出会いが別れの始めなら

さむしんぐ

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先輩の秘密

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「妹さんには、会われたんですか?」
「昨日、会ったよ」

 昨日、それはさっきの話通り、妹さんの誕生日であり、梓先輩の両親の命日だ。

「せやけど、やっぱ、施設の時のうちの言葉がまだ引っかかってるんか、もはや他人様の態度やったんや」

 この後に続く話の中で俯いていた私。いつもならば、崩れる事がない先輩の笑顔に、綻びがあったのを最後に、顔を直視することができなかった。

「施設の時に何があったんですか?」
「んー、そこには妹バカなうちが居て、色々考えすぎてな。施設でもずっと、うちにひっついて離れなくてな。そんな時にな、今のうちのおとんが養子縁組を組むために施設に来てて、うちらを施設は紹介したんや」

 風が少し強く吹き、コンクリートの上を小石が転がる。

「今のおとんな、凄い良い人で、時間が経てば経つほど、うち自身はその人ならば、てな感じになってん。ただ妹はな、うちとならって、離れなかったんや。おとんならじゃ無くて、うちとならってな」
「ダメなんですか?」
「唯一の肉親で、大切な妹やからな。そら一緒に居たいんや。せやけど、今のおとんと関係が上手く行かなければ、合わないってことで引き取られるのも先送りになるんや。姉妹で引き取られる為には、妹を言い聞かせなあかんかった。せやから、うちは強くな、『我儘言う子は、お姉ちゃん、大嫌い!!』って」

 私自身に、その言葉の含意を推測するのは容易かった。しかし、少し思考を凝らすと判明するが、彼女らは小学校低学年の時点での会話と言うこと。私も同時期に同じ様な言葉を友人などに言われたとしたら、サンタクロースが存在していると言われ信じていた様に、素直に受け止めてしまう。

 タイミングもタイミングだ、姉を一途に想う妹は、この言葉をどう受け止めるか、私には推測することが出来るわけ無かった。

「妹さんはどうしたんですか?」

 旺盛な好奇心、飽くなき探求、危ないもの見たさ、出てくる限りの言い訳で、その先へとあっさりと歩み寄る。

「言った直後の顔は、なんと言うか、サンタの存在を裏切られた様な、何か大きな。察した様な、そんな表現し難い、だけど、今考えれば、あれは、私が言葉選びから何から間違えてしまったんやって。その後からは、妹はうちを避けて、せやから、うちも、妹に何度か謝りに向かって、やけど妹はうちをもう姉では無く、唯の他人の如く扱う。そっから一ヶ月近く経って、うちは施設の人と相談したんや。どうすればいいのかって、どうすれば良かったんやって。結果的にな、妹との仲は修復できんかった。最終的にうちは今のおとんの所に引き取られて行った。その後な、施設から連絡が来て、妹の引き取りが決まったことを教えてもらった。凄く安心して、心の荷が降りた気がした。妹がこっちの地方の家族に引き取られたらしい。それ以上は、何も聞かなかったんや。そんで、偶々、同じ地区の中学に通うことになった。これは奇跡やと思った。妹に会って、話をして、あの時のことを謝って、別々の家族だけど一緒に遊んだり、友達としてでもいいから何処かへ出掛けたり。そんな、姉妹なら当たり前のことがしたかったんや。今、6月1日やろ。うちの妹の誕生日がな、昨日やったんや。そこでな、サプライズを考えてな、放課後に妹がよく行く図書館の出口で待ってたんや。昔、大好きだったお菓子を大量に持ってな。せやけど、妹はうちが話し掛けて、放った第一声が『誰ですか?』だったんや。うちも、戸惑ったんやけど、あんたのお姉ちゃんや!って言うたら、『私には、貴方の様な姉なんていませんよ?』とマジな顔で言われたんや。うちは、その日、その場で色々頭ん中にあった、今後の事や今のこと、色々分からなくなって。その場から逃げる様に家に帰って布団に潜った。そんで、今日、あんま乗り気じゃあらへんけど部活は好きやし、みんなと会えば何とか気持ちが持ち直せるかと思ってな。練習に参加したんや」

 心の篝火が揺らめき、闇が深まる。昨日の出来事に辻褄が合った。図書館前の出来事は、全て事情があった。一度吐ついた言葉は、書き換えられない記憶として残る。

 先輩の話の末端から一間を置いて、私は、先輩の表情を久しく見た。何気なく、想像していた、泣きそうな顔、若しくは全てを悟った顔、そんなあたりだろうと。しかし、想像を遥かに凌駕していたのは、それを笑顔で語っていた事。私の目線は、先輩の表情を捉えてなかった。私自身が、話を聞く覚悟が無いのに話を聴いてしまった。

 酷く後悔する。

 最低限以上の笑顔を崩さず、自分の辛いであろう過去、そして昨日起きた、忘れるはずのない、癒えるはずのない傷の事を喋れる。そんな、覚悟を決めて話していた先輩の気持ちを、気付かないうち、私は路頭に咲く花を踏み潰すが如く、踏みにじったのだ。そして、潰されても尚、気にせずに綺麗に咲こうとして居る花の様なその笑顔に、私は酷く後悔した。私の目線を感じると、先輩は一瞬、何か意外なものを見る様な顔して、また笑顔に戻る。

 何故、そんな表情になったのか、私には分からなかったが、私の頭が温かい掌で撫でられ、それで、直ぐに判明した。

「なぁーに、泣いとるんや!あんたが泣く事ないやろ!」

 その言葉が、強く響く。私はいつの間にか涙を流していた様だった。

「すみません」

 そう言った私は、自分の手で涙を拭う。

「もう、大丈夫です」

 元の顔に戻った私を見て、先輩は掌を頭から離す。
 そして、膝払いと尻払いをしながら立ち上がった。

「この話は忘れてもええし、誰かに話してもええ。うちとしては、知られてマイナスになる点なんてあらへんから。だけど、この話をしたんはあんたが初めてや。不思議な話やろ」

 思わぬ事ばかりであった。先輩が私に何故この話をしたのか、最初の推測が恐らく間違っている事は分かるが、うまい着地点が見つからない。ただ、今抱く印象は、この先輩は清潔な水場であることには違いなかった。
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