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第百二十四話 揺蕩う触手
しおりを挟む見えている範囲に存在する蠢く黒い触手は四本。
左右に三mほどの長い腕のような二本。
空中を揺蕩うように蠢き近づくものを警戒している。
周囲を取り囲んでいた騎士たちを吹き飛ばしたのもこれだ。
あのスライムの警戒域に入った途端触手に攻撃されるのは明白だろう。
さらに一mぐらいの短い触手が二本、不定形の身体の周囲を揺らめいている。
防御のための触手か?
「うわ、ここでラージスライムの上位個体かよ」
「ねえ……アイツ強いの?」
「ん、ああ、テンタクルブラックスライムの討伐難度はB+。身体から生える触手と闇属性の無生物系統の魔物。魔法より触手を鞭のようにしならせ攻撃してくる物理攻撃が主体だな。Bランク冒険者のパーティーで戦ってようやく勝てる相手だ」
「ウソッ!? ヤバいじゃん!?」
ニールにおずおずと質問していたアイカがテンタクルブラックスライムの説明を聞いて目を見開いて驚く。
「ああ、だけど討伐難度はあくまで目安だ。ラージスライムたちを問題なく倒せたオレたちなら倒せない相手じゃない」
ニールは自信を漲らせた目で皆を見渡している。
その瞳には仲間たちに対する信頼が浮かんでいた。
頷いて答える。
なによりアイツはこちらに地面を這うようにして突進してきていた。
ここで食い止めなければ他の騎士や冒険者を襲いにいくだろう。
ここで倒す。
皆の意思は一つに統一されていた。
「来るぞっ!」
ラウルイリナの警告の声が戦場に響く。
「先手必勝だ! ……【クォーツカノン】!!」
初手から特大の一撃。
それだけでニールがテンタクルブラックスライムを警戒し、油断していないことが窺える。
上級射撃魔法である水晶の砲弾は一直線に射出される。
「な!? あの魔法を弾いただと!?」
「……触手を上手く使ったようですね。一度受け止めてから柔らかく受け流した」
水晶の砲弾を触手で包み込むように受け止めて軌道をズラした。
揺らめいていた割には繊細な動きだ。
しかも完全にニールの魔法の威力を消しているのか傷一つ負っている様子はない。
奇しくもこの対応を見て、全員の警戒度が跳ね上がった。
……あのスライムは強い。
反撃はやはり触手の攻撃だった。
黒い触手を一度後ろに振りかぶり反動をつけると斜めに薙ぎ払うように振り下ろす。
「くっ……」
咄嗟に前にでて盾で防ぐもかなり重い一撃だ。
「クライ!」
「……【ブルームアロー・ヘリックス】」
「このっ、喰らえ! 【クォーツバレット・ダイブ3】!」
援護のために放ってくれたエクレアとニールの魔法。
螺旋回転する青ばらの矢と空中から斜めに舞い降りる水晶の弾丸。
攻撃する方向をズラした多角的な連携だったが、テンタクルブラックスライムはすぐにそれに対処した。
しなる長い鞭のような触手は迎撃のため動きだす。
空中の水晶の弾丸を叩き落とし砕いた。
しかし、エクレアの魔法はその触手を弾きスライムの身体まで突き抜けていく。
命中する寸前、短い触手が動く。
やはり目論見通り防御のための触手だったようだ。
だが、螺旋の矢は防御の二本の触手を貫通し、引き千切るも身体までその威力が届かない。
「【闘技:落葉地走り】」
触手を失い僅かに生じた隙をイクスムさんは見逃さない。
地を這い進む斬撃波。
テンタクルブラックスライムの地面との設置部分を狙った攻撃だったが、呼び戻した長い触手を地面に叩きつけることで残念ながら掻き消された。
(短い触手を失ったのに……動揺している様子じゃない?)
(というか……ダメージがないのか?)
「ねえ、みんな見て! ちっちゃい触手がまた生えてきてる!」
アイカの悲鳴のような叫び声。
やはりダメージを受けた様子がなかったのは簡単に再生できるからだったようだ。
ウネウネと黒い身体が蠢くとエクレアの魔法で欠けていた部分が徐々に元通りに戻っていく。
(生半可な攻撃ではダメージは与えられそうもないな。触手のリーチも長く、威力もある。面倒な相手だ)
ミストレアが念話ごしに難しそうな声をだす。
見たところ触手にいくら攻撃しても本体にダメージはなさそうだ。
……厳しい戦いになるかもしれない。
「でやああああ!!」
アイカの大剣による斬撃が揺蕩う長い触手を傷つける。
「【闘技:一閃輝き】!」
その後ろからラウルイリナの駆け抜けながら放つ闘技が、動きの鈍った長い触手を半ばほどで切り落とす。
ボトリと地面に落ちる触手。
だが間をおかずにすぐに再生へと移行する。
「ああ! また、元に戻っちゃうよ! 切りが無い!」
「本体に攻撃しようにもこうも触手を身代わりにされるとはな。だが、攻撃を続けるしかない。あの触手が自由に動ける状況もそれはそれで厄介だ」
悔しそうなアイカにラウルイリナが諭すように話しかける。
先程から本体を攻撃しようとしても触手を身代わりにされることが何度も繰り返されていた。
どうやら接近されるとマズいとテンタクルブラックスライムも自覚しているようだ。
一切近づけさせまいと一心不乱に触手を動かし絶えず攻撃してくる。
鞭のようにしなる触手は相当な威力で地面に陥没した打撃跡を刻みつける。
どうする。
どうやって攻略する。
考えを巡らす中、ふと魔法で攻撃を続けていたニールと目が合う。
ニールは戦場全体に響くような大声で提案する。
それはこのスライムを攻略するための一つの策。
「あの触手が対応できないほどの攻撃を一斉に放つしかない。全員で連続して攻撃を叩き込むんだ。それなら触手の防御陣を突破して本体まで攻撃を届かせられる!」
愚直な提案だった。
一点突破の強引な策。
(強引だが、確実な作戦だな。すでに何度か触手自体は破壊している。再生速度が早いから次の攻撃が届かないだけだ。再生の追いつかないくらいの飽和攻撃ならあの防御も突破できる。……ここはニールの策に乗ってもいいんじゃないか)
「……私も賛成だ。このまま長期戦を続けてもこれまで連戦してきた私たちの体力の方が先に尽きる。ここで一気に攻めるべきだ」
「うん! やろうよ! あんな気持ち悪いスライム、とっとと倒しちゃお!」
ラウルイリナとアイカはテンタクルブラックスライムを見据えながらもニールの意見に同意する。
「……エクレア、どう思う」
「……うん」
「私も攻めるべきかと……我々の攻撃力ならあの防御を突破するのは難しくない。勿論最大限警戒する必要はありますが」
エクレアは静かに頷き、イクスムさんもニールの策には賛成のようだ。
ただ、やはり追い詰められた状況でテンタクルブラックスライムがどう行動するかわからない。
イクスムさんは予期せぬ行動には細心の注意を払うべきだと忠告してくれた。
「……よし、全員で攻めよう。ニール!」
「ああ! やってやろうじゃねぇか! べイオン!」
「いいだろう。ここには信頼する仲間もいる。EPの残量に気をつける必要はあるが問題はないだろう」
べイオンになにかの許可をとったニールは我先にとテンタクルブラックスライムの前に躍りでる。
「触手はオレが薙ぎ払う! 次の攻撃は頼むぞ! 【変形分離:魔力刃双細剣】!」
天成器べイオンがその姿を変える。
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