7 / 8
先輩の秘密
⑦
しおりを挟む
「ほなそろそろ、休憩は終わりや。練習に戻らんと部長に、どやされるで。ほんま部長怖いねんから。ありゃ、尻がデカくて彼氏や夫を下に敷くタイプの人間やで」
先輩は、舌代にして隠しておけば良いことを言いながら、練習に戻ろうと誘う。ただ、その絶望的な状況下に私達が置かれて居ることを把握するのには、時間が要らなかった。
先に気付いたのは私の方だ。先輩の後ろに人が居ること、それが部長であることに気が付く。その段階で、私は先輩を諭そうする。
「先輩、後ろ」
「んー?後ろ?はよ行こうってことやんな?そーんなせかさんでもええやないのぉー。ゆったり戻ろうや!部長はいらちやけども飴ちゃんあげとけば許してくれるや・・・ろ?」
喋りながら陽気に踵を翻した先輩は、笑顔で待っている部長と鉢合わせる。先輩は一歩だけ後退りをしたあと、部長が口を開く前に、しゃべりのアドレナリンが溢れ出したのか多弁を振るう。
「いやー、けったいなことで休憩時間が勝手に延びて大変やったわぁ。あ、部長さんやないですか。今日もそのベリーショート、ばり似合ってますよ!え?さっきうちが言ったいらち?あれはモノの例えで髪型です!分かります?あ、部長さん今日は可愛い柄の下掛けですねぇ。なんて言うんですか?幾何学模様?いやー、学年一位の脳味噌を持つお人は下掛けですら選ぶセンスが抜群で、頭上がりませんわ!って、何するんですか!」
部長は先輩の耳を掴みながら、こちらに視線を向ける。私は体を強張らせ、何を言われるのだろうと考える。
「近衛は先に道場に戻っていいよ」
その言葉を聞いた時点で、部長があまり怒ってはいないと言うこと、先輩は部長のお仕置きを喰らうと言う事の二つが分かった。
「え、ちょ、部長?うちも、そーろそろ、練習に戻りたいんやけど?」
「梓、少しばかり2人でゆっくりと話そうか」
「あ、いやー、うち今日は羽分け以上が確定している日なもんで、せやからうちも練習に戻ったほうがいいかなぁって思うんですけど」
「まあ、最後の立射には間に合うからそこで思う存分な」
「近衛ー!助けてくれ!このえー!」
私は、先輩の叫び声を背に道場に戻る。私の通う学校には弓道場がある。試合で使われる道場よりは狭く、大前、中、落ちの三人立ち。
「失礼します」
弓道部の決まりで、道場の入り口を開ける際にはこの言葉を言わなければならない。練習は最後の立射の前の自由練習時間で、相当長い時間話してたんだなと実感する。
「遅かったっすね、近衛先輩、何処行ってたんすか?」
射場前の自由空間で、素引きをしている後輩が話し掛けてきた。
「梓先輩と話し込んでたら、こんな時間になってた」
「いーなぁ、あんまりにも帰ってこなかったから、部長が探しに行ったっすよ?」
「その部長に見つかって、私だけ無事生還」
「確かに、梓先輩はどうしたんすか?」
「部長のお説教」
「oh...」
後輩が引くのは、並寸の8kg、素引きには適している。ゆっくりと進む後輩の素引きの中、私は他の同級生よりも大分早い段階で的前に立ち弓を引くことが出来ている事に対して疑問を抱いた。
弓を素引く後輩がそこ迄に要した練習期間が2ヶ月なのに対して、私は基礎練が経った二ヶ月でよかったのかも心配になるのだ。まあ、それも、一年経ってある程度の自信はついているが、後輩を見る度に思うのだ。自信があるのは、心の持ちがしっかりしている時に限るが。ちらりと覗いた射場は混み合っており、しばらく空きそうにも無いので後輩の射形を見ることにした。
そして、暫くたって、立射が行われる時間になり、その頃になると先輩と部長が戻って来た。立射を行うのは三人一組で、基本的にメンバーはランダムに割り当てる。例外として後ろに逸れる人や前に逸れる人は、それぞれ危険を回避するため大前と落ちに分けられる。
順番が最後の立射で、私は偶々、部長と、そして再び、梓先輩と同じ立ちとなった。部長が大前で、梓先輩は中、私は落ち。黙々と進む立射の中、部長が一本目を中て、梓先輩も同じく一本目を中てた。
梓先輩は、明らかに早練の時とは違う。梓先輩はいつもの綺麗な射形を体現する。私は、どうしても、全てのことが気になった。考えてはいけないと、そう分かっていても、憶測の上で、先輩の心情や、隣のクラスの楓花が気になって、気になって、気になって、気になって、気になって、気になって、気になって・・・。
「近衛!しっかりせんかい!」
緩む物見に届く声。型破りな先輩は足踏みを崩さず、体を捻って私の射形を指摘する。
「え、あ!はい!」
「しゃきっと!そんな前屈みじゃ!自然に力は伝わらん!」
巡り巡る頭の中、場違いに響く梓先輩の声は、心の芯を整えるのに十分だった。
「もっと!弓手をしっかり押す!」
言われた通りに身体を任せ、先程までの疑念より、今受けている指導に思考を向ける。会の段階を経て、勝手が外れる。的上約1cmと言うところを捉え、矢は的を叩いた。
結果的に、私は残念、梓先輩は羽分け、部長は三中であった。練習が終わり、皆が帰宅しようとする中、私は、ある場所は向かう事にした。
先輩は、舌代にして隠しておけば良いことを言いながら、練習に戻ろうと誘う。ただ、その絶望的な状況下に私達が置かれて居ることを把握するのには、時間が要らなかった。
先に気付いたのは私の方だ。先輩の後ろに人が居ること、それが部長であることに気が付く。その段階で、私は先輩を諭そうする。
「先輩、後ろ」
「んー?後ろ?はよ行こうってことやんな?そーんなせかさんでもええやないのぉー。ゆったり戻ろうや!部長はいらちやけども飴ちゃんあげとけば許してくれるや・・・ろ?」
喋りながら陽気に踵を翻した先輩は、笑顔で待っている部長と鉢合わせる。先輩は一歩だけ後退りをしたあと、部長が口を開く前に、しゃべりのアドレナリンが溢れ出したのか多弁を振るう。
「いやー、けったいなことで休憩時間が勝手に延びて大変やったわぁ。あ、部長さんやないですか。今日もそのベリーショート、ばり似合ってますよ!え?さっきうちが言ったいらち?あれはモノの例えで髪型です!分かります?あ、部長さん今日は可愛い柄の下掛けですねぇ。なんて言うんですか?幾何学模様?いやー、学年一位の脳味噌を持つお人は下掛けですら選ぶセンスが抜群で、頭上がりませんわ!って、何するんですか!」
部長は先輩の耳を掴みながら、こちらに視線を向ける。私は体を強張らせ、何を言われるのだろうと考える。
「近衛は先に道場に戻っていいよ」
その言葉を聞いた時点で、部長があまり怒ってはいないと言うこと、先輩は部長のお仕置きを喰らうと言う事の二つが分かった。
「え、ちょ、部長?うちも、そーろそろ、練習に戻りたいんやけど?」
「梓、少しばかり2人でゆっくりと話そうか」
「あ、いやー、うち今日は羽分け以上が確定している日なもんで、せやからうちも練習に戻ったほうがいいかなぁって思うんですけど」
「まあ、最後の立射には間に合うからそこで思う存分な」
「近衛ー!助けてくれ!このえー!」
私は、先輩の叫び声を背に道場に戻る。私の通う学校には弓道場がある。試合で使われる道場よりは狭く、大前、中、落ちの三人立ち。
「失礼します」
弓道部の決まりで、道場の入り口を開ける際にはこの言葉を言わなければならない。練習は最後の立射の前の自由練習時間で、相当長い時間話してたんだなと実感する。
「遅かったっすね、近衛先輩、何処行ってたんすか?」
射場前の自由空間で、素引きをしている後輩が話し掛けてきた。
「梓先輩と話し込んでたら、こんな時間になってた」
「いーなぁ、あんまりにも帰ってこなかったから、部長が探しに行ったっすよ?」
「その部長に見つかって、私だけ無事生還」
「確かに、梓先輩はどうしたんすか?」
「部長のお説教」
「oh...」
後輩が引くのは、並寸の8kg、素引きには適している。ゆっくりと進む後輩の素引きの中、私は他の同級生よりも大分早い段階で的前に立ち弓を引くことが出来ている事に対して疑問を抱いた。
弓を素引く後輩がそこ迄に要した練習期間が2ヶ月なのに対して、私は基礎練が経った二ヶ月でよかったのかも心配になるのだ。まあ、それも、一年経ってある程度の自信はついているが、後輩を見る度に思うのだ。自信があるのは、心の持ちがしっかりしている時に限るが。ちらりと覗いた射場は混み合っており、しばらく空きそうにも無いので後輩の射形を見ることにした。
そして、暫くたって、立射が行われる時間になり、その頃になると先輩と部長が戻って来た。立射を行うのは三人一組で、基本的にメンバーはランダムに割り当てる。例外として後ろに逸れる人や前に逸れる人は、それぞれ危険を回避するため大前と落ちに分けられる。
順番が最後の立射で、私は偶々、部長と、そして再び、梓先輩と同じ立ちとなった。部長が大前で、梓先輩は中、私は落ち。黙々と進む立射の中、部長が一本目を中て、梓先輩も同じく一本目を中てた。
梓先輩は、明らかに早練の時とは違う。梓先輩はいつもの綺麗な射形を体現する。私は、どうしても、全てのことが気になった。考えてはいけないと、そう分かっていても、憶測の上で、先輩の心情や、隣のクラスの楓花が気になって、気になって、気になって、気になって、気になって、気になって、気になって・・・。
「近衛!しっかりせんかい!」
緩む物見に届く声。型破りな先輩は足踏みを崩さず、体を捻って私の射形を指摘する。
「え、あ!はい!」
「しゃきっと!そんな前屈みじゃ!自然に力は伝わらん!」
巡り巡る頭の中、場違いに響く梓先輩の声は、心の芯を整えるのに十分だった。
「もっと!弓手をしっかり押す!」
言われた通りに身体を任せ、先程までの疑念より、今受けている指導に思考を向ける。会の段階を経て、勝手が外れる。的上約1cmと言うところを捉え、矢は的を叩いた。
結果的に、私は残念、梓先輩は羽分け、部長は三中であった。練習が終わり、皆が帰宅しようとする中、私は、ある場所は向かう事にした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる