言ってからやらかしたかなと焦る。広尾の気持ちを知っている立場でこんなことを聞くのは、試していると捉えられてもおかしくない。

「日高とこういう時間を過ごしたかったから」

 言い淀むこともなくすぐに返ってきた答え。なんて事ないように言った広尾の目がこちらを向く。視線が重なると、何故か体が熱くなった。胸が引っ掻かれて痛みを生む。
 俺の焦りなんて知らない広尾。俺はすぐには言葉を続けられず、意味もなく前髪を弄る。
 嬉しいって言ったら、もうこの時間は終わってしまうのだろうか。

「それに日高のことを一秒でも見逃したくないし」

 いつもの調子の少し怖い発言。いや、広尾はずっといつも通りだった。俺だけがどこか浮ついていて、何かが変わりそうな予感を抱いただけだ。

「……だいなしなんだよなぁ」

 ため息を吐き、笑う。今はまだこの空気感を楽しんでいたいと思いながら、ざわめく心に見て見ぬふりをする。
 近づいてくる駅の光に目を細め、ゆっくり歩いた。
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