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第七十三話 課外授業と再会
しおりを挟むあれから、一週間ののち。
王都北東『迷わずの森』。
この森の植生は独特で、幹の太い樹木こそ乱立するものの、見通しの悪い藪や背の高い植物は生えていない。
毒草や鋭利な葉や棘を有する植物は少なく、危険な地形もない。
天候は一年中安定し、濃霧や長雨にはなることは滅多になく、しかも森の要所要所には現在地がわかるように目印が一定間隔でつけられている。
半ば人の手によって管理されたこの森の様相から、“半人工の森”とも呼ばれ、危険度の低さから初級冒険者のみならずトルンティア王立学園の一年生の課外授業にも利用される。
朝早くから馬車に揺られてそこにたどり着いた俺たちは、拠点となるテントを張っていた。
野営の準備も一通り終わっると、レリウス先生がクラスの全員を集める。
「これから課外授業を行う訳だが、事前に通達してあった通り、四人ごとの班に別れて行動してもらう。一週間はその班で共同生活を送ることになる。仲良くするように」
同じ班を組んだのはエクレア、マルヴィラ、セロの四人。
例に漏れずマルヴィラが主導で集めてくれたメンバーは、学園でも一緒に行動することの多い気のおけない仲間だ。
ウルフリックはいつぞやのように委員長のベネテッドと同じ班になるようだ。
ベネテッドから強引に誘われ、渋々ながらも了承していた。
一方ミケランジェはあまり話したことのない上品な話し方をするエルフの少女と、プリエルザが一緒のようだ。
「なぜワタクシがこんなところに……しかも、従者を連れてきてはいけないなんて理不尽ですわ……」
そのプリエルザだが、いつもの自信満々な態度はどこえやら、すっかりと意気消沈してしまっている。
その理由はやはり本人の言う通りこの課外授業に従者を連れてこれなかったからだろう。
いつもならプリエルザにはお付きの従者の人が二人いる。
落ち着いた雰囲気のエルフの女性と兎の獣人のラパシュさん。
傍目から見てもプリエルザに心酔しているラパシュさんがこの場にいればプリエルザを必死で励ましていただろうけど、この場に姿は見えない。
同様にエクレアの従者であるイクスムさんもこの場にはこれなかった。
……まあ、イクスムさんのことだから、こっそりこの森までついてきているような気もするが、取り敢えずは近くにいる気配すらない。
「プリエルにゃ! 元気出すにゃ! 従者の人たちがいにゃいで心細いかもしれにゃいけど、ここには私たちがいるにゃ!!」
「でも……ワタクシあまり魔物と戦った経験がありませんの。御屋敷以外に外泊したこともありませんし、こんな森の中で一体どうすれば……」
「心配することないにゃ! 魔物なんて片っ端から殺していけばいいにゃ! 周りの敵さえ殺し尽くせば後はどうとでもなるにゃ!!」
「そうですわ! ここはワタクシの華麗なる魔法の数々を披露する時! ミケランジェさん、一緒に魔物共をぶち殺しますわよっ!!」
「やるにゃーー!!」
ミケランジェが励ましていて微笑ましい光景だなと思っていたのに、いつの間にか物騒な話になっている。
……聞かなかったことにしよう。
(ミケランジェのにゃが多いな。……今日はファンサービス多めなんだな)
若干見てはいけないものを見てしまった気もするけど、気を取り直しレリウス先生の話に耳を傾ける。
レリウス先生はこのあとの課外授業で指導してくれる冒険者の人たちを紹介してくれるようだった。
「こちらがお前たちに一週間付きっ切りで指導してくれる冒険者の方々だ。今日の朝もお前たちの馬車の護衛を務めてくれた訳だが、改めて紹介しておく。まず――――」
「この先にゴブリンが二体いるッス。警戒するッスよ」
目の前を歩く人物の腰辺りから伸びるふさふさとした尻尾が揺れる。
彼女の背後を姿勢を低くしてついていく。
「あれッス。一体は周囲を警戒してキョロキョロとしてるッスけど、もう一体は仕留めた動物の死骸に喰らいついて警戒が緩くなってるッス」
「うあ……口元が血だらけになってる」
「こういう時はまず周囲を警戒している方から倒した方がいいッス。素早く警戒している相手から倒してしまえば、油断している方は煮るなり焼くなり好きにやれるッス」
頭の二対の犬耳をピコピコと動かしながら、彼女は木陰に隠れているマルヴィラとセロを呼び寄せ、魔物討伐のための指導をする。
「さあ、あの無防備な背中目掛けて魔法を放ってみるッス。あ、できるだけ速度の早い魔法の方が気づかれにくいッスよ」
「ごくっ……」
緊張したマルヴィラが唾を飲む。
「セロはマルヴィラの魔法がゴブリン目掛けて放たれたら、後を追うようにゴブリン目掛けて突撃するッス」
「は、はい」
セロはすでにその手に天成器を起動していた。
白銀の片手剣と騎士盾の二つで一つの天成器。
「心配しなくても最低限のフォローはするッスから遠慮なく戦うッス。……じゃあ、ハンドサインで数えるッスよ」
緊張が場を包む。
「……」
垂直に立てられていた右手がゴブリンの方向に倒された。
攻撃の合図。
「【フリージングバレット3】」
「――――っ」
マルヴィラの冷魔法の弾丸が警戒態勢のゴブリン目掛けて放たれる。
同時、セロが隠れていた木の影から勢いよく飛び出し駆ける。
「ギャッ!?」
ゴブリンの短い悲鳴。
青いモヤの弾丸が当たった直後、ゴブリンの緑の小柄な身体が徐々に凍結していく。
「……ギャ……ィ」
体表が白く染まり、凍結が広がっていく。
僅かなときをおいて警戒態勢だったゴブリンは、身じろぎもできないほど全身を凍りつかせていた。
「だああぁぁーー!!」
セロの気迫の籠もった斬撃が、動物の死骸から顔をあげたばかりのゴブリンの首を刎ねた。
勝敗は一瞬にして決着していた。
「マルヴィラもセロもなかなかいい動きだったッスよ。とても魔物と戦った経験が少ないとは思えないくらい思い切りが良かったッス」
「そ、そうですか?」
「えへへ、ありがとうございます」
マルヴィラとセロがララットさんの称賛に笑顔を浮かべながら照れている。
そう、ララットさん、だ。
「マルヴィラの魔法は珍しいものですが、よく使いこなせているようですね。そうですね、魔法因子も覚えると攻撃の幅が増えますよ。良ければ私がこの課外授業の間に付きっ切りでお教えします」
「サラウの話は長くなるからな。二人とも話を聞くつもりなら注意した方がいいぞ」
マルヴィラの独特な魔法に興味を示す若干興奮気味なサラウさんに、その魔法講義の長さを知っているからか呆れ顔で注意を促すイザベラさん。
「マルヴィラのお嬢もセロの坊主もまだまだだな。な、そう思うだろ。クライ」
振り返りながら問いかけてきたのは、黒い艷やかな髪に自信の満ち溢れた表情の女性。
模擬戦では終始圧倒され何もできずに敗北した人。
別れのときにお礼と冒険者の方が合っているといってくれた人。
カルラさんが目の前で笑いかけてくれる。
あの日バヌーの街で別れた〈赤の燕〉の皆さんがこの場に揃っていた。
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