109 / 177
第百九話 最後の切り札
しおりを挟む一面の炎の海。
火と熱だけが支配する世界。
地面すら覆い隠す赤く燃え盛る炎は、視界を遮り、そこにラナさんの姿は一切見えない。
死の大地は生命の生存を拒絶していた。
これは……これはもう。
(ラナは……ここまでだったのか? ここで無念にも倒されてしまって天成器だけが残された。そんな、そんな残酷な結末なのか?)
(……)
ミストレアの信じられないという思いが伝わってくる。
俺も同じだ……信じたくない。
イグニアスドラゴンは強かった。
いや、強すぎた。
数十mの体躯を機敏に動かし、素早く駆けるラナさんを的確に捉え、牙で爪で、炎で地形を変えてしまうほどの攻撃を繰りだした。
全身を守る鱗はラナさんが天成器アステールさんを突き立てる度に顔をしかめるほどの硬さ。
それでいて傷ついてもむしろ闘志を滾らせ反撃してくる。
そして、圧倒的な範囲と熱量を誇る炎のブレス。
街を守る戦力は炎の一息ですでに半壊させられラナさん以外に戦える者はいなかった。
だが、ラナさんの攻撃はどれも効いていたはずだ。
禁忌とされる毒属性魔法も磁力によって変幻自在に姿を変える砂鉄も、エクストラスキルによって作りされた吹き荒れる嵐の槍も。
そのどれもがイグニアスドラゴンを傷つけ、警戒させ、強敵として認定せしめた。
彼女もまた信じられないほどの強さだった。
それでも、それでも敵わないのか。
俺が信じ難い結末を目の当たりにして呆然自失としつつも、ラナさんのいたであろう地点で轟々と燃え盛る炎を見詰めていたときだった。
「【嵐鎧槍:装魔叢風槍】!!!」
炎の中よりいずる槍がある。
赤く染めあげられた一本の槍。
猛る炎を引き裂く、嵐の槍とは明らかに様相の異なる槍。
「グギャアアアアアア!!!」
イグニアスドラゴンが悲鳴をあげ、傷口から大量の瘴気が立ち昇る。
赤い槍はイグニアスドラゴンの左腕を抉り穿ち突き進む。
傍目にも赤竜の左腕は今後使い物にならないだろうとわかるほどの破壊の痕跡が刻まれる。
(赤い槍……いままでの翡翠に近い色合いだった嵐の槍とはまるで違う)
(大きさも一回りどころか二回りほど大型化している。速度は嵐の槍よりは遅くなっているようだが、威力は申し分ない。というかイグニアスドラゴンの左腕を貫通してなおブレないとは……なんて破壊力だ)
赤い槍の進んできた先、死の大地に立つ人がいる。
ラナさんだ。
服も身体も焼け焦げ、煤で黒く染まった左腕を抑えながら、苦悶の表情でそこに立っている。
――――なぜか周囲に炎のない空間で。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
「どうだ! 自分の力を上乗せされた攻撃は! いまのは効いただろうが!」
アステールさんが痛みに悶るイグニアスドラゴンに吠える。
上乗せ?
さっきの赤く巨大な槍のことか?
俺の脳裏に浮かんだ疑問はアステールさんが一人言のように説明してくれたことですぐさま解決する。
「俺のエクストラスキル『嵐鎧槍』は周囲の空気と魔力を作りだした風の槍に吸引し、鎧を着込むように装甲とすることが可能だ。この際火や水のような軽い物質なら空気や魔力と同じように取り込み、槍の鎧とすることが出来る。赤竜、お前の炎を鎧として槍の表面に装着させてもらった。……といったものの冷静になって考えてみれば、瘴気獣に理解できる訳もなかったな」
なるほど、あの赤い槍は嵐の槍の表面にイグニアスドラゴンの炎を鎧として装着したものだったのか。
周囲から炎を取り込むことで、炎に包まれた空間でも自分の周囲の安全は確保できた。
だからラナさんの周囲にだけは炎がなかったのか。
「……ラナ、まだ戦えるか?」
「うん……いける」
アステールさんに答えるラナさんはかなり体力を消耗しているようだった。
無理もない。
大地は熱せられ、立っているだけで体力も気力も奪われる。
そのうえ、イグニアスドラゴンは当たれば一撃で致命傷を負うだろう攻撃を連発してくる。
躱すだけでと神経を減らす戦いだ。
最早傍目にはラナさんは限界に見える。
それでも彼女は諦めていない。
真っ直ぐな瞳は傷ついたイグニアスドラゴンを捉えて離さない。
彼女は必ず目の前の敵を倒すと無言のままに物語っていた。
最後の決戦のはじまり。
ここからは死力を尽くす戦いだった。
「グガアアアッ!!!」
イグニアスドラゴンの吐く炎は様々に姿を変え、ラナさんとアステールさんを襲う。
連発される火球、着弾と共に連鎖的に爆発する業火、薙ぎ払う炎の壁。
「【ポイズンボール3】」
「【変形:磁界蛇行短剣+楔杭】、“黒盾”」
「【嵐鎧槍:装魔叢風槍】」
それをラナさんは毒液の球体で自らに当たる軌道のものだけを相殺し、業火を砂鉄の盾の影に隠れて躱し、炎の壁を周囲の空気を鎧とした高威力の大槍で打ち破った。
ボロボロになりながらもどこにそんな力があるのかと疑問に思ってしまうほどの死闘。
やがて互いの動きが止まる。
限界だ。
両者共に限界がきていた。
だが、イグニアスドラゴンがよろけながらもその巨大な口の端からいまだ炎を迸らせているのに対し、ラナさんは片膝をついて苦しそうに荒く息を吐いている。
「ラナ……」
「ハァ、ハァ……」
「俺のEPももう無い。アイツが中々近づけさせてくれなかったせいで磁力とエクストラスキルを使い過ぎた。……すまん。これじゃあもうアレもできない」
「……ううん。確かにアレは巨大な相手に対しては切り札になり得るけど、わたしはあんまり得意じゃない。だからいいの、決着は……あの魔法でつける。そのための魔力は取ってある」
「ラナ! ……そうだな。こんな死地ならもう誰も見ていないだろう。それに、あの赤竜に止めを刺すならあの魔法が相応しい」
アレ?
あの魔法?
ラナさんにはまだ切り札があるのか!?
「グガアアアァァァアアア!!!」
イグニアスドラゴンの恐らく最後の咆哮。
このあと、両者の長い戦いに決着がつく。
俺とミストレアはそれを固唾を飲んで見守っていた。
どうかラナさんとアステールさんに勝ってほしいと、強く願いながら。
「ガアァッ!!」
イグニアスドラゴンの連続して放つ火球。
威力重視というより速度と連射を意識した攻撃。
少しでも攻撃を加えればラナさんはもう動けないと悟っているかのような面攻撃。
「――――っ」
ラナさんが選んだのはイグニアスドラゴンに接近することだった。
迫りくる火球の只中に駆ける。
「――――くっ」
まさに紙一重で躱していくラナさん。
身体を掠めた火球が新たな傷跡を作り、肌を髪を焦がす。
「ガアアアァァァアアア!!」
着実に近づいていくラナさんにイグニアスドラゴンが右手の爪を振るう。
炎の集中した爪は赤く染まり、死の気配を漂わせている。
「ガアッ!!」
振り下ろされた赤爪に大地が裂け、焦げた瓦礫が四方に飛ぶ。
そこに……ラナさんはすでにいなかった。
イグニアスドラゴンの死角に回り込み唱えるは最後の魔法。
「――――【デッドリーポイズンエンチャント】」
白銀の短剣の刃だけが赤黒く染まっていく。
それは体内に取り込まれたが最後、確実な死を齎すと伝えられる毒属性魔法の上位魔法。
毒属性、死毒魔法。
「これで終わりだ。やれ! ラナ!!」
「うん、たああああああ!!!」
イグニアスドラゴンの無防備な首元をラナさんは切りつける。
それがイグニアスドラゴンの終わりのはじまりだった。
切り終えたラナさんが後退し離れきったときには、首元の赤黒い毒は網目のように広がっていた。
崩壊がはじまる。
イグニアスドラゴンはその四肢で地面を踏みしめながらも、身体の各部から噴き出す瘴気の量が増していく。
それこそ死を齎す毒が全身を駆け巡るように、徐々に徐々にその量は増し、やがて力が抜けたかのように地面に倒れた。
あの上空を力強く舞い、恐ろしい雄叫びの如き咆哮を大地に轟かせていた赤い竜は、それきり起き上がることはなかった。
灰色の瘴気だけが炎の消え失せた大地に舞う。
0
あなたにおすすめの小説
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
ダンジョンで有名モデルを助けたら公式配信に映っていたようでバズってしまいました。
夜兎ましろ
ファンタジー
高校を卒業したばかりの少年――夜見ユウは今まで鍛えてきた自分がダンジョンでも通用するのかを知るために、はじめてのダンジョンへと向かう。もし、上手くいけば冒険者にもなれるかもしれないと考えたからだ。
ダンジョンに足を踏み入れたユウはとある女性が魔物に襲われそうになっているところに遭遇し、魔法などを使って女性を助けたのだが、偶然にもその瞬間がダンジョンの公式配信に映ってしまっており、ユウはバズってしまうことになる。
バズってしまったならしょうがないと思い、ユウは配信活動をはじめることにするのだが、何故か助けた女性と共に配信を始めることになるのだった。
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜
サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。
〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。
だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。
〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。
危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。
『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』
いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。
すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。
これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす
黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。
4年前に書いたものをリライトして載せてみます。
盾の間違った使い方
KeyBow
ファンタジー
その日は快晴で、DIY日和だった。
まさかあんな形で日常が終わるだなんて、誰に想像できただろうか。
マンションの屋上から落ちてきた女子高生と、運が悪く――いや、悪すぎることに激突して、俺は死んだはずだった。
しかし、当たった次の瞬間。
気がつけば、今にも動き出しそうなドラゴンの骨の前にいた。
周囲は白骨死体だらけ。
慌てて武器になりそうなものを探すが、剣はすべて折れ曲がり、鎧は胸に大穴が空いたりひしゃげたりしている。
仏様から脱がすのは、物理的にも気持ち的にも無理だった。
ここは――
多分、ボス部屋。
しかもこの部屋には入り口しかなく、本来ドラゴンを倒すために進んできた道を、逆進行するしかなかった。
与えられた能力は、現代日本の商品を異世界に取り寄せる
【異世界ショッピング】。
一見チートだが、完成された日用品も、人が口にできる食べ物も飲料水もない。買えるのは素材と道具、作業関連品、農作業関連の品や種、苗等だ。
魔物を倒して魔石をポイントに換えなければ、
水一滴すら買えない。
ダンジョン最奥スタートの、ハード・・・どころか鬼モードだった。
そんな中、盾だけが違った。
傷はあっても、バンドの残った盾はいくつも使えた。
両手に円盾、背中に大盾、そして両肩に装着したL字型とスパイク付きのそれは、俺をリアルザクに仕立てた。
盾で殴り
盾で守り
腹が減れば・・・盾で焼く。
フライパン代わりにし、竈の一部にし、用途は盛大に間違っているが、生きるためには、それが正解だった。
ボス部屋手前のセーフエリアを拠点に、俺はひとりダンジョンを生き延びていく。
――そんなある日。
聞こえるはずのない女性の悲鳴が、ボス部屋から響いた。
盾のまちがった使い方から始まる異世界サバイバル、ここに開幕。
【AIの使用について】
本作は執筆補助ツールとして生成AIを使用しています。
主な用途は「誤字脱字のチェック」「表現の推敲」「壁打ち(アイデア出しの補助)」です。
ストーリー構成および本文の執筆は作者自身が行っております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる