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第八十九話 帰還
しおりを挟むこれは俺が倒れたあとの話。
あのあとの事の顛末を教えてもらった話。
レリウス先生と〈赤の燕〉の皆さんによってかなり弱っていたカオティックガルムに止めを指したあと。
あの場に引っ切りなしに出現していた瘴気獣は、追加で現れることはなくなり、残っていた瘴気獣たちを片付けることで事態は鎮静に向かっていったそうだ。
幸いにも負傷者の多くは事前に用意してあった回復のポーションで傷を癒やし、迷わずの森に散っていたクラスメイトたちの探索に乗りだした。
その際他のクラスが拠点としていた地点にも向かったそうだけど、どうやら一番被害が、瘴気獣の襲撃が酷かったのは俺たちのクラスだったようで、散見した襲撃はあったものの、なんとか対応可能な数だったらしく、すでに生徒たちの保護は終わっている状態だった。
なので残る森に散らばった生徒は俺たちのクラスの生徒だけ。
ただ、生徒たちは王都最大の学園の入学者だけあって実力者揃い。
さらに、課外授業を半分以上終えていただけあって森林地帯における魔物との戦闘には慣れ始めていた。
ときに襲いかかる瘴気獣から逃げ、ときに返り討ちにしてそれぞれに難を逃れたらしい。
生徒の一部はコレも試験かと考えて瘴気獣を倒しながら薬草群生地まで進んだらしいが……どうしてそんな思考になったのだろう。
委員長のベネテッドとウルリックの班がそうだったらしいが、委員長主導で進んだ結果そのような悲劇が起こったとエリオンは語っていた。
いわくベネテッドは頭の固いところがあり、学園のやる事について信頼していたため、勘違いを指摘するウルフリックの言葉はまったく聞かなかったらしい。
結局これも強くなるための学園の試練だという主張に流され、薬草群生地まで到達したというのだから最早言葉もでない。
……意外とウルフリックは流されやすいところがあるよな。
そんなこんなで生徒の保護も無事に完了した頃には、王都の騎士団総本部にも連絡が届き、その後の森で争い合っていた瘴気獣の処理を任せて王都へ帰還したそうだ。
しかし、問題は俺とレリウス先生の受けた傷だった。
カオティックガルムの黒白のオーラを纏った攻撃、即ち聖属性と呪属性の特性を併せもった攻撃は、ルインやプリエルザの話していたように生命を蝕む未知の属性。
更にはレリウス先生はカオティックガルムの爪撃によって深い傷を負っていた。
幸い傷口自体は深くとも回復のポーションや回復魔法で塞ぐことができる。
しかし、黒白のオーラには継続して身体を傷つけ蝕む力があった。
学園の用意していた回復のポーションも、エクレアのマジックバックに入っていた大回復のポーションも効果はなく、フィーネの中級回復魔法ですら解決には至らない。
そんな俺はいま、王都の病院のベットに横たわっていた。
父さんの入院していた病院ですら清潔で綺麗に整えられていた場所と感じていたのに、この病院は部屋も個室にしては大きすぎるような気がするし、備えつけの備品や魔道具も心なしか豪華だ。
だが、そんなことよりも……。
「ミストレア」
左手の二重刻印が白い光に代わり見慣れた弓の形に形成される。
弱った身体にはそれはずしりと重かった。
「……ごめん」
「謝るな」
「だけど……その姿は」
「名誉の負傷といったところだろう。……お前とお揃いさ」
白銀に輝くミストレアに――――ヒビが入っていた。
そう、カオティックガルムの黒白のオーラは本来頑強で傷つくことのない天成器を破壊する威力があった。
ヒビは全体に細かく刻まれている……俺の無謀な行動のせいで。
「心配するな。私の疵はいずれ自然に治癒する。いまはお前の方が問題だろう? 一週間も眠っていたんだぞ」
天成器が傷つき破損した場合、浅いヒビや刃こぼれは時間経過によって自然と回復する。
これは空気中に存在する魔力を吸収することによって修復しているといわれており、自身の魔力を天成器に注ぎ込むことでも急速な修復が可能だ。
ただ、俺の体調の問題もあり、病院の看護士さん、なにより俺が目覚めたときに側に控えてくれていたエクレアとイクスムさんに魔力による修復は止められていた。
「一週間か……信じられないけどな」
俺と同じようにカオティックガルムの黒白のオーラで傷つけられたレリウス先生はすでに退院しているらしい。
考えてみれば当然のことかもしれない。
レリウス先生は爪撃による裂傷こそあったものの、それ自体は回復魔法でも十分塞がるものだったそうだ。
それに、黒白のオーラを俺が全身に浴びたのに対して、レリウス先生は傷口付近に浴びたのみだったので早く退院できたようだ。
……いま思えばカオティックガルムは口から高威力のブレスを吐くのだから、本当に危険な行為だったな。
しんと静まりかえっていた病室の入口が音をたてて開く。
「失礼するにゃ~~」
「その……失礼します」
入ってきたのはまた随分と大人数だった。
明るく挨拶するミケランジェを筆頭に学園の制服姿のあのとき共に戦ったクラスメイトたち。
母さんが手配してくれたらしい病室はかなり広いため全員が入れる。
幸い皆怪我は回復魔法で完治できる程度だったので、入院するような事態になったのは、レリウス先生と重傷に近かったエリアンが各種検査のために三日程度入院しただけだったようだ。
俺が目覚めてから三日程度経っているけど、皆は頻繁にお見舞いにきてくれる。
だが、普段なら饒舌に最近の出来事を話してくれる皆がなかなか口を開こうとしない。
なんだろう様子がおかしい?
「その……レリウス先生なんだけど……」
そんなどことなく気まずい雰囲気の中セロが恐る恐る話を切り出す。
レリウス先生は一足早く退院したはずだけど……なにかあったのか?
「一度学園から離れることにしたって言ってたよ」
「え?」
「今回の事態を迅速に収拾できなかったことを重く受け止めてるって……。レリウス先生本人がクラスの皆の前で言ってた」
どうしてだ?
あれは不測の事態だった。
複数の瘴気獣が現れることだって異常なのに、誰が瘴気獣が止め処なく襲ってくるなんて予想できるんだ。
あれだけ必死に戦ってくれていたレリウス先生が学園を離れる……?
「レリウス先生が悪い訳じゃないのに……あんなこと誰も防げないよぉ」
しょんぼりと落ち込んだ様子のマルヴィラ。
「代わりの先生は先生の知り合いを手配するって言ってたにゃ」
代わりって……レリウス先生の代わりなんていない。
「どうやらレリウス先生はご自身の天成器キーリアさんのエクストラスキルを使いこなせていなかったことに深く責任を感じていた様子でした」
そういえばレリウス先生はエクストラスキルを使っている様子はなかった。
てっきりもうキーリアさんのEPがなくて使えない状態だと思っていたけど違ったのか……。
「自分の力が足りていればカオティックガルムの瘴気獣も他の瘴気獣も迅速に倒せていただろうと悔やんでおいででした。……私も気持ちはわかります。回復魔法は使えても皆さんと共に戦うことはできなかった。私と同じように力不足を実感してしまったのだと思います」
フィーネは悲しそうに顔を伏せる。
レリウス先生の思いに共感してしまったのかもしれない。
「でも先生は戻ってくる気はありそうだったにゃ。武者修行の旅にでるって感じだったにゃ!」
「……そうなのか?」
「うん、代わりの先生は臨時で頼むって言ってたよ。修行が終わったら帰ってくるみたいなことも言ってた。レリウス先生はその時には席はなくなってるかもな、なんてはぐらかしてたけど、きっと戻ってきてくれるよ」
レリウス先生も守りたいものを守る力を求めている。
そういうことなんだろうか……。
少し意地悪で悪戯好きなところもあるけど、レリウス先生はすでにクラスに欠かせない一人だった。
戻ってきてくれるといいんだけど……。
「そういえば、眠っていた間に重大事件が起きたけど知ってるか?」
「?」
「御使いだよ。御使い降臨。教会の前にすごい数の人が殺到したんだぜ。おれも見にいったけどすごかったぜ」
「うん、お客さんの中にも見に行った人がいてすごい人集りで全然見えなかったっていってたよ」
エリオンが自慢げに話す御使いのこと。
そういえば、イクスムさんや看病してくれる看護士さんも軽く話してたな。
まさか、御使いの降臨が眠っている間に起きるとは思っても見なかったことだけど、一週間も眠っていればそうもなるか。
皆が口々に御使いについての噂を話す中、ふと気づいたことを質問する。
「そういえば、プリエルザはきてないんだな」
疑問に思った。
いつもは目立つプリエルザが……いない。
前お見舞いにきてくれたときは、普段あれだけ騒がしい感じなのに、口数も少なく黙っているだけで不思議に思っていたけど、今日は姿が見えない。
「う、うん……そうだね」
ん?
なんだ?
セロは焦ったような顔をしている。
「そ、それはここでは言えないにゃ! 学園に復帰してからのお楽しみにゃ!」
「あ~、うん。そうだね。いまは聞かない方がいいかも」
皆が目を逸らし誤魔化す。
嫌な予感がする。
この嫌な予感は俺が病院を退院して学園に通ったときに初めてわかった。
な、なんてことをしてくれたんだあのお嬢様は!?
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