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第六十五話 名も無き盗賊の事情
しおりを挟むクランベリーさんはレシルさんから手渡された資料を片手にグレゴールさんたちに詰問する。
「そこのフリントから報告があったわ。あんたたちは――――強かったと」
「……それがなんだ?」
「王都の騎士団にもたらされていた情報では、騎士崩れのあんたはともかく配下の三人はかなり弱いという話だった。それこそダブル。二重刻印になっていないほどにね」
それは可笑しい。
彼らは、少なくともニクラさんは第三階梯まで到達するほどの強さだった。
「その点についてはウルフリックとクライには謝罪させて欲しい。私は彼らがそれほどの強さをもっているとは思っても見なかった。それこそ、タズとロットをすぐに倒して二人の加勢に行くつもりだった」
フリントさんならグレゴールさんは自分が相手するといってもおかしくなかった。
それで、ウルフリックが指示した通りに戦っていたのか。
「実際は予想以上の強さに足止めされてしまって禄に援護もできなかった。……済まなかった」
「まあ、下級騎士だからしょうがねぇな」
「だから下級騎士だが、フリントだ!」
深く頭を下げるフリントさんにウルフリックが突っかかる。
なんだかいつものやり取りでほっとしてしまった。
「それより、情報が操作されている可能性がある」
クランベリーさんは二人を無視して断言した。
「ダオルドからの指名手配の書類には、確かにあんたたちの実力について書いてある。それが間違っていた。地方の都市は基本は領主の戦力が守っているから、情報が食い違うこともある。だけど、あんたたちのカルマは黄色だった」
「黄の犯罪者ならその罪は軽犯罪相当ということです。何度も悪意をもって犯罪を繰り返した者は、必ず赤の犯罪者になるはず。……貴方たちが悪意をもって犯罪を犯した訳ではないなら、何かそうせざる事情があったのでは?」
クランベリーさんの言葉をレシルさんが補足する。
事情……。
クランベリーさんには妄想と切って捨てられたけど、やはりなにか理由があるのか。
「事情があるならいま言いなさい。ああ、ちょっと待って。……確かあんた『真偽判定』が使えるはずよね」
「ん」
あまり自ら話さないフレンダさんに代わり、シスタークローネのしてくれた説明では、フレンダさんは教会でも数少ない嘘を見抜くことができる『真偽判定』が使えるらしい。
(ただの変な奴その一じゃなかったんだな)
「じゃ、【審理の瞳:真偽判定】」
「これであんたの発言に嘘が混じっていたとしても、この子が見抜く。さあ話して」
「……俺は騎士団に所属していた。といっても王都の綺羅びやかな騎士じゃない。領主の任命するある都市のしがない騎士だった」
「地方騎士、辺境騎士とも呼ばれる。領主の名の元に身分を保証された騎士ですね」
レシルさんの説明では、王都の騎士が国に忠誠を誓うのに対して、地方の騎士はその領地の主に忠誠を誓うそうだ。
「俺は半端者だ。騎士団の訓練にすらついていけず、追い出されるようにその都市を出奔した」
ウルフリックと戦う強さを見ていたら、とてもそうとは思えない。
当時は弱かったということかな。
「騎士団を辞めた後はただ冒険者として各地を彷徨うだけだった」
「あっしらはお頭に拾ってもらったんでやす」
「……お頭がいなければ今頃野垂れ死んでた」
グレゴールさんはそのときのことを懐かしむように三人を眺める。
だが、次に発した言葉には少しの険を感じた。
「知ってるか? 故郷もなく、帰る所のない、両親を魔物に殺された子供がどうなるか」
「なに、突然?」
「運良く誰かに拾われればいい。旅人でも冒険者でも商人でもそりゃあ良い奴もいる。近くの街や都市に届けてくれるだろうさ。だが、都市の外で誰にも出会わずに生き残っちまった子供はどうなる」
誰にも出会えない。
それはとても孤独で耐え難いものだろう。
その場で不安に押し潰されてしまってもおかしくない。
「コイツらはそんな……運のなかった奴らだ」
「!?」
全員が息を呑んだ。
「身分を保証する物もなく、生活の当てもない、子供が知らない土地でどう生きていけばいい。残された場所も悪かった。碌な街道もなく、冒険者も寄り付かない狩り場から離れた土地。生き残れたのは同じ境遇の三人が揃っていたのと、ニクラの天成器の生命探知の範囲が広かったお陰だ」
「あっしらは同じ商隊の子供の集まりでやした。いまの坊っちゃんたちより少し年下くらいの歳でやすかね。まだ、親の仕事も禄に理解しやせんで、知識もないのに冒険者になるんだと意気込んでいるだけのガキでやした」
ニクラさんもタズさんもロットさんも悲しそうに俯いていた。
まるで自分たちがもっと強ければ家族を守れていたのにと後悔するように。
「……あんたはそんな連中を見つけたのね」
「俺がコイツらを見つけたのは……まあ、偶然だな。魔物の恐怖に怯え、毎日を三人で助け合って生きていた。交代で夜通し警戒し続け、どれくらいの月日がたったのかもわからなくなった頃、俺が現れたそうだ」
障壁の外に居続けるのは辛いことだ。
狩りのときにはテントを張って森に泊まることもあったけど、それでもそれは見知った土地やミストレアがいたからであって、行く先もわからない終わりのないものほど怖いものはない。
「俺はコイツらを見捨てられなかった。身分証もないコイツらを冒険者にして一端に戦えるように鍛えた」
「ん、鍛えただぁ?」
「お頭は、俺たちに戦い方を教えてくれた」
「私たちはお頭がいなければ、今頃は魔物の餌になって骨も残らなかったでしょうね」
タズさんとロットさんは感謝の眼差しでグレゴールさんを見詰めている。
(コイツらの親代わりだったのか……慕われる理由があったんだな)
「冒険者として致命的な問題もあったが、それから何年かたってダオルドに流れ着いた」
「……致命的な問題?」
クランベリーさんが怪訝な顔をする。
グレゴールさんはそれでも話を進めた。
「ダオルドで俺たちは信じられないものを見た。孤児院だ。それもニクラたちのような身元もわからない子供たちでも育てる個人で営んでいる孤児院」
「通常孤児は教会に引き取られることが多いはずですが、個人経営とは珍しいですね」
「そこは院長先生の人徳で経営しているようなもんだった。寄付してくれる住民や冒険者も多くいたが、当然経営は厳しい。死者こそでないが、貧しい暮らしなのはわかった」
グレゴールさんはそれでも孤児たちは楽しそうだったという。
行き場のない自分たちを拾ってくれた院長先生と一緒に過ごす日々を楽しんでいたと。
「その孤児院の土地を狙っている奴がいた。悪い噂の絶えない奴だ。そいつは孤児たちが貧しい暮らしでいるのは可哀想だと抜かしやがった。金にあかして孤児院を潰そうと画策していたんだ」
「残念ながら教会も万能ではありません。全ての人を子供たちを救うのは難しい。きっと子供たちの居場所になっているその孤児院にダオルドの星神教会も感謝していたはず。そんな場所を失くしてしまおうとするなんて」
シスタークローネが悲しそうに呟く。
「孤児たちの境遇はニクラたちと一緒だ。そんな子供たちを見捨てられなかった。……俺たちはそいつから金を盗み、孤児院に匿名で寄付することに決めた」
(自分たちと重ねてしまったんだな)
「手配されたのはその時だろうな。そいつの私兵を何人もぶっ飛ばした」
「ですが、決して殺しはしてやせん」
グレゴールさんの罪の告白をニクラさんが弁明するが、彼はそれを目で制して続ける。
「俺たちは浅はかだった。孤児院のためになるなら、犯罪者になっても構わないとタカをくくっていた」
「初めはただ強くなるためだけだった鍛錬が、いつしか逃げるためだけの鍛錬になっていた」
「孤児院で暮らす子供たちを遠目で見ても罪悪感しか感じなくなっていた」
「いつの間にか孤児院を潰そうとした商人だけじゃない他の関わりのある商人、金持ち連中に対してまで盗みの範囲を広げていた」
「自分たちのしたことに疑問を持っていた」
「この世界は犯罪者に優しくない。そりゃあそうだ。カルマという形で審理の神から否定されてるんだからな。犯罪者として誰からも後ろ指を刺されるようになってそれを実感していた」
グレゴールさんはそこで言葉を切る。
苦悩と苦痛の混ざりあった後悔の言葉だった。
「俺たちを追う騎士たちは名前なんて聞かねぇ。だだの盗人で泥棒で犯罪者だ。名前なんか……ないんだ」
悲しい慟哭だった。
「お前らに出会って良かったよ。俺たちもいつかは止まらなくちゃいけないと心のどこかではわかっていたんだ」
「……」
言葉を発せなかった。
慰めの言葉すら思いつかなかった。
そんな中、クランベリーさんがフレンダさんを見る。
「……ながい」
「……真偽は?」
「ほんと」
「フレンダ、無理をさせてしまいましたね。ありがとう」
シスタークローネが疲れ切ったフレンダさんを抱き抱えて介抱する。
『真偽判定』もエクストラスキルな以上、EPを相応に消費するのだろう。
額に汗を浮かべたフレンダさんはその場にへたり込むように座る。
「……そう、一応裏付けは取るけど、この証言は証拠として残しておく」
「孤児院を潰そうとした商人が怪しいですね」
「ええ、その商人がダオルドの領主に偽りの報告をした可能性もある。調べる必要があるようね。……私から第五騎士団にも話を通しておく。レシル、フリントと一緒にダオルドに調査しにいきなさい」
「お前が他の騎士団と連携しようだなんて珍しいな!」
「なに、悪い」
「いや、悪くない」
レシルさんと話すクランベリーさんを、ニヤニヤと笑うイーリアスさんがからかう。
「わ、私も行くんですか?」
「当事者なんだから当たり前でしょ。何言ってんの?」
「いえ! ありがとうございます!!」
フリントさんが深く頭を下げる。
グレゴールさんたちの今後を心配していたから、この調査は渡りに船だったようだ。
お礼をいう言葉が心なしか弾んでいた。
「……調査してくれるのか?」
「なに、不満?」
「ふ、不満なんてない。ただ……俺たち犯罪者の言うことを信じるのか?」
「グレゴール・タイラム。あんたの嘘偽りのない言葉はもう聞いた。それで動かなかったら騎士団じゃないでしょ」
「あ、あぁ……」
「ちょっと泣かないでよ。私が悪いみたいじゃない。まだ、結果はでてないんだから早合点しないでよ」
(あの女もいいところがあるじゃないか)
「と、ところで、あんたたち刑期を終えたらどうするつもりなの」
「? なんでそんなことを?」
「刑期を終えたら犯罪者じゃないんだから、その後のことを考える必要があるでしょ。よ、よかったら――――」
「そうだ! お前ら、うちの騎士団にこいよっ!!」
「な!?」
「――――はぁ?」
イーリアスさんの勧誘の言葉にも驚いたけど、クランベリーさんの先にいわれたの顔がすごいな。
「イ、イーリアス、あんた関係ないでしょ! なんで突然そんなことを!?」
「だってコイツらいい奴そうじゃん。最初から騎士にはできないけど、見習いから始めればいいし」
「な!? なんで私と同じことを考えて……」
「ま、待ってくれ! 俺たちを騎士団に入れるつもりなのか!?」
場に混乱が広がる中、堪らずグレゴールさんが声をあげた。
「だってうちは突撃しかできねぇけど、メンバーはいつでも募集中だから」
「フリントが強かったって報告してきたんだから、勧誘くらいするでしょ」
「だ、団長ぉ」
フリントさんがクランベリーさんの不意打ちの言葉に感動している。
勧誘合戦が激化し始めたとき、グレゴールさんが二人を制止する。
「……申し出はありがたいが、それを素直に受ける訳にはいかない」
「なんでよ」
「……俺たちは盗賊だったんだぞ。少なくとも手配の厳しくなったダオルドを飛び出して、王都でした盗みは、釈明の余地のない俺たちの罪だ。そこのネックレスを奪っちまったお嬢ちゃんも許しはしないだろう」
グレゴールさんはそういってミリアを見る。
彼女は一切の怯えを見せずに答えた。
「私は許します」
「……なぜだ? 辛い思いをしたはずだ?」
「貴方たちはお母様のネックレスを盗みました。私はとても怖い思いをしました。大切なものが奪われて帰ってこない不安が胸の内に溢れて苦しかったです。……でもそれは貴方たちも同じでした。そして、苦しい中でもなにかできないかと藻掻いた結果、こんな形になってしまった。だから私は許します。――――私が許したいから」
「諦めろ、おっさん。ミリアはオレの自慢の妹だ。……結構頑固だぞ」
「あ、あっしはこんなお嬢ちゃんから盗みを……」
ミリアの言葉は彼らの心を溶かしつつあった。
だがそれでもグレゴールさんは頑なだった。
そして、ゆっくりと語りだす。
「……だが、もう一つ致命的な問題がある」
そのときのグレゴールさんたち四人の苦い表情は忘れられないものだった。
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