孤高のミグラトリー 〜正体不明の謎スキル《リーディング》で高レベルスキルを手に入れた狩人の少年は、意思を持つ変形武器と共に世界を巡る〜

びゃくし

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第八十話 ちっぽけなもの

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 黒カマキリ、トールマンティスの猛攻は一向に衰える気配すらない。
 両前脚の鋭利な鎌は固く強靭で、弓矢や銃弾を切り伏せ弾き、魔法を容易く切断し無効化、あまつさえ幾重もの斬撃波を降らせる。

 斬撃波には乱気流魔法にも似た空間を削りとる特性があった。
 掠っただけでもその余波で切り刻まれ、正面からまともに受け止めようものなら削り切られる必殺の斬撃。

 注意を引き付けるためとはいえ、それを躱し続けるミケランジェには相当の負担がかかっていた。

「くうぅ……こいつ元気すぎにゃ! 一体何発撃たせるつもりにゃ! そろそろキツいにゃ、なんとかして欲しいにゃ!」

 鎌を紙一重で躱し、反撃の銃弾を浴びせる。
 ミケランジェの高い身体能力と闘気操作の技術がそれを成していた。
 しかし、それも限界が近い。
 息は切れ、手足には無数の裂傷が見てとれる。
 
「エクレアさんのお兄さん! また、アレが来ますわよ!」

「エクレア! 離れていてくれ!」

「――――ッ!!」

 プリエルザの注意の激が飛ぶと同時、トールマンティスがその薄闇色の羽根でもって高く飛び上がる。
 頭上を仄暗い影が覆い、一瞬の闇夜が訪れた。
 その闇の端と端、交差させた両前脚の鎌が俺目掛けて強襲してくる。

「ぐうぅぅ……」

 視認も難しい攻撃一辺倒の捨て身の技。
 それをトールマンティスの巨体で行ってくるのだから威力も範囲もずば抜けている。
 交差された鎌脚は地面を抉り深く印を刻む。
 闘気強化した盾でなければ到底受け止めきれない斬撃。
 事実、初見でアレをやられた時には受け止め切れずにかなりの傷を負ってしまった。

「……ぐっ」

「……【ブルームアロー4】」

 エクレアの花片魔法が俺へのさらなる追撃を防いでくれる。

「このぉ! 【フリージングボール3】!!」

 距離をとったトールマンティスの後ろ脚を狙うマルヴィラの冷魔法。
 しかし、いとも容易く躱されてしまう。

「ごめん!」

「っ!? マルヴィラさん、危ないですわよ! 【ダークウォール2】!」

「きゃっ!?」

 反射的な行動なのかトールマンティスは魔法を躱した直後に、マルヴィラ目掛けて斬撃波を放った。
 事前に察知したプリエルザが闇の壁で防いでくれたから無事に済んだものの、いまのはかなり危険だった。

(いくら私たちが囮になっていてもあの突然の反撃は防ぎようがない。あの斬撃を防げるプリエルザがいるからこそ戦いになっているが、この均衡はいつ崩れてもおかしくないぞ)

 戦況は劣勢だ。

 戦いのはじまりこそ迷わずの森の木々がトールマンティスの行動の妨げになっていたけれど、斬撃波によって障害物が取り除かれつつある現状では奴の動きはだんだんと活発になっている。
 
 体力も魔力も有限だ。
 しかし、トールマンティスは前脚の一振りでほとんど予備動作なく斬撃波を放てる。
 その攻撃も連続して放てる以上、体力を余計に使っている様子は見れられない
 対してこちらは迎撃と防御にも意識が割かれるため消耗は激しい。

「何か手はないかにゃ! このドデカイカマキリを痛めつける手は!」

 ミケランジェの悲鳴にも似た声が戦場に響く。

 どうする、どうすればいい。

 近づけば高威力の斬撃の旋風。
 遠ざかれば一直線に飛ぶ削り切る斬撃波。
 巨体に似合わず動きは素早く、時折羽根を使って一気に強襲してくる。

 ミケランジェの銃弾は致命傷になるほどの傷は負わせられない。

 マルヴィラの魔法の多くは鎌で切り裂かれ霧散させられてしまい、命中することの方が稀だ。

 エクレアの切り札であるはずの《ヘリックス》の魔法因子を加えた魔法も、威力には優れるものの二つの魔法を撚り合わせるため若干の溜めがある。
 素早く攻撃と移動が可能なトールマンティスには有効ではない。

 ミストレアの矢も杭も闘気強化を施したとして、まず両前脚の鎌をなんとかしないと胴体まで届かせられない。

 そんな相手になにができる。

 もし可能性があるとしたら……。

「……ワタクシの最大の魔法をぶちこみますわ。皆さん、少しだけお時間をいただけますでしょうか?」

「無理にゃ! プリエルにゃの魔法がないと躱し続けるのは不可能にゃ!」

 厳しい状況だ。

 プリエルザの魔法による援護がなくなれば、いま以上にトールマンティスは自由に行動し始める。
 魔法による動きの制限があるからこそ、この劣勢が維持できている。

「だからこそですわ! この状況を打破するには起爆剤が必要です! 何もかも壊してしまうような強烈な一手が!」

 プリエルザの叫びに誰もが言葉を発せない。

 それでも、トールマンティスの殺気だった気配の満ちるこの空間に一人の人物が現れる。

 彼はどことなくいつもとは雰囲気が異なっていた。

 弱々しく、俯きがちで自身の主張は控えめな彼。

 その彼が決意の籠もった眼差しで宣言する。

 それはある種の誓いにも似ていた。

「僕が守るよ。僕が囮になって皆を守る。だからプリエルザさんは特大の一撃の準備をして。あの黒い死神に目に物を見せてやろう」

「良く言ったにゃ、セロにゃ!! あのドデカイカマキリをギャフンと言わせてやるにゃ!!」

「うん、やろう!」

「……わかりましたわ。ワタクシの魔法で必ずあの瘴気獣に痛手を負わせて差し上げます。ですからどうかワタクシに皆さんのお時間を下さいまし」

 セロの断固たる決意が皆に勇気を与えていた。
 長く劣勢だった状況に反逆してやろうとする気概に満ちていた。

「……遅くなってごめん。ここからは僕も戦うよ」

 セロが視線をトールマンティスに固定し警戒したまま済まなそうに謝る。
 
「遅くなんてない。きっときてくれると思っていたからな」

「な……なんで?」

 振り向いたセロの顔がくしゃりと歪んだ。
 なぜ俺がそう思ったのか本気でわからないといった表情だった。

「俺がレリウス先生に頼まれて研究棟に向かうとき、忠告してくれただろ。あんなに怖がってたのに一緒に行こうとまで提案してくれた」

「そんな……そんなことで……?」

「俺はセロに勇気ある一面があることを知っている。……あのとき俺たちはほとんど会話したこともなかった。それでも、セロは俺の身を案じて声をかけてくれた。見ず知らずの他人を気遣って行動するには勇気がないとできないだろ。……セロは俺たちを助けにきてくれる。それがわかっていたから」

「……ん」

「エ、エクレアさんも僕が来ると信じてくれたのかい?」

 エクレアが頷いて返答する姿にセロは俯く。
 その視線は彼の手元の天成器に向けられていた。

「アグラット、貰った勇気を返すつもりだったのに……違ったよ。彼らは僕を信じてくれていた。僕の中のちっぽけな勇気を」

 地面に一粒の雫が落ちた気がした。

 次の瞬間セロはなにかを振り払うように勢いよく顔をあげる。
 隣で佇む俺たちを見て宣言した。

「クライくん、エクレアさん。僕と一緒に戦って欲しい。君たちと一緒に戦いたいんだ。この死線を乗り越えて僕は成長したい。君たちのような人に僕は成りたいんだ」

 その力強い瞳に迷いはなかった。

 セロ・ジークリング。
 彼の勇気を俺たちは知っている。
 ここから先は死の境界線で区切られた世界。

 死線を乗り越え生き残れるかはわからない。
 それでも俺たちは戦う。
 俺たちのように成りたいと願ってくれる彼と共に。

 彼の勇気が俺たちに一歩先へと踏み出す力をくれる。

 



「何してるにゃ~~! 私一人じゃ抑えきれないにゃ! 早く助けろにゃ~~!」

「マズいな」

「……」
 
「急いで助けに行こう。彼女が怪我をするところは見たくないからね」

 驚異的な身体能力でトールマンティスの攻撃を躱し続け文句を叫ぶミケランジェに、申し訳ないけどなぜだか少し笑ってしまった。

 それは油断なのか余裕なのか。
 どちらだとしても最早関係なかった。

 俺たちは笑いながら境界線を踏み越える。

 あの黒い死神を懲らしめる。

 俺たちの意思は一つに纏まっていた。
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