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第八十一話 城塞を崩す矢と両断する剣
しおりを挟むプリエルザの何もかも壊してしまう一手。
その準備を行うためには時間を稼ぐ必要がある。
セロという新たな前衛が加わり、プリエルザの抜けた穴を完全ではなくとも埋めることが可能になった。
それでもトールマンティスの驚異は依然として健在。
俺たちは四m近い巨体で縦横無尽に動く相手を前に、守りを固めるのではなく積極的に攻撃を行うことでさらなる時間を捻出する。
「まずは私にゃ! マルヴィにゃ! あのドデカイ奴を浮かせるにゃ! 次を頼むにゃ! 【闘技:楼華発勁】!」
トールマンティスの足元に潜り込んだミケランジェの、銃の天成器を握っていない左手で放つ闘技。
天高く手の平を突上げトールマンティスの腹部を叩く。
「――――ッ!?」
衝撃が楕円形に長い腹部を通して背に突き抜けるようだった。
四本の後ろ脚で支えられている巨体が一瞬宙に浮く。
「うん! 行くよ、今度こそ凍らせてみせる【フリージングボール3】!」
ミケランジェの攻撃に間髪入れずに放たれる青いモヤの球体。
触れればその箇所に凍結を及ぼす魔法だが、隙のないトールマンティスには鎌で引き裂かれ無効化されたり、そもそも当たらないことの方が多かった。
だが、幾度となく失敗したとしてもマルヴィラは挫けていない。
それをいま証明する。
狙いすました魔法は、トールマンティスの両前脚と後ろ脚の胴体との付け根の関節を凍りつかせた。
「やった! これで素早く動けないはずだよ! エクレアちゃん!」
「……」
疾走する藍色の影。
その手には双銃と化した天成器ハーマート。
凍りついた関節のせいで動きの鈍いトールマンティスだが、それでもその小柄な影目掛けて迎撃に打ってでる。
「……盾」
ハーマートの第三階梯、その半透明な盾が鎌とぶつかり合う。
一瞬の均衡だったが、エクレアにはそれで十分だった。
黒く鋭い鎌を避け真正面に躍りでる。
「……貫く【ブルームニードル・ヘリックス】」
螺旋の合わさる棘が顕現していた。
マルヴィラの凍結させた胴体。
両前脚の付け根。
丁度その場所を突き刺す強力な青いバラの魔法。
「――――ッ!!?」
体表が抉れ体液が飛び散る。
しかし、トールマンティスは螺旋の渦に対して身を捩ってダメージを抑えた。
致命傷にはまだ足りない傷。
だが、あれなら……。
「……兄さん」
エクレアが一瞬振り返る。
バトンはすでに渡されている。
俺はエクレアに続くようにトールマンティスの真正面から突撃する。
「「【変形:突杭重手甲】」」
左手にミストレア、右手にはイクスムさんから譲られた攻撃も可能な一刃の盾。
刃のようなトゲを前方に向け文字通り身体ごと飛び込む。
「――――っ」
羽根を広げるトールマンティス。
(突風を起こして私たちを遠ざけるつもりか)
「セロ! 頼む!」
トールマンティスが目の前の俺に注目している間にセロはその巨体の背後をとっていた。
「……もうこの羽根で飛び上がらせたりしない。闘気強化! たああああ!!」
切った。
トールマンティスの二対の薄闇色の羽根。
その根本を刈り取るような片手剣の斬撃。
「――――ッ、ッ、ッ!??」
背から瘴気が溢れ混乱している様が見える。
「クライくん! 後はお願い!」
セロの声援を受け、さらに早く疾走する。
狙いは胸のエクレアが螺旋に渦巻く青バラによって傷つけた傷。
そこに重ねるように闘気強化した杭を放つ。
「いくぞミストレア! 発射ッ!!!」
「――――ィッ」
鳴かないはずのカマキリが悲鳴をあげているようだった。
すでに抉られていた傷を深く、深く破壊する。
ドスンっと地面に落ちるものがあった。
それは黒く長い虫の腕。
トールマンティスの右前脚が灰色の瘴気となって霧散していく。
「プリエルザ!」「プリエルザさん!」「プリエルにゃ!」「プリエルザちゃん!」「……」
「わかってますわよ!」
俺たちの声に返事するプリエルザの手の先に、それはあった。
トールマンティスの黒く光沢のない漆黒の体表よりも、深く引き込まれそうなほどの暗き闇。
「これがワタクシの全力全開の魔法! 我が敵を守る堅牢なる砦を崩壊さす、穿つ闇の太矢! お行きなさい! 【ダークキューブ・バリスタ】!!!」
その形状は槍にも矢にも似ていた。
《ダークキューブ》、いつか見た闇の立方体を、大型弩砲で放つ太矢に変える魔法因子。
こののちに知ることとなる上級魔法因子を加えた一手。
正しく戦況を激変させる魔法が負傷したトールマンティスを襲う。
片前脚もなく、飛び上がるための羽根もない。
細かい傷からは少なくない瘴気が漏れ、動きは鈍い。
これが最後の一手だった。
決着を告げる魔法だった。
それが……。
「なんですって!? ワタクシの魔法を……逸した?」
闇の太矢は確かにトールマンティスの芯を捉えるべく飛んでいった。
直撃すればこの戦いに終止符をうてる一撃。
それでもこの瘴気獣はただではやられなかった。
高速で飛来する闇の太矢に残った左前脚の鎌を振るう。
鎌の刃がひび割れ欠けた。
それと引き換えにプリエルザの闇の太矢が直撃するはずだった軌道から逸れる。
「――――ッ!??」
闇の太矢は突き刺さった楕円の腹部の大半を内部から吹き飛ばした。
「すごい威力……それなのに……」
「まだ動くんですの!?」
「勘弁して欲しいにゃ! こっちはそんな元気もうないにゃ!」
トールマンティスはまだ動く。
というよりいまだ瘴気となって霧散していかない。
どれだけ生命力があるんだ。
皆はすでに全力を出しつくしたあとだった。
体力も魔力もない満身創痍。
重傷の者こそいないが、細かい裂傷からは血が滲んでいる。
限界だ。
限界を超えて動いていた。
その緊張の糸が切れかかっていた。
「僕が止めを指す……アグラット、やろう。…………【変形合体:時限特大積層剣】」
挫けかけた皆の前にでたセロが、その手元の片手剣と騎士盾の天成器を一つに重ねる。
それは二つで一組であるはずの天成器を一つの武器に昇華させる行為。
逆手に構えた両刃の片手剣を、中央から二つに別れた騎士盾に差し込む。
片手剣を中心に据え、分かたれた盾が閉じる。
短かった刃渡りは極大に延長され、柄は倍の長さへ。
地面に突き刺さりその場に固定されたのは特大の剣。
「僕にはいままでこの形態を扱う技量はなかった。たとえ威力に優れているとわかっていても、重く持ち上げることさえ困難だった剣。でも今の僕ならこの力を振るえる」
特大の剣身の中央には円を象ったパーツがある。
セロはそれを押し込み捻る。
「時限強化。アグラットの第三階梯の能力は一定時間限定の強化を僕に与えてくれる。これも事前に魔力を蓄えておく必要があったけど、魔力を認識できたことでようやく貯められるようになった。……身体強化」
セロは地面に突き刺さっていた特大剣を引き抜き脇に構える。
「重いな……でもこれでお前を倒す。皆、僕に任せてくれる?」
振り返り尋ねるセロに皆が答える。
明らかに空元気だった。
それでも最後の決戦に向かうセロを励ますべく声をあげる。
「勿論にゃ! 後はセロにゃにお任せにゃ!」
「セロ君、お願い……」
「不本意ですが、ワタクシも魔力が限界ですわ。貴方にお任せします」
膝を着きそうになるほど消耗している。
それでも彼の一歩をひと押しできる力を……。
「……頼む」
「……」
「うん……行ってくる」
「――――ッ、――――ッ」
トールマンティスは荒れ狂っていた。
それこそ周囲すべてを巻き込み死出の旅への道連れにするかのような勢いで。
欠けた鎌脚で無秩序に斬撃波を放つ。
その余波は最早動くこともままならない俺たちの元へまで届いている。
セロはその斬撃の渦巻く中心へひた走る。
地面を、木々を、岩を、空を削り取る終末の渦。
「うおおおおお!!」
彼に似つかわしくない雄叫びをあげて。
特大の剣を引きずるかのように一心に走る。
「――――」
マズい、トールマンティスはセロを決着の相手として認識した。
集中して繰り出される斬撃波。
アレすべてを捌くのは難しい。
「行けぇ! ブリリアントォォー!」
そのときだ、セロの元へ飛来する白銀の輝きがある。
斬撃波を砕く彗星のような打撃。
「っ!? エリオンくん!?」
「へへっ……おれだけ寝たきりじゃ格好がつかないからな」
視線の先にはよろけたところをフィーネに支えられたエリオンがいる。
「ありがとうっ!」
進む。
障害となるものは――――もうない。
「だああああああ!!」
裂帛の気合いと共にセロの特大剣の斬撃が、トールマンティスの欠けた鎌脚ごと胴体を両断した。
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