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第百十一話 あなたはわたしの星
しおりを挟む地面に横たわるラナさんの掲げた左手から、マリーさんに襲いかかったシザーラプトルに向けて伸びる黄金色の糸。
細くそれでいて風景に溶け込み認識しづらい糸は、シザーラプトルの首にしっかりと喰い込み身動きを封じている。
「ギギ……ァ……」
「っ……ああっ!」
動かすだけでも辛いはずの左腕をグッと自身の方に引き寄せるラナさん。
同時、糸と共にシザーラプトルまでもが引き寄せられ転倒する。
それを間近で目撃し色めき立つシザーラプトルたち。
彼女は立った。
全身を苛む激痛に顔を歪ませ、意識を失う一歩手前の満身創痍の身体で――――死力を振り絞って。
自らの姉を救うためなら痛みなど関係ないといわんばかりに。
四体のシザーラプトルとの戦いは熾烈を極めた。
傷だらけでも立ち上がり敵意をみせるラナさんの気迫に、シザーラプトルたちは気圧されていながらも油断しなかった。
マリーさんを取り囲んだときのように距離をとりつつラナさんの四方を包囲し、徐々にその範囲を狭めていく。
ラナさんから向かって死角となる後方から一体のシザーラプトルが飛びかかる。
「――――っ!」
黄金色の糸が空中を迸った。
ラナさんに噛みつくために大口を開けていたシザーラプトル。
その湾曲した牙の無数に生え揃った凶悪な口を、上下から縛りつけ強制的に閉じさせる糸。
彼女はそのまま糸を通じてシザーラプトルの体勢を崩させ転ばせる。
注意深く見れば糸の先端には極小さな球のようなものが括り付けてあった。
どうやら先端の球を重りに糸を自在に操っているようだった。
丁度ニクラさんが金属製のワイヤーの先端に、投げナイフを取りつけ操っていたのと同じように、いや、それよりも巧みにラナさんは糸を操っている。
それにしても、あの糸は魔物素材かなにかでできているのだろうか、シザーラプトルの動きを封じ込めるほどの強靭さとしなやかに波打つように動く柔軟さを兼ね備えている。
糸を警戒し連携して多方面から同時に飛びかかってくるシザーラプトルたちに、ときに黄金色の糸で首や足を絡めとり、動きを制限し転ばせる。
さらに、動きが止まったところを短剣の天成器アステールさんで確実にダメージを与えていく。
糸と短剣術を組み合わせた動きは、その身の重傷具合を感じさせないほどに滑らかで洗練されていた。
一方でラナさんの決死の戦いを呆然として眺めるマリーさん。
彼女の両目から止め処なく流れる涙は、目の前で起こってしまっている光景に信じられない思いなのが窺える。
助けようと思った相手が逆に命を賭して自分を助けようとしてくれている。
そしてそれを止めたくとも止められない自分がいる。
無力を嘆くマリーさんの表情は……酷く悲しかった。
長いようで短いラナさんとシザーラプトルたちの戦いは程なく決着がついた。
地面に血溜まりを作り力無く伏せるのは襲ってきた四体のシザーラプトル。
彼らは短剣の天成器アステールさんによってそれぞれが急所である首元や心臓、脳天を切り裂かれ絶命している。
一見して無惨にも見える彼らの死体の傍ら、少しだけ離れた地点にラナさんは倒れていた。
「ラナ!」
「ぐぅぅ……お姉……ちゃん。良かった……無事で……」
「バカ、バカァ! なんで私を庇ったりなんかしたのよ!」
虚ろな瞳のラナさんをマリーさんがそっと抱き起こす。
「私はね! あんな奴ら、一人でも倒せたんだからぁ! ラナが戦う必要なんてなかったんだからぁ!」
「ふふ……そう、かもね。お姉ちゃん……強いから……」
(ラナはもう……シザーラプトルとの戦いですべての力を使い果たしてしまったんだな)
悲嘆に暮れるミストレアの言葉は、ラナさんの現状を正確に言い表していたと思う。
シザーラプトルとの戦いではラナさんは毒魔法もアステールさんの短剣以外の形態もエクストラスキルも使わない、いや、使えていなかった。
きっとそれらを扱う魔力も体力もなかったからだ。
イグニアスドラゴンの瘴気獣との戦いを終えてすでに限界を迎えていた身体をさらに酷使した。
その結果が指一本動かせずに横たわりマリーさんに抱き抱えられている姿だった。
「ぐっ……。で、でも……わたし頑張ったんだよ。街を……守りたいものを守れた。そして、最後にはお姉ちゃんだって…………ねえ……褒めて」
「ラナ……」
「褒めてよ……そういえばわたし、お姉ちゃんに褒めてもらうの……好き、だったんだ」
「ううぅ……ぅあぁぁあぁ……」
儚く笑うラナさんにマリーさんは言葉を返せなかった。
止め処なく溢れる涙が彼女の言葉を発する力すら奪っていた。
泣き崩れるマリーさんができたのはラナさんを強く抱き締めることだけだった。
それをマリーさんの腕の中でラナさんは優しい笑顔で見詰めている。
彼女は次いで視線を移した。
その先にあるのは抜き身のままの白銀の短剣アステールさん。
「……アステール、いままでありがとう」
「莫迦野郎! お前はこんなところで終わらない! 終わらないんだ! なにを最後の別れみたいに弱気になっているんだ!」
アステールさんはただひたすらに叫んでいた。
直視したくない現実を振り払うように。
「あなたは……わたしの星だった。わたしの願った天高く輝く星。あの夜空に輝く星のように……子供の頃のわたしはただあの輝きに近づきたいと、そう……願ってた」
ラナさんは語る。
それはアステールさんへ向けた感謝と敬意の言葉。
「あなたを生成の儀式の時に授かってから……あなたはわたしの星になったの。わたしを導く、わたしの憧れた星。わたしを輝かせてくれる共にある星。……いままでありがとう。あなたが居たからわたしは辛いことにも耐えられた。あなたが居たからわたしはここまで辿り着けた」
地面に投げだされていた白銀の短剣にラナさんは手を伸ばす。
だが……すでに彼女にはアステールさんを持ち上げる力はなかった。
「ごめん、もうあんまり身体の感覚がないの。あなたに付いた血を拭ってあげられない。……せっかく綺麗な刃なのに……」
「そんなことはどうでもいい! どうでもいいんだ! お前さえ無事なら! 俺は!」
「ふふ……うん、アステールはいつもわたしのことを考えてくれたね。もっと我儘になれって……」
「ああ、そうだ! ラナ、お前は何でも出来るはずなんだ。その気になれば、何だって出来る! それなのに、いつもいつも他人のために自分を犠牲にして、自分自身のことは二の次にして諦めてしまう!!」
「でも……アステールはわたしの決めたことを否定しないでくれた」
「お前はこうと決めたら必ずやり通すから……だから俺は……」
「うん……」
「我儘になって欲しかった。自分自身を大切にして欲しかった。……だが、きっとお前は変わらなかったんだろうな。こんな時になってもそう思うよ。なにより俺はお前の、一度決めたことについて譲らないところが……好きだった」
静かに話すアステールさんの独白にラナさんは驚いていた。
「ラナ、お前こそ俺の誇りだ。お前は俺にありがとうと言ってくれるが、俺の方こそ感謝を伝えたい。お前と共に過ごせて良かった。……ありがとう」
「……うん、こちらこそありがとう」
互いに感謝を伝える姿はいままで培ってきた二人の絆の強さを物語っていた。
「……っ! ぐぅぅ………ぅぁっ……」
「ラナ!」
だが、唐突に訪れた痛みにラナさんは顔を歪ませる。
それは、別れのときが近づいていることを指していた。
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