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先輩の秘密
⑤
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先輩は一つ深呼吸をした。
「近衛は覚えとるか?あの、8年前の5月31日に銀座で起きた暴走トラックの死亡事故」
「はい、大きな交差点で起きた。車から犯人が、泣きながら出てきたシーンは何回もニュース出たんではっきりと覚えてます」
「しつこいやんな、あのシーン流しまくるんのは」
先輩は、また一つ、言葉を途切れさせ、深呼吸をする。私の記憶にある限り、その事故は死者6人、負傷者20人と言う大規模かつ凄惨なものであった。
「まあ、そんなのはどうでもええんや。そんときうちら家族は銀座に買い物に来てたんや。妹の誕生日でな。年長さん祝いと相まって、おとん張り切っとったんや。奮発して銀座のケーキ屋さんとか、洋食屋さんとか、家族で楽しみにしとったんや」
言葉の端々から集められた情報で結末を想像する事が出来た私は、今この話をやめさせる事も出来たはずだった。しかし、私は、何も言わないで黙って、先輩の話を聞いていた。
「家族全員で数寄屋橋交差点を渡っとった。おとんとおかんは前歩いてて、うちは妹と手を繋いで後ろ歩いとった。丁度真ん中に差し掛かったぐらいやな、新橋駅方面の晴海通りからトラックが信号を無視して突っ込んできたんや。そんとき、うちのおとんとおかんな、必死にうちらを突き飛ばして、自分らは事故に巻き込まれてしまったんよ」
言葉の末尾、先輩は柔らかくて言っていたはずの言葉。私は、それを聞いた瞬間、全身の肌が騒つくのを感じた。そして、その一瞬が顔に出ていたのか、先輩は慌ててこう続ける。
「あ、すまん!こんな話聞きとぉ、ないよな!そろそろ練習に戻ろか!」
そう言って立ち上がろうとする先輩に、抵抗をする。
「聴かせて下さい。お願いします」
意外だったのか、その言葉に対する反応は行動と表情だけだった。再度、私の前に座った先輩は続けた。
「うちから聞いてやと言った手前、言いづらいんやけども。この話、あんま面白ないで?」
「構いません、聴きたいんです」
私の表情を見て、言葉を聞いた先輩は、柔らかい笑顔を見せた。
「ありがとうな。んで、さっきの続きなんやけどな。おとんとおかんは即死だった、何も出来ず、飛び散った2人を見て、脳のキャパが超えて妹は倒れ、うちは天が破れる様な程に泣き叫んだんや。それから、うちと妹は、孤児になったんよ。うちのおとんとおかんも元々施設の人やったもんで、親戚もおらんかってん。当時でうちは小一、妹は年長さんやったから。施設に連れてかれて、どうしよって、寂しいし、泣きたいし、返して欲しかったんや、全部、全部な。やけど、そう思う前に妹が泣いてな、姉であるうちは泣いたらあかん、まだうちに妹がおるんやって思ってたんや」
「強い、ですね」
それ以外の言葉が見つからなかった。
「・・・せやけど、ちいちゃいうちらには、何する力も無くて、只々、大人達がする事に対して従うしかなかったんよ。施設に入ってから、2年経ったぐらいやろか。うちと妹は、うちのせいでバラバラになったんや」
その言葉に隠された先輩の感情は計り知れなかった。
「だから、苗字が違うんですね。だけど、先輩に似た同級生なんて見たこと無いですね」
「えー、うちも結構整ってると思うてたが、自信過剰やったんか、恥ずいわー」
「あ、いや、先輩が可愛くないとは言ってないですよ?それより、妹さんも関西の方の人の訛りなんですか?」
「ちゃうで。うちら家族は元々千葉に住んどった。そんでうちは引き取り先が関西方面だった関係で、中学3年に上がって、今のおとんの転勤があるまで関西の方にいたからな。妹は標準語やで」
「んー、同級生に関西訛りがある子が居たから、その子かと思いましたけど、違うみたいですね」
私はこの話の核心に迫る質問をした。
「近衛は覚えとるか?あの、8年前の5月31日に銀座で起きた暴走トラックの死亡事故」
「はい、大きな交差点で起きた。車から犯人が、泣きながら出てきたシーンは何回もニュース出たんではっきりと覚えてます」
「しつこいやんな、あのシーン流しまくるんのは」
先輩は、また一つ、言葉を途切れさせ、深呼吸をする。私の記憶にある限り、その事故は死者6人、負傷者20人と言う大規模かつ凄惨なものであった。
「まあ、そんなのはどうでもええんや。そんときうちら家族は銀座に買い物に来てたんや。妹の誕生日でな。年長さん祝いと相まって、おとん張り切っとったんや。奮発して銀座のケーキ屋さんとか、洋食屋さんとか、家族で楽しみにしとったんや」
言葉の端々から集められた情報で結末を想像する事が出来た私は、今この話をやめさせる事も出来たはずだった。しかし、私は、何も言わないで黙って、先輩の話を聞いていた。
「家族全員で数寄屋橋交差点を渡っとった。おとんとおかんは前歩いてて、うちは妹と手を繋いで後ろ歩いとった。丁度真ん中に差し掛かったぐらいやな、新橋駅方面の晴海通りからトラックが信号を無視して突っ込んできたんや。そんとき、うちのおとんとおかんな、必死にうちらを突き飛ばして、自分らは事故に巻き込まれてしまったんよ」
言葉の末尾、先輩は柔らかくて言っていたはずの言葉。私は、それを聞いた瞬間、全身の肌が騒つくのを感じた。そして、その一瞬が顔に出ていたのか、先輩は慌ててこう続ける。
「あ、すまん!こんな話聞きとぉ、ないよな!そろそろ練習に戻ろか!」
そう言って立ち上がろうとする先輩に、抵抗をする。
「聴かせて下さい。お願いします」
意外だったのか、その言葉に対する反応は行動と表情だけだった。再度、私の前に座った先輩は続けた。
「うちから聞いてやと言った手前、言いづらいんやけども。この話、あんま面白ないで?」
「構いません、聴きたいんです」
私の表情を見て、言葉を聞いた先輩は、柔らかい笑顔を見せた。
「ありがとうな。んで、さっきの続きなんやけどな。おとんとおかんは即死だった、何も出来ず、飛び散った2人を見て、脳のキャパが超えて妹は倒れ、うちは天が破れる様な程に泣き叫んだんや。それから、うちと妹は、孤児になったんよ。うちのおとんとおかんも元々施設の人やったもんで、親戚もおらんかってん。当時でうちは小一、妹は年長さんやったから。施設に連れてかれて、どうしよって、寂しいし、泣きたいし、返して欲しかったんや、全部、全部な。やけど、そう思う前に妹が泣いてな、姉であるうちは泣いたらあかん、まだうちに妹がおるんやって思ってたんや」
「強い、ですね」
それ以外の言葉が見つからなかった。
「・・・せやけど、ちいちゃいうちらには、何する力も無くて、只々、大人達がする事に対して従うしかなかったんよ。施設に入ってから、2年経ったぐらいやろか。うちと妹は、うちのせいでバラバラになったんや」
その言葉に隠された先輩の感情は計り知れなかった。
「だから、苗字が違うんですね。だけど、先輩に似た同級生なんて見たこと無いですね」
「えー、うちも結構整ってると思うてたが、自信過剰やったんか、恥ずいわー」
「あ、いや、先輩が可愛くないとは言ってないですよ?それより、妹さんも関西の方の人の訛りなんですか?」
「ちゃうで。うちら家族は元々千葉に住んどった。そんでうちは引き取り先が関西方面だった関係で、中学3年に上がって、今のおとんの転勤があるまで関西の方にいたからな。妹は標準語やで」
「んー、同級生に関西訛りがある子が居たから、その子かと思いましたけど、違うみたいですね」
私はこの話の核心に迫る質問をした。
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