孤高のミグラトリー 〜正体不明の謎スキル《リーディング》で高レベルスキルを手に入れた狩人の少年は、意思を持つ変形武器と共に世界を巡る〜

びゃくし

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第百九話 最後の切り札

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 一面の炎の海。

 火と熱だけが支配する世界。

 地面すら覆い隠す赤く燃え盛る炎は、視界を遮り、そこにラナさんの姿は一切見えない。

 死の大地は生命の生存を拒絶していた。

 これは……これはもう。

(ラナは……ここまでだったのか? ここで無念にも倒されてしまって天成器だけが残された。そんな、そんな残酷な結末なのか?)

(……)

 ミストレアの信じられないという思いが伝わってくる。
 俺も同じだ……信じたくない。

 イグニアスドラゴンは強かった。
 いや、強すぎた。

 数十mの体躯を機敏に動かし、素早く駆けるラナさんを的確に捉え、牙で爪で、炎で地形を変えてしまうほどの攻撃を繰りだした。
 全身を守る鱗はラナさんが天成器アステールさんを突き立てる度に顔をしかめるほどの硬さ。
 それでいて傷ついてもむしろ闘志を滾らせ反撃してくる。
 そして、圧倒的な範囲と熱量を誇る炎のブレス。
 街を守る戦力は炎の一息ですでに半壊させられラナさん以外に戦える者はいなかった。

 だが、ラナさんの攻撃はどれも効いていたはずだ。
 禁忌とされる毒属性魔法も磁力によって変幻自在に姿を変える砂鉄も、エクストラスキルによって作りされた吹き荒れる嵐の槍も。
 そのどれもがイグニアスドラゴンを傷つけ、警戒させ、強敵として認定せしめた。
 彼女もまた信じられないほどの強さだった。

 それでも、それでも敵わないのか。

 俺が信じ難い結末を目の当たりにして呆然自失としつつも、ラナさんのいたであろう地点で轟々と燃え盛る炎を見詰めていたときだった。

「【嵐鎧槍:装魔叢風槍】!!!」

 炎の中よりいずる槍がある。

 赤く染めあげられた一本の槍。

 猛る炎を引き裂く、嵐の槍とは明らかに様相の異なる槍。

「グギャアアアアアア!!!」

 イグニアスドラゴンが悲鳴をあげ、傷口から大量の瘴気が立ち昇る。

 赤い槍はイグニアスドラゴンの左腕を抉り穿ち突き進む。
 傍目にも赤竜の左腕は今後使い物にならないだろうとわかるほどの破壊の痕跡が刻まれる。

(赤い槍……いままでの翡翠に近い色合いだった嵐の槍とはまるで違う)

(大きさも一回りどころか二回りほど大型化している。速度は嵐の槍よりは遅くなっているようだが、威力は申し分ない。というかイグニアスドラゴンの左腕を貫通してなおブレないとは……なんて破壊力だ)

 赤い槍の進んできた先、死の大地に立つ人がいる。

 ラナさんだ。

 服も身体も焼け焦げ、煤で黒く染まった左腕を抑えながら、苦悶の表情でそこに立っている。
 ――――なぜか周囲に炎のない空間で。

「ハァ、ハァ、ハァ……」

「どうだ! 自分の力を上乗せされた攻撃は! いまのは効いただろうが!」

 アステールさんが痛みに悶るイグニアスドラゴンに吠える。

 上乗せ?
 さっきの赤く巨大な槍のことか?

 俺の脳裏に浮かんだ疑問はアステールさんが一人言のように説明してくれたことですぐさま解決する。

「俺のエクストラスキル『嵐鎧槍』は周囲の空気と魔力を作りだした風の槍に吸引し、鎧を着込むように装甲とすることが可能だ。この際火や水のような軽い物質なら空気や魔力と同じように取り込み、槍の鎧とすることが出来る。赤竜、お前の炎を鎧として槍の表面に装着させてもらった。……といったものの冷静になって考えてみれば、瘴気獣に理解できる訳もなかったな」

 なるほど、あの赤い槍は嵐の槍の表面にイグニアスドラゴンの炎を鎧として装着したものだったのか。
 周囲から炎を取り込むことで、炎に包まれた空間でも自分の周囲の安全は確保できた。
 だからラナさんの周囲にだけは炎がなかったのか。

「……ラナ、まだ戦えるか?」

「うん……いける」

 アステールさんに答えるラナさんはかなり体力を消耗しているようだった。
 無理もない。
 大地は熱せられ、立っているだけで体力も気力も奪われる。
 そのうえ、イグニアスドラゴンは当たれば一撃で致命傷を負うだろう攻撃を連発してくる。
 躱すだけでと神経を減らす戦いだ。
 最早傍目にはラナさんは限界に見える。

 それでも彼女は諦めていない。

 真っ直ぐな瞳は傷ついたイグニアスドラゴンを捉えて離さない。
 彼女は必ず目の前の敵を倒すと無言のままに物語っていた。

 最後の決戦のはじまり。

 ここからは死力を尽くす戦いだった。

「グガアアアッ!!!」

 イグニアスドラゴンの吐く炎は様々に姿を変え、ラナさんとアステールさんを襲う。
 連発される火球、着弾と共に連鎖的に爆発する業火、薙ぎ払う炎の壁。
 
「【ポイズンボール3】」
 
「【変形:磁界蛇行短剣+楔杭】、“黒盾”」

「【嵐鎧槍:装魔叢風槍】」

 それをラナさんは毒液の球体で自らに当たる軌道のものだけを相殺し、業火を砂鉄の盾の影に隠れて躱し、炎の壁を周囲の空気を鎧とした高威力の大槍で打ち破った。

 ボロボロになりながらもどこにそんな力があるのかと疑問に思ってしまうほどの死闘。
 
 やがて互いの動きが止まる。

 限界だ。

 両者共に限界がきていた。

 だが、イグニアスドラゴンがよろけながらもその巨大な口の端からいまだ炎を迸らせているのに対し、ラナさんは片膝をついて苦しそうに荒く息を吐いている。

「ラナ……」

「ハァ、ハァ……」

「俺のEPももう無い。アイツが中々近づけさせてくれなかったせいで磁力とエクストラスキルを使い過ぎた。……すまん。これじゃあもうアレもできない」

「……ううん。確かにアレは巨大な相手に対しては切り札になり得るけど、わたしはあんまり得意じゃない。だからいいの、決着は……あの魔法でつける。そのための魔力は取ってある」

「ラナ! ……そうだな。こんな死地ならもう誰も見ていないだろう。それに、あの赤竜に止めを刺すならあの魔法が相応しい」

 アレ? 
 あの魔法? 
 ラナさんにはまだ切り札があるのか!?

「グガアアアァァァアアア!!!」

 イグニアスドラゴンの恐らく最後の咆哮。
 このあと、両者の長い戦いに決着がつく。

 俺とミストレアはそれを固唾を飲んで見守っていた。
 どうかラナさんとアステールさんに勝ってほしいと、強く願いながら。

「ガアァッ!!」

 イグニアスドラゴンの連続して放つ火球。

 威力重視というより速度と連射を意識した攻撃。
 少しでも攻撃を加えればラナさんはもう動けないと悟っているかのような面攻撃。

「――――っ」

 ラナさんが選んだのはイグニアスドラゴンに接近することだった。
 迫りくる火球の只中に駆ける。

「――――くっ」

 まさに紙一重で躱していくラナさん。
 身体を掠めた火球が新たな傷跡を作り、肌を髪を焦がす。

「ガアアアァァァアアア!!」

 着実に近づいていくラナさんにイグニアスドラゴンが右手の爪を振るう。
 炎の集中した爪は赤く染まり、死の気配を漂わせている。

「ガアッ!!」

 振り下ろされた赤爪に大地が裂け、焦げた瓦礫が四方に飛ぶ。

 そこに……ラナさんはすでにいなかった。

 イグニアスドラゴンの死角に回り込み唱えるは最後の魔法。

「――――【デッドリーポイズンエンチャント】」

 白銀の短剣の刃だけが赤黒く染まっていく。

 それは体内に取り込まれたが最後、確実な死を齎すと伝えられる毒属性魔法の上位魔法。

 毒属性、死毒魔法。

「これで終わりだ。やれ! ラナ!!」

「うん、たああああああ!!!」

 イグニアスドラゴンの無防備な首元をラナさんは切りつける。

 それがイグニアスドラゴンの終わりのはじまりだった。

 切り終えたラナさんが後退し離れきったときには、首元の赤黒い毒は網目のように広がっていた。

 崩壊がはじまる。

 イグニアスドラゴンはその四肢で地面を踏みしめながらも、身体の各部から噴き出す瘴気の量が増していく。

 それこそ死を齎す毒が全身を駆け巡るように、徐々に徐々にその量は増し、やがて力が抜けたかのように地面に倒れた。

 あの上空を力強く舞い、恐ろしい雄叫びの如き咆哮を大地に轟かせていた赤い竜は、それきり起き上がることはなかった。

 灰色の瘴気だけが炎の消え失せた大地に舞う。
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