先生と千鶴

三糸タルト

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千鶴と私

千鶴

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千鶴ちづるは私のことを先生と呼ぶ。

だが私は教師でも、医者でも、ましてや政治家などではない。
仕事の傍ら趣味で文章を書き散らす中年に過ぎない。それも官能小説というとても親類には明かせない内容だ。

幾度か書籍化こそしたが、似たような、それでいて質の良い他所の作品の影に埋もれていった。
つまり、先生と呼ばれるような大層な地位にはいないということだ。
「よしてくれ」と何度か頼んだが、彼女は頑なにそれを拒否した。

「私は先生の作品が大好きで尊敬してるんです。だから先生は先生なんですよ」

千鶴は散らかった私の部屋を勝手に片付けながらそう言う。

「作品を完成させられるだけでも尊敬に値するほど凄いのに、あの官能描写の美しさ、艶かしさ、切なくてほろ苦い恋愛の最期が堪りませんわ」

「そんな風に私のエロ小説を評価するのは君くらいですよ。ヌケるが暗いやら鬱展開が多いやら、評判は散々です。
それでもこれしか書けないんだからどうしょうもないんですがね」

千鶴は変わった娘だ。そもそも今年36歳にもなるような中年男の家に上がり込んで女房の真似事をする18歳の子が変わり者でないわけもないのだが。

「ふふ。いいんですよ、それで」

千鶴の笑顔はあどけなく愛らしい。白くすべすべした肌にぽこりとえくぼが現れ、薄く小ぶりな唇から少し大きな前歯が覗く。
幼い顔つきではあるが美人の部類だと思う。
しかし若々しく艶のある綺麗な髪は簡単に後ろでまとめられ、ゆったりとしたラフな黒いワンピースを着ており、元が良いだけにその地味な格好は少し勿体ないように思われた。
もう少し若者らしいお洒落をすれば、良い男がいくらでも寄ってくるだろうに。

まあ、それが出来ないタチだからこんなところにいるのだろう。

詳しいことはよく知らないが、大学には行かずに喫茶店のウェイトレスをして生計を立てているらしい。そして彼女自身もまた小説家を目指していると言っていた。しかしいつも途中で挫折し、未だ完成に至った作品はひとつもない。
彼女の途中まで書いた作品を「中々面白かったのにな」と思い出しながら煙草に火をつけた。

「あっ、先生たらまた煙草なんて吸って」

千鶴はぷくうと頬を膨らませて怒る。ほぼ無意識についその柔らかい頬を触ると、先程までのしかめた顔はすぐに溶け、撫でることを要求する猫のようにすりよる。くるりとした黒目の大きな丸い瞳だ。
千鶴の瑞々しい滑らかな肌に、私のふしくれだったキメの粗い手は不釣り合いだ。しかしその一種汚すような感覚が、時折私を強く欲情させる。
指を滑らせ、小さな唇を撫でると千鶴はさっと目を伏せる。
しばらく好きに触っていたが、ついに千鶴は小さな声で、

「たばこ…」

と言った。
私は火をつけたばかりの煙草を灰皿に押し付け、両手で彼女の頬を包むと唇に吸い付いた。
下唇をじっくりと食み、彼女がぐっと袖を掴んできたところで舌をねじ込み絡める。
そうするとすぐに千鶴の身体は熱く火照り汗ばみ始めた。そのあたりで舌を離し、頬や耳に軽い口付けを繰り返す。
彼女がどうすれば興奮するのか、私は知っていた。

「先生…っ」

「なんですか」

わざと惚けて見せると、困ったような熱のこもった目をじっと向けてくる。
何か言いたげだが顔を赤くするばかりの千鶴に、私の加虐心がくすぐられる。

「私に触られて発情しちゃったんですか?」

先にその気になったのは自分なのにずるい質問だと思う。それでも純粋な千鶴は私の胸に顔を埋めると無言でこくりと頷き、私の支配欲と独占欲を大いに満たす。
彼女の身体を優しく撫でながらゆっくり押し倒した。

千鶴とこうした関係になってから、実はまだそう日は経っていない。
しかし、元から私の小説なんかを読むような子だ。快楽を覚えるまでに時間はそうかからなかった。
彼女の可愛らしい嬌声を聞きながら心のどこかでいつも思う。
いつか私は若い彼女を誑かした「薄汚れた思い出」になるのだろうなと。それでも私は、己の欲望のために千鶴の若い身体を貪った。
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