孤高のミグラトリー 〜正体不明の謎スキル《リーディング》で高レベルスキルを手に入れた狩人の少年は、意思を持つ変形武器と共に世界を巡る〜

びゃくし

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第九十四話 独白

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 プリエルザの流した噂は予想以上の変化を伴って広まっていたようだ。
 課外授業のときにはまだ降臨していなかった御使いの間でまで噂として流れているとは……。

 俺の困惑をよそにイザベラさんはアイカの発言をフッと笑い飛ばす。

「面白いじゃないか、助けてやったらどうだ?」

「イザベラ、無責任なことを言わないで下さい」

「だが、アイカが困っているのは本当だろう?」

「そのようですけど……」

「地上に降臨してから王都の住民に迷惑をかけていた御使いもいるのは私も承知している。だが、その点アイカは自らの目的と理由を明かし、誠実に頼み込んできた。出会いこそ唐突だったが、それも本意ではなかった。……それに、強くなりたいと願っている相手を無碍にもできないだろう?」

(イザベラは意外というか、何というか先生向きだよな。クライは勿論セロにも熱心に自分の技術や経験を教えていたし)

「レベルを上げたいなら私も同行しよう。サラウはお父上から外出は控えるように言われているからな、難しいにしても、カルラとララットも誘えば喜んでついてくるだろう。丁度身体も動かしたかったところだ。クライ、お前はどうする?」

「俺は……」

 イザベラさんの問いに……俺はアイカに向けて居直した。
 不思議そうにこちらを見る彼女には伝えておかなければならないことがある。

「一つだけアイカにいっておきたいことがあって……」

「?」

「アイカ……さっきはいきなりのことで戸惑って訂正できなかったけど、俺は“孤高の英雄”なんて呼ばれるような器じゃない。迷わずの森で起きた瘴気獣との戦いは俺一人では決して勝てなかった」

 俺は同じテーブルに座る三人を見渡す。

 ここにはいるんだ。
 あの戦いの当事者で、俺を、皆を支えてくれて、共に助け合った人たちが。 

「あの場所にはここにいるイザベラさんもサラウさんも、ここにはいないカルラさんもララットさんも、俺の担任の先生も、クラスメイトたちも、指導のためにきてくれた冒険者の人たちも……。ずっと不安を抱かせてしまっていた……エクレアもいたんだ。誰が欠けたってあの戦いは生き残れなかった。――――アイカ」

「は、はい」

「アイカの話した怪物を倒したのは俺一人の力じゃない。あの場所に立った全員が一丸となって戦って、それではじめて倒せた相手なんだ。あの戦いの中で怪我をしてしまった人がいた。去っていってしまった人がいた。……俺一人で何もかも守れた訳じゃないんだ。だから頼む。アイカ……君には誤解して欲しくないんだ」

 御使いの間に広まる噂は俺にはどうしたらいいのかわからない。

 ただ、彼女は俺に嘘偽りのない姿で助けを求めてくれた。
 彼女は自らの悩み事を曝けだしてくれたんだ。
 それは……とても勇気が必要なことだ。

 俺も俺自身を噂とはいえ偽りたくない。

 彼女は俺の言葉をどう感じただろうか。
 届いているだろうか。

 気掛かりだった。

 でも彼女は俺という人を見てくれていた。
 噂という形のないものでなく、ここにいる俺自身の主張を。

 アイカは初めて出会った明るく強引なあのときとは異なる、しおらしい態度で答える。

「その……ごめんね。わたしも御使い同士の情報に惑わされてたのかも」

 そっと目を伏せテーブルに向ける。
 その声はか細く弱々しかった。

「地上に降りられたのはさ。初めてなんだ。……わたしね、天界とは違う世界を見てみたいって、そこで生きてみたいって願ってた。この地上に来れるとはさ。本当はまったく思ってなかったんだ。きっと多くの御使いが降臨することを希望するから、わたしなんてどうせダメだなって勝手に決めつけてた。あの日、地上に初めて降臨した時から嬉しくて舞い上がってた。……わたし、空回りしちゃったのかな」

 そういって天を仰ぐアイカに言葉がかけてあげられなかった。
 アイカは地上に降りることに並々ならない覚悟をもって望んでいたんだと、そのとき俺は感じていた。 

 彼女は伏し目がちのまま俺に問うた。

「その……じゃあ今回のことは、ダメ……かな?」

 彼女の望んでいた答えを返す、それが正しいことだと信じていた。

「……誤解が解けたならいいんだ。レベル上げ、俺も手伝うよ。エクレアもいいか?」

「……」

 俺は隣で静かに佇むエクレアを見詰める。
 きっと今度はエクレアも反対しないだろうとわかっていた。

 彼女は一度不安そうに返事を待つアイカを見たあと、視線を戻し頷く。

「うん、うん! 二人共ありがとう! イザベラさんもサラウさんもありがとう!」

「私は何もしていませんけど……」

「ううん! それでもいいんだ、ありがとう!!」

 安堵感からか満面の笑みで喜ぶアイカ。
 苦笑するイザベラさんやサラウさんも巻き込んで盛大に祝っている。

 そこに不意をつくようにミストレアが念話を通じて話しかけてきた。
 彼女には珍しく殊勝げに。

(クライ、私もお前に謝らないとな)

(急にどうしたんだ、ミストレア)

(私は……噂を広がるのを良しとしていた。“孤高の英雄”の噂もお前が他人に正当に評価されているようで嬉しかったんだ。ただ、そうだな。他の人を貶めて、活躍を奪ってまでクライ、お前の評判を上げたいんじゃない。それを今回のことで気づかされた。私は間違っていたんだな)

(いいんだ。いつもミストレアが俺の背中を押してくれて、それに何度も助けられてる。ただアイカの誤解を解きたかったのは、せめて俺の周りの、直接触れ合った人にだけは本当の真実を知ってもらいたい。それだけなんだ。まあ、アイカの誤解は酷すぎたのもあるかな)

 本当はプリエルザの流す噂もどうにかしたい思いはあるんだけど……どうも彼女に関わるのは危険だと俺の直感が囁くんだよなあ。
 王都に広がってるとウルフリックがいっていた噂の方も随分と曲解されているし……誰に相談したらいいんだ。

 お店のお客さんまで巻き込んで喜びを分かち合っているアイカを眺めていると、いつの間にかイザベラさんが隣にきていた。

「私はそんなに気にならなかったんだが……噂、気にしていたんだな」

「……はい」

「人の口には戸は立てられないものだ。お前が責任を感じることはないんだぞ」

「でも……あの場では皆が死力を尽くして戦っていたのに……」

「フフッ、そうだな。だが、あの場にいた誰も噂を否定しないだろうな」

「それは……なんでですか?」

「私たちは見たからだ。英雄の誕生する瞬間を……自分の見たものに嘘はつけない、そうだろ?」

 だから噂を無理に消そうとしなくていい、そういって優しく笑うイザベラさんは、真っ直ぐな目で俺を見ていた。

 少しだけだけど肩の荷が降りた心地だった。
 俺はそれだけ巨大に膨れ上がった噂を重荷に感じていたのかもしれないな。

 イザベラさんは躍起になって消そうとするほど余計酷くなるだけだと続けた。
 親しい人にだけ真実がわかっていればいいだろうとも。
 ……噂に関しては少し静観していた方がいいかもしれない。

 それにしても、英雄、か。
 ……本当にそんな風に見えていたんだろうか。
 自分のことだけど実感がない。

 一通り騒いで満足したのかアイカが席に戻ってくる。
 彼女は真剣な表情で言葉を紡いだ。

「その、さ。わたしも御使いの間で広まってる噂。本当は違うんだよって訂正してみるね」

「いいのか?」

 想定外の答えで驚いた。
 そうか、御使い同士連絡できるならアイカの口からいってもらえれば訂正することも可能なのか。
 でも……。

「イザベラさんからは噂は躍起になって消そうとするほど広まっていくものだって聞いたけど……」

「うん、そうだね。クライは動かない方がいいと思う。皆他人の噂話とか悪い話とか好きだからね。……余計拗れて広まったら厄介だもん」

「なら……」

「だけど、御使いの間だと今回の噂はちょっと違うかな。そうだね、不確定情報って形で広まってたから。それに御使いの中には本当の真実を知りたいって人も一定数いるからね。たった一人の意見だからすぐに噂がなくなったり、変わったりしないと思う。でも一人でも意見を挙げれば真実を知りたい人はちゃんと調べて訂正してくれる、はず」

 少しだけ自信なさげのアイカはそれでも俺のためにできることはないかと模索してくれていた。

「ただなあ。それだとクライのところに御使いが接触してきて噂の真実を聞きに来たりしちゃうか心配なんだよね~。迷惑はかけたくないし」

「だけど、同じ王都に住んでいる以上、接触は避けられない。それぐらいは仕方ないんじゃないか?」

 御使いの間で広まっている噂だけは別格なほどねじ曲がっていたからな。
 訂正できるならしたいけど。

「う~ん、ならダメ元で天使様の方にも要望を送ってみるね。わたしにできるのはそれくらいしかないけど……」

「その……大変じゃないか? 無理する必要はないんだぞ。アイカだって王都をでて外の世界を見るって目的があるんだろ」

 少し不思議だった。
 なんで初対面の俺の事情に心を砕いてくれるのか。
 レベル上げに協力するといわれたから嫌嫌手伝っている、そんな風には到底思えなかった。

 彼女は本気で俺のために動いてくれようとしていた。

「だってクライは地上でできた初めての友達だから。だからいいんだ」

 彼女は弾むように笑う。
 友達。
 なぜだろう、アイカのいったその関係が俺たちには相応しいと、そう思えてしまった。
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