80 / 177
第八十話 ちっぽけなもの
しおりを挟む黒カマキリ、トールマンティスの猛攻は一向に衰える気配すらない。
両前脚の鋭利な鎌は固く強靭で、弓矢や銃弾を切り伏せ弾き、魔法を容易く切断し無効化、あまつさえ幾重もの斬撃波を降らせる。
斬撃波には乱気流魔法にも似た空間を削りとる特性があった。
掠っただけでもその余波で切り刻まれ、正面からまともに受け止めようものなら削り切られる必殺の斬撃。
注意を引き付けるためとはいえ、それを躱し続けるミケランジェには相当の負担がかかっていた。
「くうぅ……こいつ元気すぎにゃ! 一体何発撃たせるつもりにゃ! そろそろキツいにゃ、なんとかして欲しいにゃ!」
鎌を紙一重で躱し、反撃の銃弾を浴びせる。
ミケランジェの高い身体能力と闘気操作の技術がそれを成していた。
しかし、それも限界が近い。
息は切れ、手足には無数の裂傷が見てとれる。
「エクレアさんのお兄さん! また、アレが来ますわよ!」
「エクレア! 離れていてくれ!」
「――――ッ!!」
プリエルザの注意の激が飛ぶと同時、トールマンティスがその薄闇色の羽根でもって高く飛び上がる。
頭上を仄暗い影が覆い、一瞬の闇夜が訪れた。
その闇の端と端、交差させた両前脚の鎌が俺目掛けて強襲してくる。
「ぐうぅぅ……」
視認も難しい攻撃一辺倒の捨て身の技。
それをトールマンティスの巨体で行ってくるのだから威力も範囲もずば抜けている。
交差された鎌脚は地面を抉り深く印を刻む。
闘気強化した盾でなければ到底受け止めきれない斬撃。
事実、初見でアレをやられた時には受け止め切れずにかなりの傷を負ってしまった。
「……ぐっ」
「……【ブルームアロー4】」
エクレアの花片魔法が俺へのさらなる追撃を防いでくれる。
「このぉ! 【フリージングボール3】!!」
距離をとったトールマンティスの後ろ脚を狙うマルヴィラの冷魔法。
しかし、いとも容易く躱されてしまう。
「ごめん!」
「っ!? マルヴィラさん、危ないですわよ! 【ダークウォール2】!」
「きゃっ!?」
反射的な行動なのかトールマンティスは魔法を躱した直後に、マルヴィラ目掛けて斬撃波を放った。
事前に察知したプリエルザが闇の壁で防いでくれたから無事に済んだものの、いまのはかなり危険だった。
(いくら私たちが囮になっていてもあの突然の反撃は防ぎようがない。あの斬撃を防げるプリエルザがいるからこそ戦いになっているが、この均衡はいつ崩れてもおかしくないぞ)
戦況は劣勢だ。
戦いのはじまりこそ迷わずの森の木々がトールマンティスの行動の妨げになっていたけれど、斬撃波によって障害物が取り除かれつつある現状では奴の動きはだんだんと活発になっている。
体力も魔力も有限だ。
しかし、トールマンティスは前脚の一振りでほとんど予備動作なく斬撃波を放てる。
その攻撃も連続して放てる以上、体力を余計に使っている様子は見れられない
対してこちらは迎撃と防御にも意識が割かれるため消耗は激しい。
「何か手はないかにゃ! このドデカイカマキリを痛めつける手は!」
ミケランジェの悲鳴にも似た声が戦場に響く。
どうする、どうすればいい。
近づけば高威力の斬撃の旋風。
遠ざかれば一直線に飛ぶ削り切る斬撃波。
巨体に似合わず動きは素早く、時折羽根を使って一気に強襲してくる。
ミケランジェの銃弾は致命傷になるほどの傷は負わせられない。
マルヴィラの魔法の多くは鎌で切り裂かれ霧散させられてしまい、命中することの方が稀だ。
エクレアの切り札であるはずの《ヘリックス》の魔法因子を加えた魔法も、威力には優れるものの二つの魔法を撚り合わせるため若干の溜めがある。
素早く攻撃と移動が可能なトールマンティスには有効ではない。
ミストレアの矢も杭も闘気強化を施したとして、まず両前脚の鎌をなんとかしないと胴体まで届かせられない。
そんな相手になにができる。
もし可能性があるとしたら……。
「……ワタクシの最大の魔法をぶちこみますわ。皆さん、少しだけお時間をいただけますでしょうか?」
「無理にゃ! プリエルにゃの魔法がないと躱し続けるのは不可能にゃ!」
厳しい状況だ。
プリエルザの魔法による援護がなくなれば、いま以上にトールマンティスは自由に行動し始める。
魔法による動きの制限があるからこそ、この劣勢が維持できている。
「だからこそですわ! この状況を打破するには起爆剤が必要です! 何もかも壊してしまうような強烈な一手が!」
プリエルザの叫びに誰もが言葉を発せない。
それでも、トールマンティスの殺気だった気配の満ちるこの空間に一人の人物が現れる。
彼はどことなくいつもとは雰囲気が異なっていた。
弱々しく、俯きがちで自身の主張は控えめな彼。
その彼が決意の籠もった眼差しで宣言する。
それはある種の誓いにも似ていた。
「僕が守るよ。僕が囮になって皆を守る。だからプリエルザさんは特大の一撃の準備をして。あの黒い死神に目に物を見せてやろう」
「良く言ったにゃ、セロにゃ!! あのドデカイカマキリをギャフンと言わせてやるにゃ!!」
「うん、やろう!」
「……わかりましたわ。ワタクシの魔法で必ずあの瘴気獣に痛手を負わせて差し上げます。ですからどうかワタクシに皆さんのお時間を下さいまし」
セロの断固たる決意が皆に勇気を与えていた。
長く劣勢だった状況に反逆してやろうとする気概に満ちていた。
「……遅くなってごめん。ここからは僕も戦うよ」
セロが視線をトールマンティスに固定し警戒したまま済まなそうに謝る。
「遅くなんてない。きっときてくれると思っていたからな」
「な……なんで?」
振り向いたセロの顔がくしゃりと歪んだ。
なぜ俺がそう思ったのか本気でわからないといった表情だった。
「俺がレリウス先生に頼まれて研究棟に向かうとき、忠告してくれただろ。あんなに怖がってたのに一緒に行こうとまで提案してくれた」
「そんな……そんなことで……?」
「俺はセロに勇気ある一面があることを知っている。……あのとき俺たちはほとんど会話したこともなかった。それでも、セロは俺の身を案じて声をかけてくれた。見ず知らずの他人を気遣って行動するには勇気がないとできないだろ。……セロは俺たちを助けにきてくれる。それがわかっていたから」
「……ん」
「エ、エクレアさんも僕が来ると信じてくれたのかい?」
エクレアが頷いて返答する姿にセロは俯く。
その視線は彼の手元の天成器に向けられていた。
「アグラット、貰った勇気を返すつもりだったのに……違ったよ。彼らは僕を信じてくれていた。僕の中のちっぽけな勇気を」
地面に一粒の雫が落ちた気がした。
次の瞬間セロはなにかを振り払うように勢いよく顔をあげる。
隣で佇む俺たちを見て宣言した。
「クライくん、エクレアさん。僕と一緒に戦って欲しい。君たちと一緒に戦いたいんだ。この死線を乗り越えて僕は成長したい。君たちのような人に僕は成りたいんだ」
その力強い瞳に迷いはなかった。
セロ・ジークリング。
彼の勇気を俺たちは知っている。
ここから先は死の境界線で区切られた世界。
死線を乗り越え生き残れるかはわからない。
それでも俺たちは戦う。
俺たちのように成りたいと願ってくれる彼と共に。
彼の勇気が俺たちに一歩先へと踏み出す力をくれる。
「何してるにゃ~~! 私一人じゃ抑えきれないにゃ! 早く助けろにゃ~~!」
「マズいな」
「……」
「急いで助けに行こう。彼女が怪我をするところは見たくないからね」
驚異的な身体能力でトールマンティスの攻撃を躱し続け文句を叫ぶミケランジェに、申し訳ないけどなぜだか少し笑ってしまった。
それは油断なのか余裕なのか。
どちらだとしても最早関係なかった。
俺たちは笑いながら境界線を踏み越える。
あの黒い死神を懲らしめる。
俺たちの意思は一つに纏まっていた。
0
あなたにおすすめの小説
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
転生先はご近所さん?
フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが…
そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。
でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ
ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。
見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は?
異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。
鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる